第一一話 第一次欧州大海戦

同日、13時05分。


「敵艦隊発見! 戦艦3隻、重巡2隻で、幅広く横帯陣形を取っています!」


 その報が艦橋に届くと同時に、単縦陣の先頭を行く『ペンシルベニア』よりさらに前の位置に、巨大な水柱が立ち上った。

 その様子を、二番目に位置する『メリーランド』艦橋よりハルゼーは見ており、不敵な笑みを浮かべた。


「敵は、どうやらかなりこちらを恐れているようだな」


 主砲射程外にも関わらず、惜しみなく撃ってくるとは、こちらを下手に近づけたくない心の現れ、すなわちドイツ海軍はアメリカ海軍に劣ると自ら公言しているようなものだ、と。

 この時ハルゼーの脳内には、そのようなことばかりめぐっており、一つ大切なことを見落としていた。


 敵はまだ上陸戦をしていたのではないか? そうであるならば、なぜ分離していた戦艦や重巡をまとめて、なおかつここまできれいな陣形を整えているのか。

 

 これすなわち、敵はこちらの動きを把握しており、敵の油断を誘う動きができるということ。

 これを、ハルゼーは完全に見落としていた。


「敵艦隊、主砲射程圏! 測距完了、いつでも撃てます!」


 敵艦隊を発見した数分後、単縦陣の先頭に位置する『ペンシルベニア』では、すでに主砲の射撃用意が完了していた。

 敵横帯陣形に対してやや斜めに差し込むように突入しているため、後方に続く艦たちも、順次照準を合わせていく。

 あとは、提督からの砲撃命令を待つのみだ。


 『ペンシルベニア』の後部主砲も照準を合わせ始める頃、最後方にいた『フッド』も測距が完了した。

 それを確認したハルゼーは、無線機へ向けて砲撃命令を下す。


「全艦、砲撃開始!」


 直後、各艦一斉に、一番砲塔より爆音と爆炎を上げながら、鋼鉄の塊を敵目掛けて発射する。

 『メリーランド』は16インチ、『フッド』は15インチ、『ペンシルベニア』『テネシー』は14インチの砲弾を、敵艦隊目掛けて放り投げる。


 第一射は全弾遠と、期待通りとはいかなかった。


「一撃目から当てるのは難しいものか……」


 ハルゼーはそうぼやく。

 戦艦の砲撃と言う物は、そうやすやすと命中弾が出るものではない。

 だが、戦艦のことを「足の遅いのろま」と言うほど、戦艦にあまり価値を見出していなかったハルゼーは、この一撃目を見て、やはり空母の方が有用であるという考えを確たるものとしたのだった。


「戦艦の時代は終わったのだ、これからは、いかに航空機を繰り出せるかによって勝敗が左右する時代になる……」


 そんなハルゼーの呟きは、各戦艦の第二射の砲声によって、かき消されていた。

 

「着弾!」


 砲声から数秒経って、再び敵艦隊の方に水柱が上がる。

 今度は艦隊全域を捉え、敵艦のすぐ側に着弾したようだった。


「敵弾来ます!」


 ゴオオ!という凄みを感じさせる音とともに、米軍艦隊を囲むようにして敵弾が着弾し、負けじと水柱が上がる。

 高くそびえたった水柱が甲板へ雨となって降り注ぐ中、第三射の射撃用意が整う。


 砲身に砲弾が詰められ、後ろから発射用の火薬がどんどん砲身へと入っていく。

 装填が完了すると、着弾位置から諸元を修正した角度まで砲身が持ち上がり、砲塔が旋回する。


 照準が合うと、再び爆音を響かせながら、初速は音速をも超える速さで砲弾は撃ち出される。


「着弾!」


 再び報告が上がるとき、今度は敵艦隊を挟み込むように多くの水柱が上がって行く。


「修正射効果あり、敵艦隊夾叉!」

「提督、一斉撃ち方に変えるのはいかがでしょうか?」


 参謀の一人が、そうハルゼーに持ち掛ける。


「命中弾が出ていないのか?」


 通常、一発でも命中を確認したのちに斉射に切り替え、一気に畳みかける、砲弾の節約を図るものだが……。


「このままいくと、もうじき作戦の第二フェーズ、敵艦隊の背後に回り込む段階になってしまいます。今の夾叉弾を無駄にしないためにも、ここからは命中精度も威力も大きい一斉射に切り替えるべきかと」


 現在艦隊は、敵艦隊の横を斜めに通り抜け、背後に回る航路を取っている。

 これは、ハルゼーが最初に考えた挟み込む作戦に乗っ取った行動であり、今から進路を変えるのは無理な話だった。


 ここは一気に畳みかけるべきか、万全を期して挟んでから全力を出すべきか、ハルゼーは大いに悩む。

 しかし、それは数秒後に解決することになる。


「うお!」


 大きく艦が揺さぶられ、艦橋からパッと甲板を見ると、確かに弾痕が残っていた。

 

