第九話 スゲカラク海峡海戦

1940年10月30日。


 欧州に派遣された大西洋主力艦隊、通称ハルゼー艦隊旗艦である戦艦『メリーランド』の甲板では、連日の輸送船護衛に不満を漏らすものがいた。


「今日も観覧航行かぁ」

「お前、上官にでも聞かれたら拳が飛んでくるぞ?」


 二人の若い乗員は、後部甲板の対空機銃の座席に座りながら、そんな腑抜けた会話をしている。

 現在艦隊は、アメリカからの輸送船をイギリスに届けるまでの船団護衛を行っている。決して観覧航行などではない。


 だが、敵艦隊撃滅の令を受けて出撃した割には、積極的攻勢に出ることなく、船団護衛ばかりをしている現状を見て、拍子抜けたという兵も多い。

 実際問題、宣戦布告はしていない以上、アメリカ側から仕掛けるのは難しく、相手の出方を窺う形になってしまっている。

 この艦隊を率いるハルゼー長官も、そのことには理解を示しているが、ここ一ヵ月、敵らしい敵と戦っていないため、苛立ちを見せ始めていた。




「何故奴らは襲って来んのだ!」


 それを示すように、『メリーランド』内の会議室には、毎日のようにハルゼーの怒号が響いていた。

 

「落ち着いてください提督、輸送船団が安泰なのは良いことではないですか」

「そうですよ、おかげでイギリスは完全に体制を整え、いつでもドイツの上陸に対応することができます」


 アメリカから運ばれてくる物資は、石油、小銃、資材、そして運んでくる輸送船と多岐にわたり、独仏戦争で傷ついた身をほぼ完全に癒すことに成功した。

 さらに、イギリス海峡側には海上要塞を建築し、容易にドイツが上陸をしてくるという状況はほぼなくなった。

 そのおかげか余剰兵力もでき、それらをスエズ運河、ジブラルタル要塞に派遣しているため、未だに地中海は、完全な枢軸国の海とはなっていない。


「そうだ、そこが気になるのだ。なぜドイツはそれを黙認している? 確かに空襲でイギリスを叩いているが、なぜ輸送船はほぼ襲わなくなった? そのせいで、上陸は非常に面倒になってしまったというのに……」


 ハルゼーは、ドイツがこの輸送を阻止すべく、小型艦艇や高速打撃部隊を出撃させ、それを自分たちで迎え撃つ計画を立てていた。

 それを続ければ、やがて損害を無視できない、だがイギリスに物資を渡したくないとう板挟みになったドイツは、主力艦隊を輸送船撃滅に出撃させてくると考えた、考えていたのだが……。


