歴史大変革編

第二〇話 日本内戦

 1941年3月10日。


「ここに集うは、民主的であり、健全なる日本国を目指す同志たちである!」


 栗林忠道中将は、大阪に集まった陸軍の面々にそう熱く語りかける。


「これより行うは、正常なる日本に戻すための浄化戦争である。その過程で、日本の内部は傷つき、多くの血が流れるかもしれない」


 集う陸軍、総数19個師団、中国派遣軍の一部を引き抜き、本土にいた一部の兵たちを引き抜いてできた、

 後に他に派遣されていた兵たちも合流してくれると予想されており、最終的な数は30個師団になる予想だ。


「しかし、そこまでしなければいけないほど、この国の体内に、毒が入り込んでしまったのは間違いない」


 他にも、海軍もほぼ全てが味方になることから、戦力比率で言えば、圧倒的にが勝る。


「行くぞ! それを我々の手で浄化し、もう二度と、そのような毒に犯されぬ国を作るのだ!」

「「「「応!」」」」


 栗林中将は、大きく深呼吸した後、軍刀を抜き、刃をの方角へ向ける。


「我らの敵は、東京にあり! 各員、大日本帝国へ侵攻を開始するのだ!」

「「「「応!」」」


 

 1942年3月10日、国内にて、軍事政権の打倒を掲げた民主社会主義組織、片山派とそれに共感した軍部の人間が武装蜂起を決行、日本は内戦状態へと陥った。

 アメリカ、旭日会の政治工作の結果、大政翼賛会一強の体制が崩れ、立憲民政党が徐々に議席数を増やし、民衆からの指示を集めていった。

 そして、最終的にはクーデターが発生、大日本帝国から日本国として独立、首都を長崎に置いた後、内戦状態に突入した。


 内戦開始の報が、各戦場にも伝わりだすと、それぞれの反応を見せた。


「裏切り者どもをぶっ殺してやる!」


 内乱を見引き起こした民主派を敵視する者も少なくなかった。


「本来の日本を取り戻し、平和のためならば」


 しかし海軍を初めとした、旭日会のメンバーの下にいた者たちは、耳が腐るほど「対米戦争は日本を亡ぼすだけ」「現在の日本は誤った方向に進んでいる」と聞かされていたためか、民主派を指示する声も多くあった。


 そして、民主派のトップとなった片山哲は、公にアメリカと友好関係を結びたいと宣言し、その旨はアメリカのブランドの元に届けられた。



3月14日、ホワイトハウス。


「ついに、この時が来たか」

「ええ、大統領が願っていた、日本の民主化のための最終段階、日本内戦が始まりました」


 ハルは、神妙な表情で、そう大統領に告げた。


「日本には、辛い思いをしてもらうことになるな……」

「それはもう、本当に……」


 内戦、幾度となく世界の国が経験した小さな戦争だが、失う代償の代わりに得られるものは、限りなく少ない。

 そんな、誰も喜べない小さな戦争、それが内戦だ。自ら愛する土地を犯し、汚し、破壊し、その上で勝ち得た勝利など、何と空しい物か。

 ブランドも分かってはいた。しかし、日本を変える最も有効な手段は、これしかなかったのだ。


「もっと、よい案があっただろうか? 私にもっと技術と才があれば、内戦などと言う空しい戦争を日本にさせずとも、民主化させることができたのだろうか?」


 そのような呟きを、ブランドは零す。


「民主主義は、多くの犠牲の上に成り立ちようやく世界に浸透を始めた物です。我々が苦しんでその民主主義を勝ち得ている間、日本は閉鎖的な世界で、独裁的ではあるものの、ひっそりと、幸せに暮らしていました」


 ハルは、ブランドのそんな弱音に喝を入れるかのように、少し厳しい言葉で言う。


「しかし日本は、そんな暮らしを止め、世界と向き合う覚悟をしました。ならば、世界を先に見たものとして、同じ苦しみを日本に味合わせ、成長させてやるべきです。貴方が言ったのではありませんか、『日本の目を覚まさせてやる』と」


 ブランドは、珍しく自分の意見を申すハルに驚き、黙って言葉の続きを待った。


「それに、日本はこの程度でへこたれるほど、軟弱な国ではありませんよ。最近、私も日本史を勉強してみましたが……あの国は、何千年もの間、戦乱と平和を繰り返し、成長していった国です。この内戦だって、きっと数十年後には、歴史の一ページとして、語られる程度のものになっていきます」


