第二一話  バトル・オブ・ブリテン

 亜細亜で日本内戦が繰り広げられている頃、欧州では依然と緊張状態が続き、アフリカ、バルカン半島ではイタリアが躍進していた。

 撤退に成功したイギリス軍の半分をアフリカに送ったおかげで、スエズ運河周辺とジブラルタル海峡周辺の守備には成功していたが、中心部から南部にかけてはヴィシー・フランスとイタリアに蹂躙されていた。

 

 イギリスは、亡命政府要人や軍人を抱え込み、1941年後期から42年前期にかけて、三度に渡る強襲上陸をホラント、フランドル、ノルマンディーに仕掛けたがどれも失敗し、足踏みをする結果となっていた。


 そして今日、1942年7月10日。その報復を受けることになる。


 7時15分、侵入してくる戦爆連合編隊の侵入から、報復は始まった。


「レーダーに感あり! 大型機40機を超える、敵の大編隊です!」

「来やがったな! 全戦闘機出撃! ロンドンの空を守れ!」


 強い言葉で指示が滑走路に飛ぶ。その指示に答える様に、力強く滑走路に並ぶ戦闘機『スピットファイアMk.Ⅻ』、『モスキート NF Mk.II』のエンジンが勢いよく吼える。


 出撃の命を受けて空に上がった航空機に乗るパイロットたちは、一同遺書を書いての出撃となった。

 というのも、この頃ドイツの航空技術の発展は目覚ましいものがあり、『Fw190Ⅾ』を主力とした戦闘機隊は、初期からいる熟練パイロットの手によって手の付けられないものとなっていた。爆撃機の方も、すでに『Me264』なる新型の四発爆撃機を実用化しており、もはや世界一の空軍力を保有していると言っても過言ではない。

 イギリスも負けじと新型機を開発するも、練度の差が物を言い、決して均衡を保てているとは言い難かった。




 同日、12時10分。


「クソ! 落ちろ、落ちろよ!」


 絶望に満ちた表情で、『スピットファイア』のパイロットは引き金を引く。しかし、両翼から発射される機銃は、敵機の横をすり抜けるだけに終わる。


「落ち着け六番機! レオ!」


 無線機から隊長の声が聞こえてくるが、レオと呼ばれたパイロットは、声を返すこともなく、無我夢中で敵機の背後を追い続ける。


 そんな様子を見て、隊長機はため息交じりに機体を動かし、レオが狙っていた敵機を撃墜する。


「隊長! 僕が狙っていたのに!」

「お前がいつまでたっても落とさないからだ!」


 怒鳴られ、レオはコクピットの中で委縮する。レオの機体には撃墜のマークが一つ、最近筆おろしを終えたばかりの新米であり、部隊長からは「落ち着きがない」といつも叱られている。


「焦って見当違いの方向に撃つから当たらないんだ! 落ち着いて狙え!」

「そんなこと言ったって……」


 レオは周囲を見渡し、戦況を確認する。


「隊長たちがこぞって敵機を落とすせいで、僕の獲物がいなくなっちゃうんですよ! おかげでいっつも僕の戦果は共同撃墜か撃墜なしですよ!」


 この航空隊、部隊ネーム『ウォードッグ』は比較的熟練パイロットの多いエース部隊で、ドイツ空軍ともやり合える数少ない先鋭戦闘機隊であった。

 レオは航空学校や操縦の腕でそれなりの実力を見せたため、ここに配属されたが、いざ敵を前にすると、焦りや恐怖で上手く弾を当てることができずにいた。


 そんな不満を隊長にぶつけると、冷静な声で返答が返ってくる。


「戦果、なんて欲張った物を考えるな」

「え?」


 隊長の一言に、とてつもない何かを感じ、レオの体が一瞬強張る。


「この空で俺たちパイロットがしなくちゃならないことは一つ、生き残ることだ。この部隊に入る時、俺は唯一の戦闘規定として、それを提示したはずだ」

「それは……」


 何も言い返すことは出来なかったレオは、憂さ晴らしと言わんばかりに、歯を食いしばってエンジン質力を全開にし、残っていた敵戦闘機目掛けて一直線に飛んでいった。


 そんな六番機の様子を、隊長は横目に見ながら、再びため息をついた。


「腕がいいのは確かなんだが……まだ経験が足りないな」


 機体に描かれる撃墜マークは14機、まごうことなきエースパイロットである隊長は、開戦当時からパイロットを務めており、初期の頃からドイツ空軍との死闘を潜り抜けて来た。当然戦果も挙げたが、同時に多くの仲間の死を見届けて来た。