「実際は、少数の攻撃に止まり、今となっては一機一隻たりとも攻撃してくることはなくなった……ドイツはイギリスへの上陸を考えていないのか?」


 そんな考えが生まれるのも無理はなかった。


「ひとまず、今できるのは輸送船を安全にイギリスへ届けることです」

「そうだな……今度イギリスに言って標的艦でも用意してもらうか。さすがに乗員の腕が落ちる」


 船団護衛、時間が出来たらイギリスに上陸して防衛設備建設を手伝ったり、簡素な演習などを行って、いつかの激戦の日のために備えている。




1940年11月9日。


 いつも通りの船団護衛を終え、イギリスのヨークシャー軍港で半舷上陸、及び燃料補給を行っていたハルゼーの元に、アメリカ本土とイギリス軍部より衝撃の電報が持たされた。


「ノルウェーに上陸されただと!?」

「はい、大量の輸送船と、おそらく主力艦隊と思われる艦隊がデンマークを出航、ノルウェー南部へと攻撃を行っています」


 ハルゼーは苦い顔をしながら歯ぎしりをして悔しさをあらわにする。


「大統領の読みはここで外れたか……」


 ハルゼーは北海へ向かう前、海軍長官であるスワソンから直接命令の詳細を聞いていた。

 敵はイギリス上陸を仕掛ける可能性が高いと、そう聞いていた。


「ノルウェーは戦略的価値がなくなったから、標的から外れるんじゃなかったのか……」


 ブランドは、最初こそ鋼鉄確保の目的でノルウェーに侵攻すると思っていたが、実際にはすることなくフランスを攻め落とし、兵器を大量生産している。

 それ即ち、ノルウェーを落とさなくとも、ドイツとしては、鋼鉄の輸入に障害が出ていないと考えられる。

 結果としてブランドは、ノルウェーの戦略的価値は薄くなったとして、ドイツが無駄に戦線を広げることはしないと断定、守備をイギリス周辺に固めた……のだが……。


「全艦艇出航準備、上陸している乗員を呼び戻せ。燃料弾薬は満載に、2日後に出航する」


 実際にはスゲカラク海峡を渡ってノルウェーへと侵攻、そんなやりきれない現状に、ハルゼーは帽子を地面にたたきつけるのだった。



1940年11月12日、07時40分。


「アメリカ諜報部より通達、敵師団が上陸を開始、規模はおよそ十個師団、指揮官は……マンシュタインです」

「あの策士か……」


 ハルゼーは腕を組み、スゲカラク海峡の地図を睨む。


「ここに十個師団の上陸師団、それを護衛する艦隊、おそらく後方には、追撃を控える師団があるはずだ……」

「この狭い海峡で、いかに立ち回るかだ……大型艦が自由自在に動き回れるほどの広さは無いからな」


 こう海峡の幅を指摘するこの男は、ジェームズ・サマヴィル提督、イギリス主力艦隊を率いて、アメリカ主力艦隊と合流したのだ。


ロイヤルネイビー主力艦隊 戦艦2隻、空母1隻、軽巡2隻、駆逐10隻


戦艦『ネルソン』『フッド』 空母『グローリアス』

軽巡『パース級』2隻    駆逐『F級』10隻 ※『フレッチャー級』英国仕様


 現在英米連合艦隊は、戦艦6隻、空母3隻、重巡8隻、軽巡14隻、駆逐42隻、他通商破壊用の潜水艦のうち22隻が参加している。


「単縦陣で突入、敵の前線を食い破り後方に展開する船団を攻撃」


 ハルゼーが卓上の駒を動かしながら説明する。


「奥に浸透した我々を敵主力が追いかけ始めたら、後方に待機させておく別動隊で追撃、挟撃してこれを撃滅する……これでどうだ?」


 サマヴィルはその案に頷きながら答える。


「うむ、下手に前で戦おうとすれば、動けなくなる可能性すらある。これが妥当かもしれんな」


 二人の考えは、敵陣の強行突破で固まり、互いに握手をした後、それぞれの持ち場に戻る。

 ハルゼーは戦艦『メリーランド』の艦橋へ、サマヴィルは戦艦『ネルソン』の艦橋へと向かう。


 英国艦隊、米国艦隊双方の旗艦が汽笛を鳴らすのと同時に、艦隊は編成を開始。

 まずは艦隊を二つに分離した。


別動隊 戦艦1隻 空母3隻 重巡8隻 軽巡4隻 駆逐20隻 潜水艦10隻

指揮官 ジェームズ・サマヴィル


突入部隊 戦艦5隻 軽巡10隻 駆逐艦22隻 潜水艦12隻

指揮官 ウィリアム・ハルゼー


