第一〇話 ドイツの反撃
同日、11時41分。
「野郎ども! 用意はいいか!」
「いつでも行けます!」
威勢のいい声と共に、高高度に陣取っていた『Me-109G』十二機の中隊が一斉に身を翻し、『SBD』たちに襲いかかっていく。
「落ちろ!」
隊長機は、『SBD』編隊の一番先頭の機体目掛けて、マウザー機関砲を発射する。
心地よい重低音と振動をコックピットで感じながら、隊長は砕け散る敵機を恍惚とした表情で見つめた。
攻撃の後に、いったん編隊から離れる最中、隊長は通信機に入ってしまうほど大きな声で、感嘆の声を漏らしてしまった。
「隊長、あんまり興奮しないでくださいね」
「うるせえぞ、俺はこの命のやり取りを楽しんでんだ! 邪魔するな!」
「へえへえ、そいつはすいませんでしたね」
隊長からの返答を聞いて、ため息をつく二番機搭乗員フィッシャー。
しかしすぐに気を取り直し、新たな敵機を目指して操縦桿を握る手に力を籠める頃、別の機から報告が上がった。
「下方より敵機! 『F4Fワイルドキャット』!」
すぐさま一部の機体は爆撃隊への攻撃を止め、下方から向かってくる『F4F』へと向かって行く。
「俺もいかなくちゃだな」
フィッシャーも、負けじと敵機へと突っ込んでいく。
6機の『Me-109G』は機首に二丁つく13ミリ機銃を発射するが、対して『F4F』は、両翼に着く12,7ミリ機銃をばら撒くように撃ち返してくる。
ドイツが槍を突き刺して突進するのに対して、アメリカはチェーンでできた鞭を振り回しているかのようであった。
互いに正面反抗ですれ違う頃には、数機被弾機が現れ、煙を吐く機体が見えていた。
「六番機! 十一番機! 無理せず退避しろ!
胴体から白い霧のようなものを吹き出していたため、フィッシェルは心配になりそう呼びかけた。
「こちら六番機、すまない、先に帰投する」
「こちら十一番機、こっちは大丈夫だ、様子を見ながらだが、戦場に留まるぞ」
一同一度距離を取り、再び攻撃の機会を探る。
この場にいる両機は、どちらも格闘戦能力はあまり高くないため、乱戦にはならず、互いに攻撃の機会を窺いながらちびちびと機銃をぶつけ合う。
この戦況、下手に手を出した方が墜とされると、誰しもが理解していたのだ。
しかし、そんな状態を覆す一手が、この盤上に現れるのだった。
『F4F』たちの上空から、突如として極太の火筒が降り注ぐ。一発一発は『Me-109G』と大差ないが、それが束なっているため、極太の射線となって見えていた。
不意を突かれた『F4F』たちは動くこともままならず、2機がその火筒に撃墜され、大きく動きを乱された。
「今だ! 全機続け!」
その一瞬の隙を見てフィッシェルはそう仲間たちに伝え、一目散に『F4F』に突っ込んでいった。
フィッシェルは照準器内にずんぐりとした機体の左翼を納め、機銃の引き金を引く。2~3秒機銃を当て続けると、『F4F』の羽は大きな爆発とともにもげ、糸が切れた凧のように、海面へと落ちていった。
『Me-109G』の両翼には、本来新型の大口径機銃が装備されるはずだったが、エンジンやボディーの研究を優先したため、研究は遅れてしまっていた。そのため、機首と同じ13ミリ機銃が両翼にも装備されている。
しかし、それでもそれは十分な威力を誇り、頑丈な『F4F』であっても、数秒間当て続ければ、羽を折るぐらいは造作もない。
「しゃあ、一機撃墜!」
フィッシェルが次の獲物を探して辺りを見渡すと、ほとんどの敵機は火を上げているか遁走しており、決着はついたようだった。
「こちら制空戦闘機隊二番機、援軍感謝する、重戦闘機小隊」
「礼には及ばない、我々はこのまま、敵重艦上攻撃機の迎撃に向かう。貴官らは一度基地へ帰投せよ」
「護衛機はいらないのか?」
「別動隊が動いている、新型の大口径機銃を装備した『Fw190A』を中心とした試作機部隊だがな」
その言葉を聞いて、フィッシェルは「なるほどな」と呟いた。
「それなら心配いらなそうだな」
無線を聞いていたのか、制空戦闘機隊の隊長がそう返した。
「おい、全機聞いていたな、制空戦闘隊帰投するぞ」
「了解」
隊長が乗る一番機を先頭に、三角形を作るよう編隊を組み、基地へと帰路に就いたのだった。
最初こそ優勢だった空の戦いは、陸からドイツ空軍の援軍が到着し始めると、段々と劣勢になって行き、第二次、第三次と攻撃隊の被害は増大していった。
特に『SBD』の損害が大きく、第三次攻撃隊に至っては、部隊が半壊するほどでああり、生き残った搭乗員たちも後味の悪さを感じていた。
最終的に航空攻撃で敵に与えた損害は、重巡1、軽巡2、駆逐4、潜水艦5、撃沈、駆逐2中破という微妙な結果に終わってしまった。
その結果を聞き、思ったより戦果が出なかったことに焦ったのか、ハルゼーは潜水艦による奇襲を画策し、実行に移させたのだが……。
