第二二話 ブラック計画始動

1942年7月19日。


「ようやくイギリスが泣きついてきました」


 勢いよく部屋の扉が開かれると、ブランドの元へ、ウォレスが駆け寄っていく。


「ロンドンが焼かれたからだろうな」


 資料片手にブランドはにやりと口角を上げる、そのそばにはフォレスタル空軍長官が立つ。


「『P47サンダーボルト』『P40Mウォーホーク』、約2000機、準備整っています」


 フォレスタルの報告は、イギリスへ持っていく戦闘機の用意ができたというものだった。ブランドは、バトル・オブ・ブリテンが起こったという報告を受けたそのタイミングで、空軍に指示を出して、せっせと生産を進めていた重戦闘機『P47』と改良を重ねて使用していた『P40M』を各地からかき集めていた。


「イギリスはなんて?」

「はい、『我が国は今やドイツの攻撃にさらされ荒廃した。ロンドン橋は歌のように落とされ、ビックベンは倒れ、大英図書館は燃え墜ちた。もはや面子を保つことも不可能である。そこで、貴国を連合国へと招待したい。参加していただければ、全ての軍事的通行権を容認し、EUにおける介入の権限を授ける。ともに世界の敵を滅しましょう』とのことです」


 ケラケラとブランドは笑う。


「上っ面だけでもメンツを保とうとしているのがまるわかりだな。チャーチル首相も強情な人だ」

「いかがいたしましょう?」

「ウォレス、皆を集めてくれ」


 ウォレスは頷き、その場を去って行く。

 残されたブランドは、ニコニコしながら、自身のポッケから鍵を取り出し、机の一番右端の引き出しに差し込む。

 かちゃりと心地よい音がすると、その引き出しが開く。


「ようやくだな、ドイツ。お前の首を取りに行くぞ」


 その引き出しの中には、『ブラック計画』と命名された計画書が仕舞われていた。




 スティムソン陸軍長官、フランク海軍長官、ウォレス空軍長官、ハル国防大臣、ウォレス副大統領の面々が揃い、席に着くと、ブランドは目を閉じたまま一人一人に尋ね始めた


「陸軍」

「はい。計画されている歩兵、機甲、機械化38個師団、訓練は終了しています。戦車の生産が1ヵ月後に完了しますので、それで完了です」


 ブランドは目を開けずに頷く。


「海軍」

「は、42年型戦艦の二隻が就役し、訓練も十分行えました、いつでも大西洋に派遣可能です。また太平洋の方も、日本国がほぼすべての艦船を奪取したおかげで制海権は安定、それを見て一部撤収命令を出しました」


 ブランドは満足げに頷く。


「空軍」

「はい。先ほど述べた通り、『P47サンダーボルト』『P40Mウォーホーク』、約2000機、準備整っています。ただ、侵攻が開始した際に使う戦略爆撃機、『B17』『B24』の準備も現在進めていますが、何分戦略爆撃機のため、まだもうしばらくはかかるかと」


 ブランドは少し唸って頷く。


「外交」

「イギリスからの書簡はもうすでに受け取っています。フランスや他の連合国の国々は、アメリカの参戦を強く望んでいたそうですし、何も問題はないかと」


 ブランドは不敵に笑い頷く。


「国内」

「ワシントンポストが、イギリスに参戦要求をされたことを号外で刷って貰っています。この短時間で、すでにホワイトハウス前で、打倒ドイツを叫ぶ集会が起きているぐらいですから、戦争協力度は問題ないかと」


 そこでブランドは目を開け、最後に二度頷いた。


「……問題はなさそうだな。不安だった国内事情も、前々からプロバガンダを打っていた甲斐があったというものだ」


 そうぽつりと呟くと、ブランドは全員の顔を見回して言う。


「7月25日を契機として、我々合衆国はドイツに宣戦布告、また連合国へと加盟する。宣戦布告と同タイミングで、イギリス内に空軍が展開できるよう、今すぐ手配しておけ」


 一同頷き、部屋を足早に去って行く。その背後を見送り、部屋の隅にある星条旗へと視線を移す。


「アメリカの手による平和……それを成し遂げる、いよいよ最終段階。もうすぐ私の、いや、アメリカの夢が叶う」




 7月25日、イギリス。


「ストライダー制空戦闘隊、出撃!」


 威勢のいい声と共に、空へと24機の『P40M』が昇っていく。

 すると、少し離れた空から、4機の『スピットファイアMk.Ⅻ』が近寄ってくる。


「こちらウォードック隊、貴機らと共に爆撃機迎撃に当たる」

「ストライダー了解、頼りにしてるぜ」


 敵戦闘機隊22機、爆撃機24機の戦爆連合航空編隊は、再びロンドンを灰燼に帰すため、向かっていた。

 それを迎撃すべく、合流した28機の戦闘機隊は飛翔する。


 ブランドの言った通り、25日にアメリカは連合国へ加盟、その後ドイツへと宣戦布告した。その行為を見て憤慨したヒトラーは、連日行っていた爆撃を強化し、イギリスへの早期上陸を図ろうとした。

 しかし、すでに宣戦布告と同時に、各地にはアメリカより運び込まれた『P40M』や『P47』が展開しており、襲ってきた爆撃機を叩き落したのだ。




「こちらストライダー1、敵爆撃機、全滅! ウォードック隊に半数近く戦果はとられっちまったけどな」


 機体をくるくる回しながら、ストライダー1は喜びを表現する。


「ウォードック隊、さすがの腕前だな!」


 他の機体も、口々にウォードックたちを賞賛する。

 その言葉を聞いて、ウォードック隊一番機のレオは、薄く微笑む。


「ありがとう、ストライダー隊の連携もなかなかだったぞ」


 そんなやり取りをしている航空隊の下では、水際防衛線を固めていた兵士たちが歓声を上げていた。


「ありがとよー!」

「クールな戦いっぷりだったぜ!」


 絶望的な防衛線を想定していた陸上部隊からすれば、空でのささやかな勝利は、士気を上げるのに十分な素材であった。


 基地へ帰っていく航空機たちに、拍手や口笛を鳴らして歓声を送る。


 帰り道、市街地の空を飛んだ時も、同じようなことが起こっていた。航空機という戦争における花形部隊の勝利は、民衆や他の軍の士気向上に一役買い、戦争継続へ大きく貢献した。


 ドイツは一度で懲りることなく、連日爆撃機を飛ばし、イギリスを焼き払う計画を進めていた。しかし、バトル・オブ・ブリテンを生き残った、イギリス超エースたちや、アメリカより応援に駆け付けた航空隊のおかげで、それらを満足に実行させはしなかった。


 しばらくは敵機の迎撃に徹していたが、海軍の応援が駆けつけると一気に活動範囲を広げ、ブリテン島全域、北海、イギリス海峡の制空権奪取を目指して活動を始めた。航空戦は熾烈を極めたが、なんとかブリテン島の制空権は手中に収め、イギリス海峡でも、均衡へと持ち直した。

 壊滅しかけていたハルゼー艦隊に応援が来たことでなんとか立て直し、制海権の方も、再び連合国有利へと傾いていった。


 しかし、制海権に関しては、新型『Uボート』や戦艦をドイツは逐次投入、決して楽観できるような状況ではないのが明らかであった

 それを裏付ける様に、今日も輸送船が1隻、また1隻と、海中へと沈んでいくのだった……。

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