第一五話 南太平洋戦争
日本時間、12月30日、3時30分。
「なあアダム、ほんとに大丈夫なのかよ……」
「あのなぁジェイ、俺たちがどうこう言ってもなんとかなる問題じゃないの。俺たち歩兵は、行けと言われたら行くのが仕事なんだから」
サイパン島に係留された輸送船の上で、顔を青くしながらジェイはそう嘆き、その隣にいるアダムは、ため息をつきながらそう窘める。
「だからってよ~護衛の無い中こんな輸送船数隻で移動だなんて、サメの前に全裸で放りだされるようなもんだぜ……」
ジェイはそう頼りなさそうにぼやき、出航を告げる鐘の音を聞いた。
「さ、時間だ。遺書書くのは、救命胴衣付けてからにしようぜ」
「じょ、冗談きついぜ……」
そんなアダムの言葉と共に、輸送船はサイパン島を出航していったのだった。
12月30日、13時20分。
数十隻からなる、グアム島から出航した輸送船団は、順調に海を進んでいた。
「静かな海だな」
「そうだな……」
男二人は、甲板で煙草を咥えながら、そうぼやいている。
「今頃、サイパンとかウェークからも輸送船が出てる頃か?」
「サイパンは日が昇る前に出たらしいぜ、ウェークの方は連絡が無かったみたいだが」
そんな会話をしている最中だった。
突如、男たちの乗る輸送船の一つとなりの艦に、巨大な水柱が立ち乗った。
「雷撃、潜水艦だ!」
その数秒後には、また別の艦で水柱が上がる。
「哨戒艇は何をやってる!」
誰かがそう叫ぶ。
この輸送船団には、5隻ではあるが、グアム島に駐留していた哨戒艇を護衛に付けていた。
その哨戒艇は、ソナーや爆雷を装備した艇で、対潜哨戒のためについてきている。だというのに、敵に先制雷撃を許してしまった。
「うお!」
ついには、男たちの乗る輸送船にも魚雷が命中し、とてつもない振動が船を襲った。
「ダメだ! 船体に開いた穴が塞げない! 船を捨てろ!」
誰かがそう指示を出すと、中にいた兵たちは、一斉に海へと飛び込んでいく。
そうしてほんの数分の間に、十数隻からなる輸送船団は、哨戒艇もろとも海中へと没していったのだった。
海面には、約4000人弱の兵たちが浮かんでいる。
しかし、この海域どころか、太平洋には現在、アメリカ軍の艦艇は潜水艦数隻、他哨戒艇しかおらず、助けに来ることなど不可能に近しかった。
皆途方にくれ、絶望に伏しながら海面を漂っている。泳ぐべきか? 来る可能性は限りなく低い潜水艦を待つべきか? それとも、全て諦めて死ぬべきか? 一同そのようなことばかりが頭の中を巡り巡る。
そんな時間が数十分もたったころ、誰かが耳を立てて言った。
「エンジン音が聞こえるぞ!」
その声に一同顔を上げ、音を鳴らすものの方へ視線を送る。
「く、駆逐艦だ!」
「ああ、俺たちの命もこれまでか……」
「せめて、一発で苦しまないように殺してくれ……」
その姿を見た兵たちは、今にも泣きだしそうなほど、悲痛な顔を浮かべた。
この時代の多くの国では、海面を漂流する敵兵を見かけたら、機銃掃射で撃ち殺すのが一般的であった。
この海域に来れる駆逐艦と言えば、日本の物だけ。そのため、撃ち殺されて終わると、皆そう考えたのだった。
しかし、その考えは数分後、杞憂であったと皆が思い知る。
「これより、漂流者救助部隊はアメリカ兵の救助に移る。一部の者を除いて、一同救助に当たれ」
アメリカ兵たちが漂う海域に姿を現した二隻の駆逐艦、船団護衛艦隊第三艦隊駆逐隊に現在所属している、第六駆逐隊の『雷』『電』であった。
この二隻は、南方海域で沈没した日本艦や航空機パイロットを救助するための臨時部隊に編入されていた。この部隊、表向きは日本人救助となっているが、実を言うと、米軍の救助も任務とされている。
というのも、海軍上層部は、アメリカとあれだけ話していたのに戦争を始めてしまっては、仲を取り持ち、日本を民主化する計画は頓挫してしまうと考えた。そこで、なんとか戦争が落ち着くまで、できる限り米軍には優しく接するように指示があったのだ。
そのことを理解していた『雷』艦長の工藤俊作は、味方から敵輸送船を撃沈した報告を聞いて、最大船速で現場へと急行したのだった。
だがそれ以上に、工藤は武士道に厚く、温和な性格の人間であったため、たとえ敵兵であろうと戦いの場以外では同じ人間であるという考えが専行していたのかもしれない。
「艦長、このまま救助を続けては、救助用に用意した衣類などが不足する可能性があります」
「なら乗員の物を使え、この艦が沈まないギリギリまで乗せろ。必要なら内火艇を下ろして、それに乗せろ、牽引して島まで連れて行く。載せきれなければ浮き輪を投げろ、もう一度ここまで来るぞろ」
敵潜水艦や航空機から攻撃を受ける可能性がある海域で、約3時間にも渡って救助活動は続けられた。
そんな日本兵たちを見て、米軍たちは一同首を捻った。なぜ殺さなかったのかと。
『雷』に乗艦していた英語が分かるものが通訳をしながら、そんな米兵たちに工藤艦長は語りかけた。
「貴官らは戦地であるべき場を守り、移動する際に日本の潜水艦にて攻撃を受けた。そのことを詫びるつもりはなければ、それを哀れむ気もない。しかし、貴官らは戦地に向かう覚悟をした勇敢な兵士らである。そんな勇敢な者たちを見捨てることなど、私にはできなかったのだ」
