第一六話 南シナ海大海戦

 1941年1月26日、フィリピン海、ルソン島東海岸近海。


「諸元入力よし、これより、艦砲射撃を開始します」

「よろしい、撃ち方はじめ」


 ニミッツの号令がかかると共に、ニミッツの乗る戦艦『ウェストバージニア』、他『オクラホマ』『ネバダ』『ニュージャージー』の砲が火を噴き、巨大な砲弾が日本軍の前線へと降り注ぐ。

 同時に、後方より『TBF』や『SBD』が飛来し、艦砲射撃で火を上げる敵陣地へと向かって行く。


「対潜、対空警戒は厳としろ。ドイツほどではないが、日本の『伊号』潜水艦も強敵だ」


 ニミッツはキングと対照的に、慎重すぎるほどに日本軍を恐れていた。

 それは彼の性格的なものもあるであろうが、本能的な、思考とはまた違う部分が警鐘を鳴らしているのを、彼自身が感じ取っていた。


「指揮官、駆逐艦や巡洋艦にも艦砲射撃をさせては? そちらの方がより打撃は多くなるはずです」


 補佐官の一人がそう持ち掛けるが、ニミッツは首を振る。


「ダメだ、護衛は護衛に専念させろ。さもなくば地獄を見るぞ」

 

 補佐官は首を捻るも、了解し、しぶしぶ現状のまま攻撃続行を指示した。

 ふと時計を見ると、11時を過ぎるところであった。予定通り進んでいれば、今頃キング元帥が率いる艦隊が索敵機を放ち、日本軍主力を探している頃だ。


「合衆国艦隊司令長官自ら戦場に立つなど、あの人は大丈夫なのか……」


 日本をどこか軽く見ているような気があったキングのことを、ニミッツは非常に心配していた。

 今回はブランドの指示とキング本人の意向が重なって、合衆国艦隊司令長官であるキング本人が、艦隊の指揮を執っている。


「こんなところで死なれては困るのだぞ、キング元帥……」


太平洋艦隊、陸上支援艦隊

戦艦『ウェストバージニア』『オクラホマ』『ネバダ』『ニュージャージー』

空母『レキシントン』

重巡『ペンサコーラ級』2隻『ノーザンプトン級』3隻

軽巡『セントルイス級』1隻『アトランタ級』1隻

駆逐『フレッチャー級』18隻『ベンソン級』4隻




 同日、11時40分。


「これだけの戦艦が並ぶと、圧巻だな」

「元帥は、巨砲主義者でありましたかな?」


 キングのぼやきに、一人の参謀がそう尋ねる。


「そうゆうわけではない、もしそうなら今頃『ヨークタウン』になど乗ってはいないよ。正直なところ、これだけ戦艦を出すぐらいなら、空母を守れる重巡をもっとよこして欲しかったと思っている。まあ、無いからこうして戦艦を護衛に付けているわけだが」


 キングの考えは、ブランドの思考そのものであった。

 ブランドは太平洋艦隊の出撃に伴って、旧式戦艦だろうと全部持って行けと言った理由は、艦砲射撃を行う目的だけでなく、空母の壁としての役割を期待していた。

 と言うのも、現在太平洋艦隊には、圧倒的に護衛巡洋艦等の数が足りていない。ブランドは万が一太平洋艦隊が動く際は、近海警備の艦を護衛に付けるはずだった、しかしそれらは大西洋に出払ってしまい、海軍全体で中型艦が不足しているのだ。


 そのため、戦艦の強力な装甲と対空砲で、空母の壁を務めてもらっている。

 しかし戦艦は足が遅いため、空母が全速機動をした際、ついてくることができない、そこを憂いてキングは、重巡が欲しいと思っている。


「日本は、大艦巨砲主義の信望者ばかりだと聞きます。その日本を、戦艦で真正面から打ち払ってしまえば、向こうも戦う気がうせるのではないでしょうか」


 一人の補佐官の言葉に、キングは高笑いを返す。


「それはいい、航空攻撃を向こうが耐えられたら、7隻の戦艦で敵艦隊を撃滅してやろう」


太平洋艦隊打撃部隊

戦艦『コロラド』『ニューメキシコ』『ニューヨーク』『テキサス』『ミシシッピ』『アイダホ』『カリフォルニア』

空母『ヨークタウン』『ホーネット』『レンジャー』

重巡『ポートランド級』2隻『ニューオリンズ級』2隻

軽巡『セントルイス級』1隻『アトランタ級』2隻

駆逐『フレッチャー級』27隻『ベンソン級』14隻


 

 同日、11時55分。


「直掩機より通信! 敵偵察機と接敵、これを撃墜!」

「なに!?」


 キングの元に、そのような報告が届けられた。


「打電する前に墜とせたのだろうな!?」

「それが、かなり撃墜に手間取ったようで……」

「なんたることだ」


 キングは、血相変えて指示を出す。


「全攻撃隊発艦し、高高度待機せよ。その後、戦闘機隊を艦隊防空につかせろ!」

「はっ!」


 その報が出た直後から、艦隊は慌ただしく防空姿勢を取る。

 各艦は対空砲の仰角を上げ、戦艦たちは空母へと近寄っていく。


「こちらには『アトランタ級』二隻が居るのだ、大西洋ではこいつのおかげで空襲のほとんどをシャットアウトできたそうじゃないか。本土ではマジックヒューズなるものが研究されているそうだが、そんな物に頼らなくとも、十分こいつでこと足りる」