同日、12時30分。
「何!? 5隻もやられたのか!?」
「は、はい……駆逐艦2隻と引き換えに、だそうです……」
ハルゼーは、奥歯をギリギリと噛みしめた。
「無理せず可能な範囲でと言ったはずだが、まさかここまで手酷くやられるとは……」
プルプルとハルゼーはマグカップを握る手を強める。すると、ピシッとマグカップに嫌な亀裂が奔った。
「潜水艦技術に関しては、もはや手も足も出ないか……」
すでにドイツの潜水艦に対する技術はアメリカを凌駕しており、潜水艦本体は勿論のこと、対潜水艦技術も、抜きん出ていた。
「これ以上被害が出るのは望ましくない……そろそろ、頃合いか」
ハルゼーは深呼吸して、気持ちを整えた後、艦隊に指示を出した。
「これより、戦艦群にて突撃を開始する、場合によっては夜戦になることも覚悟せよ、全艦最大船速!」
しかし、同時に艦隊全体に空襲警報が鳴り響く。
「ええい! 間の悪い奴らめ!」
「提督! 前方より敵機来襲、新型戦闘機と双発攻撃機を含む連合航空隊です、その数90!」
艦橋に駆け上がってきた兵が、そう報告する。
「多いな……やはり、風向きが変わりつつあるか……」
ハルゼーはすでに感じ取っていた、この戦闘の主導権がドイツへと移り変わっていくことを。
しかし、連合国側の総司令として、それを認めるわけにはいかない、そうハルゼーは考えていた。
それに、数的にも練度的にも圧倒的にこちらの方が上、そうゆるぎない自身が、ハルゼーの胸の内にはあった。
「全艦対空戦闘! 戦艦に傷を付けさせるな!」
しかし、そう甘くはないことを、少し後に、思い知らされることになる。
結局空襲では、『ベンソン』級駆逐艦2隻が姿を消すことになった。
空襲で沈んだ艦はいなかったが、それと同時にハルゼー艦隊は、水中からも攻撃を受けていた。空、水中と完璧な連携が取れていれば、おそらくもっと多くの艦が被害を受けていたことは間違いない。
と言うのも、新型防空巡洋艦である『アトランタ』級が、絶大な効果を発揮し、90機もいた航空機を、見事に叩き落していったのだ。
しかし、『アトランタ』級を全てハルゼー艦隊に配置してしまったがために、後方にいるサマヴィル艦隊では、空母『グローリアス』、重巡『ニューオリンズ級』『ノーザンプトン級』1隻づつが撃沈された。
この時、旧式艦と言えど、『
同日、14時20分
「索敵機より電報! 敵艦隊発見!」
「来たか!」
空襲を潜り抜けたハルゼー艦隊は、約17ノットにて敵揚陸地点付近目掛けて前進を続けていた。
「敵情報も追加します! 敵戦艦3隻、重巡2隻、軽巡5隻、駆逐艦多数とのこと! 戦艦1隻を含む数隻は、未だに陸地へ向けて艦砲射撃を行っているとのこと」
「空母は居ないのか?」
ハルゼーは拍子抜けたように、そう気の抜けた声で聴いた。
「はい、敵に空母らしき姿を確認した偵察機は居ませんでした」
「司令、ドイツはいまだ空母は一隻しか保有しておらず、出し渋っているのかもしれません」
「もしくは空母の有用性に未だ気づけておらず、大艦巨砲主義のままなのか、だな」
二人の参謀がそう言うので、ハルゼーは苦笑する。
ブランドが大統領になってからというもの、軍の中では航空機の有用性を認識させる行動を頻繁に行い、少なくとも上位指揮官層には、それが広く浸透していた。
すなわち、世界で二番目に航空機の有用性を認識した国となる。
「我々が今からやろうとしていることも、大艦巨砲主義とそう変わりないがな」
「いえいえ、航空攻撃で様子を見た後、艦隊上空の制空権を確保、これだけ出来れば、空母の初実戦として申し分ないでしょう」
参謀の一人がそうハルゼーを励ます。
「そうですよ! 今回はたまたま敵の方が航空機数で勝ってしまうため、空母の役割が減少してしまいましたが、これが北海での戦いだったら、わが航空隊は問答無用で敵艦隊を撃滅していたでしょう! 次の機会を待ちましょう、提督」
その言葉を聞いて、ハルゼーは大きく頷く。
「そうだな、今回はたまたま戦艦の方が役に立っただけだ。……よし、全艦最大船速! 単縦陣を維持し、敵主力艦隊へと突撃する!」
同日、同時刻
「マンシュタイン閣下、上陸欺瞞終了しました」
「よろしい、計画通りだ」
部下からの報告を、マンシュタインは満足げに聞いていた。
「海軍、後はお前たちの仕事だ、頑張ってくれよ?」
マンシュタインの視線の先では、先ほどまで上陸支援を行っていた艦たちが進路を変え、海峡出口へと向かって行く。
「おそらく、敵はまだ我々が上陸戦をしている最中だと思うはずだ、その油断を物にできるかどうかは、貴官の腕次第だなデーニッツ」
そうマンシュタインは、潜水艦隊の司令の名を呟いたのだった……。
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