その後、突入部隊は戦艦を先頭にした単縦陣を引く。

 一方別動隊は、開幕速攻で航空攻撃を仕掛ける準備を整え、発艦作業に入っていた。



同日、09時25分



「VB6各員用意はいいか!」


 12機の『SBDドーントレス』で構成された爆撃部隊は、偵察部隊の情報を頼りに高度4000を飛行、敵艦隊へと向かっている。

 この隊の少し後方高度2500の位置にはVA2、8機の『TBFピースメーカー』も続いていた。


「我々の任務は、雷撃隊のヘイト減らす囮だ。しかし、囮だからと言って、爆弾を当てない理由にはならん」


 隊長は操縦桿を握り直し、自信満々に言う。


「各機! 俺に続け、大物を食うぞ!」


 その連絡に、各機は「了解」と短く返し、編隊を整える。


 VB3の面々が、敵艦隊の姿を目視で捉える頃、手厚い対空砲での歓迎が始まった。


「正面方向、おそらく重巡。突っ込むぞ!」


 機体の周りに爆炎が起こる中、VB3の12機は単縦陣を組み、標的となった重巡に向かって行く。


「俺たちは隣を狙います!」


 後方に続いていた4機は、爆炎を避ける過程で編隊から落伍してしまったため、崩れた4機で編隊を組み直し、重巡の隣に陣取っていた軽巡に進路を変えた。


「了解した! しっかりやれよ!」


 隊長は、分離した分隊を見送り、機体を少し傾けて位置を確認する。


「そろそろ行けるな……全機、続け!」


 機体の羽を振って、後方に伝えた後、グッとフットレバーを踏み込み、機体を90度反転させ、急降下に転じた。

 後続する機体も続々と反転急降下に転じ、必死に対空砲を乱射する重巡に距離を詰めていく。


「高度6002,000mftフィート!」


 隊長機の後部座席に座る乗員から、そう報告が入る。

 隊長はその声を聞いて、エアブレーキを展開。すると、ガクンと機体が急減速し、はっきりと重巡の姿を、照準器の中に収めた。


 後部座席から、高度を読み上げる声が聞こえる中、その声をかき消さんばかりの爆音で、対空砲は降りて来る機体を迎え入れる。


 高度1200mを切るころ、細い火筒も加わって、機体の側面を叩き始めた。

 

200700m!」


 高度計が200ftを切る時に投下レバーを引いた後、隊長は思いっきり操縦桿を引き、機体を起こしにかかった。


「ぬううう!」


 体にGがかかり、座席に押し付けられるような感覚が隊長を襲う。


「爆弾はどうだ!?」


 機体を水平にして、艦隊から抜け出す経路を取りながら、隊長は聞いた。


「敵重巡に向けて七発投下し五発命中、隊長の爆弾は艦左舷に命中です! 成果は……敵重巡大破炎上中!」

「よし! 戦果大だな、後は我らが母艦に帰るだけだ!」

「隊長! 雷撃隊も戦果を挙げています!」


 VB6の面々が離脱するころ、VA2が横帯陣を引いて艦隊へと突撃していた。




「敵艦攻! 止まりません!」

「何が何でも墜とせ! 敵は航空機だぞ! 鉄の塊が当たれば墜ちる!」


 ドイツ主力艦隊、前衛艦隊は大いに焦っていた。


「当たってる! 当たってるのに!」


 対空砲に座る乗員は、そう叫びながら機銃を撃ち続ける。

 アメリカの新型重艦上攻撃機『TBFピースメイカー』、この時代にしては空前絶後の重装甲を備え、そう簡単に撃墜されることはない。

 雷撃時に、特に集中的に被弾するエンジン回りと正面ガラス、羽の前部はより固め、たとえ20ミリ弾が正面から命中しようと、簡単には砕けない。


「敵、魚雷投下!」


 たった一機も落とすことは出来ないまま、敵に魚雷の投下を許してしまった乗員は、口惜しさと恐怖混ざりの声でそう報告を上げるのだった……。



 初回の先制攻撃は、間違いなく連合側の勝利であった。

 重巡一隻、軽巡一隻、駆逐四隻を撃沈し、二次攻撃では、さらに駆逐二隻、潜水艦六隻を撃沈する戦果を挙げる。

 突撃の前に、このままの勢いで戦果を拡大させようと思ったサマヴィルは、第二次攻撃隊を発艦させ、三次攻撃隊の編制を命じているその頃、海峡に近い飛行場の動きが活発化しだしていた……。

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