 大西洋での『アトランタ級』の成果は、キングの耳にも届いていた。


「レーダーに機影確認!」


 偵察機撃墜の報から数十分たった後、艦橋にそのような報告が舞い込み、一気に緊張が走る。


「直掩機を向かわせろ、艦隊に近づけさせるな!」


 ここに、歴史史上初となる、空母対空母の海戦が幕を開けた。



同日、12時41分。


「畜生、飯食ってる時に出撃なんてついてないぜ」


 『ホーネット』『F4F』制空戦闘機隊3番機のハイドは、そう愚痴を零しながら、隊長機の左後ろを追従する。


「ハイド、文句ばっかり零すな。これは実戦だぞ、気を抜くな」


 隊長の小言が炸裂し、一層ハイドはため息をつく。


「分かってますよ隊長。でも相手はアジアにいる二流国家ですよ? どうやったって、我ら合衆国に敵う機体が作れるわけないじゃないですか」

「そうですよ隊長、やつら大陸での戦争には引っ込み足すらできないような機体ばかり使っていると聞いています。変に気負うのは辞めた方がいいですよ」


 2番機のトムもそう続ける。しかし、隊長は厳しい声で反論する。


「では、その機体が合衆国の『P40』を落としまくっていると聞いたらどうだ? それに、それは1940年までの話だ、41年から日本では、正体不明の新型機がいるとされている、上の方の奴らが突き止めたらしい。今回偵察に来た機体も、三座の引っ込み足を採用した『九七艦攻ケイト』だったようだしな」

「はいはい分かりましたよ、気を引き締めます」


 ハイドはめんどくさくなったのか、無線機の音量を下げ、そんな適当な返事を返した。


 数分飛び続けると、トムが敵機発見の報を叫んだ。


「敵機、ここより右下方向、機数は不明、お行儀よく隊列を組んだ『九九艦爆ヴァル』たちです!」


 咄嗟に隊長が返す。


「『ケイト』と戦闘機隊は居ないのか?」

「ここからは見えません!」

「よし、全機攻撃開始アタック!」


 隊長機が機体をバンクさせた後、身を翻し、右下方向へ向かって降下していく。

 続いて2番機のトム、3番機のハイド。さらに後9機、計12機の戦闘機隊が、獲物を目掛けて突っ込んでいく。


 ハイドは、サイトの中に『ヴァル』が映ると、ためらいなくトリガーを引いた。

 『F4F』が装備する12,7ミリブローニング機銃、『M2ブローニング』は、まるで長槍の如く長い距離を直進的に飛翔するため、非常に当てやすく、なおかつこれまで主流であった7,7ミリより威力も大きい。

 それを裏付けるように、ハイドの弾が命中したのか、一機の『ヴァル』は火を噴き上げながら、編隊から落伍していった。


「おっしゃあ! 爆撃機一機撃墜だ!」

「はしゃぐなハイド! 戦闘機が来たぞ!」


 喜んでいるのもつかの間、隊長の鋭い叫びに我に返り、とっさに機体を捻り戦闘機を確認する。


「引っ込み足の機体、『九六艦戦クロード』じゃねえぞ!」


 上にいた機体に気を取られている間に、ハイドの死角となっていた左下から、日本の戦闘機が接近してくる。


「ハイド! 左下敵機!」


 トムの必死の叫びに、ハイドは思いっきり操縦桿を倒す。しかし、少し間に合わず、左翼にガガガガと、機銃の弾痕が入る。


「へ、新型機と言えど、搭載機銃は7,7ミリ二丁か、やっぱり、所詮二流国家だな!」


 そう叫んで、ハイドは敵機に機首を向け、トリガーに指をかける。


「な!」


 しかし、サイトに収まる前に、敵機は信じられないような機動でひらりと身を翻し、ハイドの後ろへと回り込む。


「早い!」


 焦ったハイドは、エンジン質力を全開にして、引き離そうと加速するが、一向に離せる気配はない。


「トム頼む! 後ろにいる奴を追っ払ってくれ!」

「任せろ!」


 ハイドの声に応じて、敵機の背後に3番機が回り込み、機銃を発射する。


「すばしっこい奴だ!」


 しかし、なんとかハイドの背中から敵機は離れたが、また機銃をひらりと躱す。


「ヤバイ!」


 今度はトムが追われる番だった。躱した後に、機体を立て直し、敵機はトムの方へと機首を向けた。


「トム! そいつの武装は7,7ミリ二丁のみだ! 落ち着いて耐えろ、今援護する!」


 ハイド大きく旋回し、敵機の背後を取る。

 すると敵機は、トムの機体目掛けて機首の二丁を発射した。


「そんな機銃じゃあ、『F4F』グラマン鉄工所は墜とせ――」


 ハイドがそう笑うのと同時に、敵機は両翼から、明らかに7,7とは違う太い火筒を発射した。


「ッッ!!!」


 ハイドは一瞬のうちに絶句、声にならない悲鳴を上げる。

 その視線の先では、爆発し、粉々に砕け散る同僚の機体があった。


「トム!」


 敵機の太い火筒がトムの機体に突き刺さる個所から金属が砕け散っていき、数秒くらっただけで、エンジンは吹き飛び、羽はもげ、コクピットのガラスは割れていた。

 あれでは脱出する間もない、もはや撃墜されたというのもおかしく思えるほど、盛大に爆散したのだった。




 一方その頃、艦隊では。


「接近する敵機、止まりません!」

「味方直掩機と思われる機影、次々に消えていきます!」


 キングの元に不穏な報告ばかりが届いていた。




※この物語では、改級でも、初代と同じ艦級で示している物があります。

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