「クッソ! 敵戦艦の砲撃が命中したか!」

「違います! 今の砲撃は重巡『アドミラル・グラーフ・シュペー』の物です!」

「ポケット戦艦か!」


 『シュペー』は、重巡洋艦と言う艦種でありながら、戦艦と同等の火力を持つ、まさに巡洋戦艦のような存在である。

 イギリスより、「やばい重巡がいるからきをつけろ」とは聞かされていたが、まさかこれほどとは、ハルゼーは思ってもいなかった。


「撃ち方、斉一斉射に切り替え! 少しでも敵にダメージを与えて、殲滅しやすくするのだ!」


 ハルゼーはそう決定し、射撃指揮所にそう伝えた。


「了解! 次より一斉射に移行します!」


 そう話している間にも、再び砲弾が迫ってくる圧迫感のある音が艦橋に響き始める。

 当たる! そうハルゼーが歯を食いしばると同時に、先ほどより巨大な振動が、『メリーランド』を襲った。


「敵戦艦『ビスマルク』からの砲撃です! 後部甲板に一発、三番主砲等付近に一発着弾です!」


 隊列を組む他の艦たちも続々と被弾を始め、体に傷がつき始める。


「『ペンシルベニア』に命中弾!」

「『テネシー』『アリゾナ』に同じく目命中弾! 『テネシー』、二番砲塔が旋回不能な模様!」


 予想だにしなかった複数の命中弾によって、確実に損害が出始めているところから、少しづずつハルゼーから冷静さが消えていく。


「一刻も早く敵を海の藻屑に変えろ!」

「イェッサー! 撃て!」


 ハルゼーに感化されて、射撃指揮所は、今海戦初となる一斉射を放った。

 巨砲の振動に艦体は身震いし、まるで全力で戦えていることを喜んでいるかのようであった。


「ただ今の砲撃、『ビスマルク』に命中弾2! 敵砲火衰えません!」

「堅牢な艦だ!」


 ハルゼーはそう悪態をつく。

 16インチの砲弾が2発も直撃したのに、『ビスマルク』は一切衰えた様子を見せない。

 

「敵、『アドミラル・グラーフ・シュペー』炎上! 『フッド』がやってくれました!」


 一方、後方では『フッド』が有効弾を連発し、敵艦隊の最左翼に位置するポケット戦艦に効果的なダメージを与えていた。

 その報を聞いて、満足げにハルゼーが頷く。


「さすが、英国紳士の代名詞となる艦なだけある。我々も負けてはいられないぞ!」


 その声に答えるかの如く、『メリーランド』に再び砲声が響き渡る。

 しかし、入れ違いで敵からの砲弾も迫ってきており、ハルゼーは直感的に、この軌道はまずいと感じ取った。


「来るぞ!」


 直後、これまでとは明らかに違う衝撃が艦を襲った。


「どこだ!?」

「前部甲板です! 第一砲塔付近で火災発生!」

「消火急がせろ!」


 今度はこちらの砲弾が着弾する番だった。


「『ビスマルク』に命中弾2! うち一発は第二砲塔を打ち抜いた模様!」


 ようやく、決定的な一打をお見舞いできたことに喜びを感じる乗員たちだったが、それは刹那のうちに終わることとなる。


「ぺ、『ペンシルベニア』被雷!」


 悲鳴のような報告が艦橋へと飛び込んできたのだった。


「雷撃だと!?」

「敵艦隊一斉回頭、撤退していきます!」


 直後から、艦隊は大混乱に陥った。


「『ペンシルベニア』左舷に4本の水柱を確認! ああ、『ペンシルべニア』が!」


 見張りその悲痛な叫びも空しく、一挙に4本もの魚雷を受けた『ペンシルベニア』は、左弦に開いた穴をふさぐ間もなく、艦全体が傾いてゆく。

 そして、傾斜に限界がきた後、上部構造物の重さに耐えかね転覆した。


「お、面舵一杯! 『ペンシルベニア』の残骸を避けるんだ!」

「よーそろー、おもーかーじいっぱぁーい」


 ハルゼーは、その場に置いてあったマグカップを地面に叩きつけ、怒り狂いながら叫んだ。


「おのれナチスの犬どもめ、卑怯な手ばかり使いやがって! 全艦追撃戦に移れ、後続部隊にも追従を要求、全力で艦隊をしとめる!」


 この一手が、今海戦連合側の、最大の悪手となるのだった……。




 同日、15時1分。


 残った艦で追撃を続けていた時、ハルゼーは自身の首周りをかき毟りながら指揮を執っていた。


「そうだ常に全速だ! 奴らの方が最大船速は早いんだから、足を緩めたら置いていかれるぞ!」


 単縦陣から横帯陣へと形態を変え、後方から合流した『ネルソン』と共に追撃を続ける連合軍艦隊は、全速力で敵艦隊を追撃している。

 しかし、距離は一向に詰まらず、命中弾もほとんど出ていない。


 向こうも反撃として後部主砲のみで打ち返してきているが、こちらも数発至近弾が出た程度で、大きな損害は負っていない。


「最大船速同士でこの撃ち合いじゃあ分が悪いか……」


 ハルゼーはイライラを隠そうともせず、そう漏らす。

 

 一方イギリス艦隊旗艦で指揮を執っていたサマヴィルは、現状に嫌なものを感じていた。

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