第八話 ストーン・ホール・シー計画

1940年7月7日


「正気ですか? 大統領」

「正気だ、旧式駆逐艦の8割をイギリスに譲渡する、その対価としてソナー技術の供与を受ける」


 海軍省へ出向き、ブランドはスワソンと新たな計画についての会議を行っていた。


「それでは、わが国は艦隊を組めなくなってしまいます」

「分かっている、だから、海軍は10月末まで行動を禁止する」


 スワソンは、そんなブランドの申し出に頭を抱えた。


「そんな無茶苦茶な……」

「だが、そうでもしないと、ドイツ潜水艦には苦しめられ続けられる……放置すれば、取返しのつかないことになる」


 ブランドの言葉が、スワソンに重くのしかかる。

 スワソンもブランドの言葉にあらかた賛成ではあったが、自国の艦艇を丸々他国に供与するというのは、なかなか抵抗のあるものであった。


「国会の方はどうするんです? 一筋縄ではOKしてくれないような気もしますけど」

「そっちは大丈夫だ、もう手回しは済んでいる。明後日開かれる欧州についての国会では、賛成が過半数を占めるはずだ」


 口角を釣り上げて、ブランドは自信満々な様子でそう言うので再びスワソンは頭を抱え、大きくため息をついた。


「本当に、貴方は何者なんですか……」


 数秒の沈黙の後、スワソンは顔を上げ「分かりましたよ」と呟いた。


「海軍内の旧式艦艇を招集、英国へ譲歩いたします。造船の件は、お任せしていいんですね?」

「もちろんだ、そのための大量増築した造船所だからな」


 ブランドは言った通り、国会での承認を取り付け、7月15日付で、新たな海軍改革計画を打ち出した。

 その名も、『ストーン・ホール・シー計画』。

 石を海に投げれば水面に波紋が広がる、その波紋のごとく駆逐艦を増やす意味合いを込めて、この名が命名された。

 

 この計画の胆となったのは、スワン計画の過程でできていた新型駆逐艦であった。

 スワン計画の一環で駆逐艦の船体研究が進んでおり、新型と言い量産体制に移行した『ベンソン級』よりも洗練された駆逐艦の設計図自体は、もう出来ていたのだった。

 その新型駆逐艦、仮称1942年型駆逐艦の設計図を見直し、ソナーの搭載スペースを確保した状態で量産を開始、名称を『フレッチャー級』とした。


 もちろんイギリスへの根回しも済んでいて、イギリス海軍はこの計画を承諾、期限を9月20日と定め、それまでに『Uボート』に対抗できる新型ソナー開発を完了させるとの約束をした。


 そして……。


1940年7月10日


「本日は、こうして記者会見に応じて頂きありがとうございます」


 ブランドは、記者たちをホワイトハウスへ集め、記者会見を開いていた。


「大統領! この会見は、欧州戦線での出来事についてであると考えていいのですね!?」

「はい、ちゃんと順を追って説明しますので落ち着いてください」


 相変わらずまばゆいフラッシュは苦手なようで、眉間に皺を寄せながら話し始めた。


「皆さんもご存じの通り、6月の末、人道支援のために派遣していた船団護衛艦隊が、ドイツ海軍より不当な攻撃を受け、多くの犠牲者が出てしまいました。まずは、その被害に遭われたご家族の皆様に、謝罪申し上げます」


 座ったままではあるが、ブランドは深く頭を下げた。


 その後ブランドは、現在、欧州の海がどのような状態であるかを説明した。

 無制限潜水艦作戦に近い状態であること、ドイツが先に攻撃してきたこと、宣戦布告はされていないこと。


「その上で私は、一つ、国民の皆様のお考えを聞きたいと考えています」


 大統領が会見を開いた目的は、けして現状報告だけではなかった。


「不安定化する欧州に安然をもたらすために、我が国の主力艦隊を、欧州へ派遣しようと考えています」


 主力艦隊の派遣、それはもはや戦争行為に等しいものであり、実質ドイツへの宣戦布告と同意義であった。

 