その言葉に、米兵たちは大いに感動したと言う。
後に、この米兵たちは台湾へ輸送され、捕虜となるが、海軍の意向が強く働き、できる限りの好待遇で南太平洋戦争を過ごすことになる。
1941年、1月4日。
「集まったのは約7個師団……2師団は沈んだみたいだな」
「はい、グアム、パラオにいた守備隊の船団は、敵に捕捉され、撃沈されたようです」
その言葉に、マッカーサーは唸る。
「約2万人もの若い命が消えたというのか……?」
「いえ、それが……これは極秘事項なのですが……」
日本の救助の話は、旭日会を通じて、米軍上層部にも伝わっていた。
そのことをマッカーサーに伝えると、彼は大きな声を上げて笑った。
「戦時中の国がやることか、全く。本当に日本とは変な国だ」
ひとしきり笑った後、マッカーサーはパイプ煙草に火をつけながら、厳しい声で言った。
「たどり着いた兵たちをマニラに集めろ、部隊を編制する。日本には悪いが、こちらも戦争なんでな、全力で当たらせて貰う」
「は!」
その言葉に補佐官が敬礼すると、今度は表情を緩めて続ける。
「しかし、無意味な殺戮はするな。捕虜を取った場合は丁重に扱え。アジアの国ができていることを、世界のリーダーたる我々が実行できないなど言語道断だからな」
ここから、アメリカの反撃は始まるのだった。
最初はマニラの防衛に努め、敵の攻撃がやむのを辛抱強く待ち、敵の攻撃が終了した1月8日に攻勢を開始した。
軽歩兵と現地軍のみで構成された歩兵師団だったが、ジャングルを上手く利用し、じりじりと戦線を押し上げて行った。
しかし、さすがに限界が来たのか、マニラから戦線を20キロほど移動させたところで、攻勢は停止防衛線を築き始めた。
その頃には、日本側は援軍を受け、約15師団にまで膨れ上がっていたが、ゲリラの攻撃によって補給が滞っており、物資不足が発生し始めていた。
そんな停滞が続く1月22日、遂に、大鷲艦隊がフィリピンマニラ軍港へ入港、海軍戦力と、援軍の10個師団が到着した。
1月22日、フィリピンマニラ軍港。
「待っていたぞ、キング」
「ああこちらこそ、待たせてすまなかったな」
二人の元帥は互いに手を取り、扇風機が回り、開けた窓からは潮風が香る部屋で、作戦会議を始めた。
「MP、下がっていていいぞ。元帥会議だ」
「「はっ!」」
その部屋の扉にいた二人の警護も追いやり、完全に二人きりの状況を作る。
「どこまで知っている」
「日本が旭日会の意に反してフィリピンに宣戦布告。米兵を日本海軍が救助。この二つを言えば大丈夫か?」
マッカーサーの問に、アーネスト・キング海軍元帥はそう答える。
「日本は嫌いだが、どうも今の大統領は日本にお熱なようでな、困ったもんだよ」
キングはやや不機嫌そうに、そう続ける。
「お前はほんっとに日本が嫌いだな」
「まあな……。今はその話はいい、与えられた役割を果たすだけだ」
もたれ掛っていたソファーから背中を話し、キングは真剣な目で聞く。
「この状況、どう対応する?」
その問いに、マッカーサーは頷き、卓上にフィリピンの地図を広げた。
「現在、戦線はここ、マニラから約20キロ地点に存在し、停滞状態だ。敵は補給不足で進撃できず、我々は火力不足で敵塹壕や防衛線を突破できない」
そこから、マッカーサーは詳しく、兵員の士気、装備のそろい具合、火力、突破力、維持力、現地軍の状態を話し続けた。
キングは鋭い目で、それを黙って聞き続けた。
「というわけだ」
「……あらかた理解した、歩兵の武器や火力については輸送してきた援軍でなんとかなるだろう。後は、海軍に何をして欲しいのかだ」
キングがそう聞いている時のこと、突如軍港内にけたたましい警報音が響き渡る。
マッカーサーは血相変えて受話器を取り、怒鳴りつけるように言う。
「規模は!」
「約20機程度と小規模です!」
「威力偵察と言ったところか……」
目を細め、マッカーサーは呟く。
「全対空砲を総動員して軍港を守れ! この際だ、航空基地や宿舎、倉庫に被害が出ても構わない、何としても艦隊を死守しろ!」
受話器を置くと、キングは帽子を手に取り、席を立つ。
「空襲だな」
「ああ、この空襲のほとんどは艦載機によるもの、フィリピン近海に敵主力と思われる艦隊が陣取っていてそこからだ。海軍には、支援砲撃と共に、これを叩いてもらいたい」
そう軽く言い合う間にも、対空砲弾が炸裂する音が辺りにに聞こえ始めた。
「ひとまず防空壕へ、ここで死んでいたらやり切れん」
「そうだな、案内してくれ」
二人が部屋から出て言った後、軍港には敵の爆撃が敢行されたが、幸い、艦隊にほとんど損害が出ることはなかった。
その報を聞いたキングは、日本軍の航空隊の実力はこんなものかと鼻で笑った。しかし、キングのその判断は早計だったということが、すぐに証明されることになる。
そんなこととは知らずに、キングは、連れて来たチェスター・ニミッツ大将と共に、対日本軍の戦略を練り始めるのだった……。
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