 ハルはそう言った後、片山からアメリカ宛てに送られた、友好を結ぶことを要求する書類を卓上に置いた。




 同日、フィリピン。


「まさかこんな形で再開することになるとはな、ミスター田中」

「ああ、私も驚いたよ、ミスターマッカーサー、元帥まで昇進していたんだな、おめでとう」


 マニラにて、日米両軍の指揮官は握手を交わした。


「本土にて内戦が始まった。どうやら旭日会の面々が画策していた内戦のようで、我々は本土へ引き返し、この民主化勢力を応援する予定だ」


 田中中将とマッカーサー元帥は、過去に交流があり、互いのことを認知していたため、このような会談も早急に開くことができた。


「我々もその話は聞いている。君が民主化勢力の味方になってくれると聞いて安心したよ」


 マッカーサーは、心底落ち着いた表情で、腰に付けていたコルトガバメントのホルスターを机の上に置いた。


「もしそうでなかったら、私はこの場で君を撃っていたかもしれない」


 そこから始まった二人の会談は非常に和やかに進み、互いに攻撃を中止し、日本軍は引き上げるという方針が決まった。


 会談の最後に、二人は再び互いに握手を交わし、田中中将はこう述べた。


「私は再びこの地に戻ってくる、あなたの友人として、再び会うために」


 この言葉は後に、日本の大きな転換を象徴する一言だと言われるようになる。


 この頃、海軍はすでに引き上げており、米海軍にも交戦の意思がない日本艦艇との交戦を禁止する命令がキング元帥の下出されている。太平洋へと出兵していた日本軍の九割は広島、長崎への帰路についていた。




 3月14日、内戦開始から4日たった今日、日本国軍は中部地方、山梨県辺りまで戦線を持ち上げていた。

 大日本帝国は、天皇を絶対神とするファシスト、全体主義、過激皇道派、軍国主義を唱える強硬派の陸軍などが、関西から北陸の間を支配し、強硬な姿勢を示した。

 その中には、関東軍の姿も見られた。しかし、多くは思想家や大政翼賛会の人間などであり、軍人として戦える人間は、皇居を守っていた近衛兵と一部の陸軍のみであり、日本国の勝利は容易く見えた。


 だが実際に戦闘が始まると戦線は膠着、負けることはないものの、攻めきれない状態が続いていた。


「理由は明白だな」


 内戦の進展がない旨の報告を受けたブランドは、分かり切っていたような口調で話す。


「日本人は、歴史的遺産などの破壊や、民間人の被害を恐れている。大日本帝国は、タケダシュラインやスワシュラインなどを防衛拠点にしている様ではないか、それらは日本人にとって、大切な物なのだろう」


 実際その通りで、市街地や歴史的建造物にて防衛線を張っているため、日本国軍は、大規模な攻撃戦を行えていないのだ。

 重砲や航空爆撃に制限を設け、歴史的建造物の破壊を阻止している。


「それに、なにより日本人は同族殺しを恐れている」

 

 ブランドのその読みも当たっていた。日本人は、大和民族の単一民族であることから、結束力の高さをアメリカ含め諸外国は評価していた。

 しかし、その結束力の強さが、逆に今の現状を作り出してしまっている。


「スティムソン、陸軍に余裕はあるか?」


 報告に来ていたスティムソンにそう問うと、少し考えた後、返事が来た。


「現在対ドイツ戦略用に用意している陸軍のほかに、多少は備えがあります」

「なら、ジョナサン・ウェインライト少将に4個師団を預け、日本へ向かわせろ。突破の役に立つはずだ」

「了解しました」




 と、そんな感じで日本に送られてきたウェインライト少将だったが、現地の指揮官と合流すると、足踏みすることとなった。


「お願いです、もう少し、もう少し待ってください」

「しかし……」


 前線にて第2軍の指揮を執っていた、今村均中将は、 攻勢のためにこちらに参ったと知った途端、そうウェインライト少将に泣きついてきた。


「どうか待ってください、今なんとか政府が向うと接触し、交渉している所なのです。我々も敵の現場指揮官と交渉している所です、どうか、どうか待ってください」


 血をできる限り流さず終わらせたかった日本国軍は、敵との対話を図っていた為、派遣されてきたウェインライト少将も、これでは手が出せないと、攻勢を行うことはなかった。

 この対話は、後に『日本で最も長い御前会議』と言われ、なんと17ヶ月間にも及ぶ停滞期間となった。

 江戸城無血開城の時を理想としたこの対話は、結局悪手となってしまうのだが、この時の日米は、そんなこと知る由もなかった。


 まさか日本内戦に、が介入してくるだなんて……。

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