「約一か月後、国民一斉投票を行います、そこで賛成票が過半数を占めた場合、承諾を得られたと判断し、大西洋主力艦隊を欧州へ派遣します」


 ブランドは、その後記者たちの質問攻めにあったが、ある程度答えた後「この後会談があるので」と会見を切り上げた。

 実際には会談などないが、必要以上に情報を流さないよう、頃合いを見計らったのだ……本人が疲れてきたというのもあるが。




「大統領、本当に良かったのですか?」

「何がだい?」


 記者会見を切り上げた後、いつもの部屋で報告書を眺めていたブランドの元へ、ガーナーがやってきた。


「投票のことです。過半数を越えなかった場合、イギリスに欧州海域の制海権を任せることになりますが、そんなことは不可能に近いでしょう」

「ああ、大丈夫だ、一先ず過半数は絶対超える様になっているからな」


 さらりと、ブランドはとんでもない発言をした。

 一瞬、ガーナーは何を言われたのか分からないというような表情をして、目をぱちくりさせた。


「万が一過半数を割ったなら、12%上回っている様にして公開する」

「……レンドリース法の時のように、もう決まっていると」


 ガーナーは、ため息をつきながら、嘆くよう言う。


「しかし、決定事項ならばなぜ投票などを? 不正をするより、黙って出したほうが批判は少ないと思いますが」

「この投票の目的は、国民の戦争協力度を測るために行う、試験的な意味合いが強い。来るべき対ドイツ宣戦布告に向けてのな」


 ブランドの真の狙いは、そこにあった。

 万が一ドイツへ宣戦布告をすると言って、どれだけの反対が出るのか、またどれだけの国民が協力してくれるのか、それを今回の投票で目安を測るつもりなのだ。


「なるほど……本当に貴方は恐ろしい人だ。……まるで、未来から来た人間のよう」


 ガーナーの何気ない発言に、ブランドは目をぱちくりさせ、大きな笑い声を上げた。


「もし私が未来から来ていたのなら、ドイツが戦争を始める前に、何か手を打てたんじゃないのか? それに、もっと上手く立ち回れたと思うのだがな」

「十分、上手く立ち回っていたとは思いますけどね」


 ガーナーはそう言って扉へと手をかけた。


「くれぐれもバレないようにお願いしますよ、大統領」

「ああ、分かっているさ」


 こうして、ブランドが始めた新たな計画は始動した。




 最初、経済政策の一環で造船所を増築したおかげで、船体建造は非常にスピーディーに進んだ。

 造船開始時は、新たな船体に現場員たちも戸惑っていたが、数隻作るうちに適応、だんだんと造船スピードが向上していった。

 ピーク時には、1日に一隻の輸送艦、2日に一隻の駆逐艦、5日に一隻の軽巡洋艦が誕生することになる。

 

