第一八話 極東の無敵艦隊


 見張りが敵艦隊発見の報告をすると、ウィリスは頷き指示を出す。


「全艦取り舵! 敵艦隊に同航戦を挑む! 護衛艦隊は主力艦隊の前方に移動、敵小型艦の急襲に備えよ! 全艦右砲戦用意!」

「よーそろー、取り舵!」


 米軍艦隊も単縦陣を築き、日本艦隊に近づきながら砲身を右舷方向へ向ける。

 『コロラド』『ニューメキシコ』『ミシシッピ』『アイダホ』の順に単縦陣を組んでいる戦艦たちの主砲が右舷を向き、間もなく戦艦の射程に入ると言うその時


「敵小型艦艇増速! 進路を我が艦隊に取っています!」


 見張りの鋭い声が艦橋に響いた。


「このタイミングか! 来るぞ! 副砲群、護衛艦隊、気合を入れろ!」


 



「全艦突撃! 敵艦隊へ肉薄する!」


 軽巡洋艦『川内』に乗る水雷戦隊司令官田中頼三中将がそう叫ぶと、艦長森下信衛大佐が号令を下す。


「最大船速! 砲撃戦用意!」


 戦艦の数的不利を見て、艦隊司令官兼第二航空戦隊司令官である山口多聞少将が、護衛艦隊に敵艦隊の攪乱を要請したのだ。


「この後夜戦も想定される、『如月』は魚雷投下数を3本とせよ」


 追加で田中中将の指示が下り、段々と敵艦隊との距離が詰まってくる。


「全艦主砲有効射程圏内まで、後二〇2,000m

「敵護衛艦隊、及び戦艦副砲群に発砲炎!」


 その報告は同時であった。


「来るぞ!」


 森下艦長が体をこわばらせると、先頭を行く軽巡『川内』の周りに、大量の水柱が立ち上る。


「さすがにこの量だと、12,7センチでも効くな」


 田中中将は、じっと敵艦隊を見つめながらそう呟く。

 そうしている間にも、二射目、三射目が水雷戦隊を包むように着弾する。


「照準はいいが、修正がまだまだ甘いな。噂に聞く『アトランタ級』も、乗員の腕が伴わないとこの程度と言うことか」


 かなり余裕そうな表情で、田中中将はそう分析する。


「こちらも全艦有効射撃距離に入りました!」

「よし、全艦砲撃始め!」


 田中は砲撃指示も下し、双眼鏡を構えて敵艦隊を睨む。


「……距離六〇6,000m、いや五〇5,000mが限界か……」


 何かぼそぼそと呟く頃、『川内』に着く14センチ単装砲が、吹雪型が装備する12,7センチ連装砲が、『如月』の装備する12センチ単装砲が火を噴く。

 小口径の砲弾が次々に敵護衛艦隊周りに着弾し、水柱を立ち上げるが、全速航行、約31ノットで航行しているためか、命中弾は出ない。


「向こうも当たらんが、こっちも当たらんな」


 森下艦長もそう唸る。

 そこからしばらく互いに空撃ちが続くが、「彼我の距離九〇9,000m!」と報告が上がる頃、遂に命中弾が出た。


「『如月』に命中弾! 次いで『白雪』『浦波』にも命中弾!」

「この距離までくれば、『アトランタ級』のばら撒き弾は大きな脅威か」


 多数の被弾艦が出始めたが、日本艦隊も負けてはいなかった。


「敵三番駆逐艦に命中弾! 『吹雪』の砲撃です!」

「続けて二番駆逐艦にも命中弾!」


 続々と互いに命中弾が出始める。


「距離は?」

「現在八〇8,000mを通過!」

六〇6,000mになったら知らせ!」

「はっ!」


 田中中将はそう告げた後、艦長に次の指示を出す。


「艦長、雷撃戦用意! 魚雷信管は六二6,200mに、散布角は広角に設定!」

六二6,200mですか? 少し遠すぎでは?」


 森下艦長の言葉に、田中中将は首を振る。


「それ以上近づけば、取返しのつかない被害を被る可能性がある。ここは、敵艦隊の攪乱、足止めに努めよう」

「……了解しました」


 森下艦長はやや不満げであったが、まさか中将の言葉に逆らう訳にもいかず、しぶしぶ納得した。


「全艦雷撃戦用意! 信管調整六二6,200m、散布角60度!」