 レオにはその経験が足りていない、そう考えていたのだ。



 同日、17時10分。


『ウォードッグ』隊は、再び空へと上がっていた。


「今日二回目の出撃だ、気を引き締めて行けよ」


 7月10日、後にバトル・オブ・ブリテンと呼ばれるこの一日は、イギリス、ドイツ双方の航空機合わせて約2000機が参戦する、一日を通しての大空戦が行われていた。

 一日何度も反復出撃し、空戦を行う戦闘機パイロットたちの疲労はピークに達していた。イギリス側はなんとか持ちこたえていたものの、日暮れ近くなる頃には防空部隊はほぼ壊滅、用意した新米パイロットの多くも、その奮戦空しく、何百人と死んでいった。


「きっとこれで終わる、この爆撃編隊さえここで阻止できれば、ロンドンやイギリス本土の被害は最小限で済むはずだ」


 実際、決死の防空作戦が功を奏し、市街地や本土に若干の攻撃を許すも、被害はまだ許容範囲内であった。

 しかし、ウォードッグ隊を始めとした先鋭部隊も相当疲労が溜まっているのは確かで、この最後の攻撃は、気合だけでなんとか出撃している有様であった。


「敵の編隊を目視で確認!」


 二番機から隊長機の元へ報告が上がる。


「護衛戦闘機30機、四発爆撃機60機の大編隊です!」

「こちらの戦闘機は、援軍に来てくれたブルーバード隊とタイガー隊を合わせても28機……やるしかないか」


 大きく深呼吸し、隊長機は羽を振る。


「全機、我に続け! ロンドンを守るぞ!」


 その言葉に続いて、三つのエース部隊は敵編隊へと攻撃を仕掛けた。

 だが、隊長は知らなかった。この部隊の護衛戦闘機隊が、『シルバーシャーク隊』であることを……。


 数分後の結果を見れば、隊長の絶望もよく分かることだと思う。


「レオ! 生き残ってる機体は!?」

「ウォードッグが僕と隊長合わせて4機、ブルーバード隊が2機、タイガー隊は全滅です!」


 たった数分のうちに、疲労したイギリスの先鋭部隊は、ドイツが温存してきた先鋭部隊によって、木端微塵に粉砕された。

 『シルバーシャーク隊』とは、ドイツ空軍屈指の戦闘機隊であり、かの有名なWW1時のドイツ空軍エースパイロット、レッドバロンのⅡ世とも言われるパイロットが率いる部隊だ。

 ドイツ空軍は、初めから夕刻から夜間にかけての爆撃を本命としており、それまではイギリス空軍を疲労させるための囮たちであった。囮と言っても、逃したらロンドンが火の海になる囮たちだが……。


「クソ! せめてお前だけでも!」


 隊長は、そう叫びながら、エンジンを全開にあけ、悠々と爆撃機の側を飛ぶ『サメ』のパーソナルマークを付けた機体に襲いかかる。

 この『サメ』こそ、『シルバーシャーク隊』の隊長機である。


「隊長! もう無理です、退きましょう!」


 レオは、爆撃編隊から離れながら、そう無線で呼びかける。


「いっつもお前は戦闘規定のことで怒られていただろ? たまには、おれにその役をやらせてくれよ」

「隊長!」

「ブルーバード隊、六番機と一緒に戦場を離脱しろ! 殿は、俺が務める」

「……了解、達者でな」


 一瞬ためらいを見せたが、ここで全滅するよりはいい、そう考えたブルーバード隊は了承し、レオの機体の側により、同じ進路を取った。


「隊長! 最後まで規定は守ってくださいよ! 貴方が言ったんですからね!

『生き残れ』って!」


 レオはそう無線機に叫ぶが、もう応答はない、向こう側から遮断されたようだ。



 ♢ ♢ドイツ空軍第231戦略爆撃連隊所属『Me264』機銃手の手記♢ ♢


 イングランド航空戦に参加した時、面白いことが起きた。

 敵が単騎で護衛戦闘機に突っ込んできたんだ。一機だから、護衛機に任せておけばいいと思った俺は、引き金を引かずにずっとその機体を目で追っていた。

 そしたら一向にその機体は墜とされる気配がない、随分な手練れなんだなと思って見ていると、別の護衛戦闘機が援護に来たんだが、どうやら最初から戦っていた護衛機は、その援護を止めさせた。

 よく見ると、最初に相手をしていたのは隊長機だったみたいでな、1vs1をやりたかったみたいだ。

 その意図を組んだのか、敵の方も羽を振って1vs1に乗ることを答えたんだ。そこからの空戦はまさに圧巻の一言だったぜ。右へ左へ機体を振り、宙返りに横滑り、ありとあらゆる空戦軌道を駆使してその二機は戦っていた。

 だけどな、最後はやっぱり俺らの護衛戦闘機隊長が一枚上手だったみたいだ。本当に航空機の動きか? と疑いたくなるような空戦機動で敵の背後をとった隊長は、敵が動くよりも早く機銃を発射し、機体を砕いたんだ。

 敵機のパイロットも、あれなら悔いはないだろう。あれだけ最高の空戦で死ねたんだ、パイロット冥利につきるってもんだろ。

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