 イギリスは、アメリカの支援を受けつつ、約束通り9月20日までに新型ソナー177型を開発、その技術をアメリカへと供与した。

 供与された技術を、EU117ソナーと命名、『フレッチャー級』に搭載し、9月24日に『フレッチャー級』一番艦『フレッチャー』が就役した。

 一部の艦は命名前にイギリスへ譲渡され、ロイヤルネイビーの新戦力となった。


 ストーン・ホール・シー計画のうち、表向きの計画は完遂した、では裏の目的はどうなったのか。

 それは投票の結果が示していた。



「なあ、お前どっちに投票するんだ?」

「そりゃあ、賛成にだろう。ドイツにはお灸をすえてやらないとな」

「でも、それじゃあアメリカ人が死ぬかもしれないんだぞ?」

「それでも、アメリカはやるべきだろう。世界の覇権国家としてな」




1940年8月10日。


「狙い通り、ですか?」

「国民は皆賢いと、私は信じていたさ」


 いつもの部屋、いつもの椅子で、ブランドはスワソンの問にそう答えた。

 スワソンは苦笑いしながら、選挙結果のグラフを見る、そこには、賛成票が80%入ったことを示す円グラフがあった


「それで、艦隊編成は決まったのかな?」

「はい、新鋭艦を組み込んだ、対空対潜対艦すべてに適応可能な艦隊となりました」


大西洋主力艦隊 戦艦4隻 空母2隻 重巡8隻 軽巡12隻 駆逐32隻


戦艦『メリーランド』『アリゾナ』『ペンシルベニア』『テネシー』

空母『サラトガ』『エンタープライズ』

重巡『ニューオリンズ級』5隻 『ノーザンプトン級』3隻

軽巡『ブルックリン級』4隻『オマハ級』6隻『アトランタ級』2隻

駆逐『ベンソン級』20隻『フレッチャー級』12隻


「『アトランタ級』、ついに実戦に出るのか……期待できるな」

「はい。これ以外にも、通商破壊艦隊も出撃、通商破壊を開始させます」


 満足げに、ブランドは頷いた。


「艦載機はどうなった?」

「それについては――」

「失礼します」


 スワソンの言葉を遮るように、扉が開かれる。


「丁度来ましたな」

「ケニーか」


 扉を開けたのは、空軍参謀のケニーだった。

 手元には、数枚の報告書を持ち、息が上がったまま部屋のなかへ入ってきた。


「間に合いました! こちらが艦載機の一覧です」


 艦載機一覧

『サラトガ』 搭載機数93 予備分解機4

戦/『F4Fワイルドキャット』 30機

爆/『SBDドーントレス』   42機

攻/『TBF-3ピースメイカー』  21機


『エンタープライズ』 搭載機数89 予備分解機2

戦/『F4Fワイルドキャット』 28機

爆/『SBDドーントレス』   40機

攻/『TBF-3ピースメイカー』  21機


「三型の配備間に合ったのか……」


 『TBF』の初期型である二型はエンジントラブルが多く、さらには馬力が機体重量に釣り合っておらず、せっかく生まれた新型重艦上攻撃機として活躍できずにいた。

 そこで、グラマン社とゼネラルモータ社が共同で新型エンジンを開発、それを搭載した『TBF-3』を量産し搭乗員を養成したのはいいものの、その他諸々の諸事情を済ませていたら、艦隊編成に間に合わないかもしれないと言われていた。

 

「はい、予備機がなければ、今回出港する二隻の空母分だけしかありませんが、何とかそれだけは間に合わせました」


 その報告を、満足気に頷きながら聞いたブランドは、「よし」と手を叩く。


「これにて大西洋主力艦隊の編成は完成だ、あとは実際に集結させ、欧州に向かわせるだけだな」

「はい、遠方にいた艦にはすでに移動命令を出しているので、3日ほどで集結完了します、いつでも出撃命令を受諾できます」


 スワソンは意気揚々とそう告げる。


「では、ハルゼー君にこう伝えてくれ……君の艦隊は北海に出撃し、独主力艦隊を見つけ次第撃滅、制海権を確たるものにせよ。欧州の平和は君の艦隊にかかっている、ぜひその腕を揮い、ドイツ艦隊を撃滅してくれ、と」


 大きく息を吐き、ブランドは高らかにスワソンへ下令する。


「ノースストーム作戦を発動する。大西洋主力艦隊は、準備が整い次第、欧州へと出撃せよ!」

「はっ!」


 スワソンは綺麗な敬礼を残し、足早に部屋を去っていった。

 ケニーも同じく敬礼をしたのち、来た時とは対照的に、静かに部屋を出ていった。


「もうすぐ、だな……」


 二人が去った部屋でブランドは、悟ったような瞳で、部屋に飾られる星条旗を見つめているのだった……。

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