 その号令が下されると、艦上の魚雷発射管にて魚雷射出準備が進む。




「散布角調整よし、信管調整よし、発射準備よろしい!」

「よし、別名あるまで待機!」


 発射管近くで待機する兵は、息を飲んで敵艦隊を睨んでいた。

 魚雷は一撃で敵艦を大破、撃沈に追い込む必殺の兵器のため、もちろんだが炸薬を大量に積んでいる。


 そんなものが軽巡の上で爆発すれば、その艦が助かる可能性など無いに等しい。


「艦橋より下令! 魚雷発射!」

「了解! 魚雷発射!」


 命令が来ると、待ってましたと言わんばかりに大声で復唱し、魚雷を発射する。

 空気圧で発射管から押し出された魚雷は、海面へと姿を消すと、モーターを回転させ、海の暗殺者の異名通り、静かに、だが確かに、敵艦へと向かっていった。




 魚雷が静かにアメリカ艦隊を狙って直進している中、アメリカ艦隊は未だに魚雷が発射されたことに気づいていなかった。

 

「敵軽巡に命中弾! 敵艦炎上しています!」


 水中から脅威が迫っているとも知らず、ウィリスは敵の護衛艦隊が着々とダメージを負っていることに、喜んでいた。


「よし! このまま、敵の魚雷が来る前に追い払え!」

「敵がどれほどの魚雷を持っているかは分かりませんが、我らと同程度の物であれば、距離3,100マイル5,000m外で追い払えればたとえ相手が発射したとしても、当たることはないでしょう」


 補佐官も、ウィリスにそう告げる。


「敵護衛艦隊面舵! 戦域を離脱していきます!」


 距離約5,600mになると、『川内』は面舵を取り後続の艦もそれに続く。

 その動きを見て、ウィリスは勝利を確信した。


「ふん、魚雷発射目前にして、被害怖さに離脱したか。臆病者どもめ」


 しかし数十秒後、その確信はかき消されることになる。


「右舷魚雷接近!」

「そんなバカな!」


 突如として飛び込んできた報告に、ウィリスは驚きを隠せなかった。


「全艦取り舵いっぱい! 回避!」

「ダメです間に合いません!」


 アメリカ艦隊が気づいたときには、魚雷はもうすぐそこまで迫っており、とても今から舵を切って、間に合うような距離では無かった。


「護衛駆逐艦被雷!」

「『ミシシッピ』被雷!」


 爆音とともに、そう報告がなされる。ウィリスが外を見ると、船体を真っ二つにされ、沈没していく駆逐艦がいた。

 その光景に恐怖を感じながら、後ろを随伴する『ミシシッピ』にも目を向ける。


「『ミシシッピ』は無事か!?」

「報告によると、第三火薬庫に浸水が発生。浸水は食い止めましたが、第三砲塔は使用不能とのこと! また速力低下著しく、編隊を維持できないと!」


 血の気が引いていく感覚と共に、新たな爆音が、戦場を包んだ。


「敵戦艦艦上に発砲炎! 敵艦が砲撃を開始しました!」


 ここに来て、日本戦艦『長門』『金剛』『榛名』の砲撃が開始された。


「応戦しろ、最初から一斉射でいい! 全艦砲撃始め!」


 ウィリスは、ここで手間取っても仕方がないと自らを奮い立たせ、そう大声で指示を出す。


「了解! 撃ち方一斉射、砲撃始めます!」


 直後、『コロラド』に装備された16インチ砲八門が火を噴いた。

 あたりの騒音を全て薙ぎ払って、まるで目の前に雷でも落ちたかのような轟音を立てながら、敵艦目掛けて、16インチの砲弾は飛翔する。


 それと入れ違いで、敵艦より放たれた砲弾が、『コロラド』や『ニューメキシコ』の近くに着弾する。


「初弾で至近弾だと!」


 ウィリスは、まるで化け物を目の前にしているかのような感覚に陥った。

 痕跡を残さず遠距離から寄ってくる魚雷、恐ろしいほどの砲精度、こんな海軍力を持った国が、亜細亜などという下等国家の集まりの中にいたのかと、理解が追い付いていなかった。


「水偵より報告、ただいまの砲撃、全弾遠!」

「修正、砲身下げ100、一刻も早くあいつらを駆逐しろ!」


 ウィリスは恐怖心に駆られて、そう叫ぶ。


「修正下げ100了解!」


 砲手もそれにこたえる様に、素早く砲身を動かし、用意を整える。


「撃て! 撃て!」


 ウィリスの悲鳴をかき消すように、再び16インチの砲弾は飛翔する。

 そして入れ替わりに、日本艦隊の砲弾もまた、『コロラド』を襲った。しかも今度は、先ほどまでとは違い、明らかに艦が爆発によって揺さぶられたのを、ウィリスは感じた。


「第四主砲塔に直撃! 主砲塔正面装甲が抜かれました!」

「バカな!」


 戦艦は、自身の重要区画を守る装甲が一番厚いのは自明の理であり、それは主に艦中央部と主砲正面である。

 そんな『コロラド』の主砲正面を、457ミリある装甲を、日本の戦艦『長門』はぶち抜いたのだ。


 


「敵旗艦へ命中弾! 敵主砲塔を貫通!」


 興奮気味に、見張りはそう報告を上げる。

 その報告を艦橋で聞いていた『長門』艦長、矢野英雄大佐は、満面の笑みで敵艦隊を見つめていた。


「流石我が日本の誇りと言われる艦だ、格が違う」


 矢野は海軍砲術科の出であり、航空機の時代になりつつある今でも、戦艦の魅力を忘れられない一人であった。


「アメリカが最初、貿易を止めないでいてくれたからこそできた、『長門』の第三次改装、おかげで主砲は「四十五口径三年式四十糎砲改二」にすることができた」

「そんな主砲で痛めつけられているアメリカさんは、いささか不憫ですな」


 四十五口径三年式四十糎砲改二、元は『長門型』に装備されていた四十五口径三年式四十糎砲で、それに改良を重ね重ねした結果生まれたのがこの砲だ。

 問題であった遠距離での命中精度を初め、耐久力や初速などが進化しており、20キロ圏内なら、垂直装甲貫徹力490ミリを誇る、脅威の砲へと進化を遂げていた。


「『金剛』被弾! 火災発生中!」

「アメリカさんも、負けてはいないか」


 一瞬笑顔だった顔を引き締め、矢野は『金剛』の方を見る。

 前部甲板に被弾し、炎を上げている。見た感じでは、そこまで大きな被害は出ていなそうなため、矢野は安心して、再び視線を敵艦隊へ戻した。


 すると、艦全体にブザーが響き、再び『長門』の主砲が火炎を噴いた。

 同じく、後ろに続く『金剛』『榛名』も、『長門』の主砲には劣るが、それでも巨大な砲身を構え、敵艦隊目掛けて発砲する。


 順調に日本艦隊の砲撃は敵戦艦を捉え、着実にダメージを与えていく。


「二番艦と三番艦はもう持たなそうだな」


 それぞれ、『金剛』『榛名』が狙っていた艦だが、すでに砲火の勢いは衰え、三番艦に関しては、傾斜が酷く、砲撃どころではない。


「『金剛』に打電、目標を一番艦へ、『榛名』は四番艦を狙わせろ」

「了解」


 止めとなる指示を伝えようと、『長門』より電報を打ち込もうとした瞬間、嫌な報告が届いた。


「左舷方向より敵機接近!」

「何!? 規模は!?」

「その数約40機!」


 その言葉を聞いて、矢野は舌打ちをし、命令を取り下げた。


「今の命令待て、全艦面舵90度、この戦域を離脱する」

「よろしいのですか?」

「構わん、敵戦艦一隻撃沈、戦闘不能、中破。一隻は無傷だが問題なかろう」


 矢野は外から視線を逸らさず、そう告げる。


「了解しました」


 矢野の意向を確認できた副官は、撤退の指示を他艦にも電報で伝えさせた。

 よって、向かってくる敵機、未だに砲撃を続けるアメリカ艦隊を背に、日本艦隊は戦場を離脱していった。


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