燃ゆる欧州編

第五話 第二次世界大戦

1939年9月、ポーランドのとある戦場にて……。 


「後退して防衛線を引け! 援軍が来るまで持ちこたえるんだ!」


 手を振りながら、必死に合図をおくるが、塹壕にて小銃を撃つ兵士たちは、思うように動くことができていない。


「クッソ! 撤退戦すらろくにできやしない!」


 合図をしていた兵は悪態をつきながら無線機を手に取る。


「こちらダンツィヒ守備隊、戦線は着実に圧迫されている! 応援はまだか!? このままだと防衛線が――――」


 言い切る前に、戦線では激しい爆発音が聞こえた。


「戦車だ! 退けー! 退けー!」


 そんな声が聞こえ、男は肩を震わせながら言い直す。


「訂正する、突破されたようだ」


 無線機を放り投げ、男は退いてきた兵たちに再び後退の指示をだす。


「もうこの町は持たない、できる限りワルシャワへ向かって撤退しろ」

「了解!」


 一個師団もいない歩兵たちは、まとまって後退を始めたが、そんな歩兵たちの前に、本来いるはずのない戦車が現れ、こちらへ咆哮を向けていた。


「これが……電撃戦か!」


 兵士の叫び空しく、『四号戦車』から発射された砲弾は歩兵たちの体を引き裂き、塹壕へ戻ろうとする背中に、『MG34』から発射される7.92×57ミリモーゼル弾が無慈悲に突き刺さる。


「クソ……クッソォ!」


 一人の歩兵が死物狂いで小銃を構えたが、弾丸を発射する間もなく、『MP40』の9×19ミリパラベラム弾で打ち抜かれる。


「制圧終了だ、我々はこのまま南下するぞ」


 戦車から顔を出した将校らしき人間が、無線機でそう部隊へ連絡する。




「騎兵隊、突撃!」


 その掛け声とともに、20数頭の馬にまたがった騎兵たちは、短小銃を片手にドイツ国防軍の列へと突撃を敢行する。

 この時、ポーランドはWW1時の塹壕戦よりも、ポーランド・ソヴィエト戦争で活躍した騎兵の機動力を重視していた。


「足を止めるな! 進め!」


 実際、通常の歩兵師団には騎兵の高速性が生かされ、敵が展開する前に切り込みを入れ、引っ掻き回しながら殲滅するというような活躍が見られた。

 だが……。


「機関銃だ!」


 ひとたび敵が機関銃を構えてしまっては、たとえ騎兵であっても、損害を逃れることは出来なかった。


「うあああ! 足がぁああ!」

「手榴弾!」


 機関銃で足を止められた騎兵たちの元へは、手榴弾が投げ込まれる。

 騎兵から馬を取ってしまえば、それはもはや、ただの軽装歩兵に変わりない、近代化されたドイツ軍歩兵の前には、無力であった。




「嫌だ死にたくない! 死にたくない!」


 爆発音と銃声が響く中、一人の兵士が塹壕の中でガタガタと肩を震わせる。


「バカ野郎! 死にたくないなら撃て!」


 近くに居たほかの兵が小銃を渡すが、受け取ろうとする気配はなく、ただガタガタと震えている。


「クソッ!」


 そんな様子を見て、小銃を渡した兵はイライラしながら塹壕から顔を出し、向かってくるドイツ国防軍に向かって発砲する。

 が、やがて小銃を下ろし、再び塹壕へと身を潜めた。


「おいでなすった!」


 その直後、塹壕付近で土煙が上がり、二人の歩兵の頭上へ土が舞い散った。


「ヒィッ!」


 一層肩を震わせる中、エンジン音と履帯が回る音がどんどん近づいてくる。

 機銃と砲声を響かせながら、戦車は塹壕へと向かってくる。


「おい! そこを離れろ! 戦車が来るぞ!」


 少し離れた位置で、塹壕と塹壕の間、少し開けている場所で、足を抑えて蹲っている兵がいた。

 このまま戦車が前進してきたら、丁度通過する道であった。


「無理だ! 足が痛くて、動けない! 頼む、引きずってくれ!」


 悲痛な叫び声に答えようと立ち上がるが、近くに爆音で砲弾が着弾したため、怯んで再び腰を屈める。


「来た! 嫌だ、止めろ! 止めてくれぇぇぇ!」


 なんとか這って移動しようとしていて兵の上に、『四号戦車』の黒い車体がゆっくりとのしかかっていく。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァああああああああ! 痛いいイイイイイィあア゙ああア゙ァッ! ダレヵア゙ア゙ァ、ダレカダレカダレガア゙ァ!」


 ゴジュッ、ブジュ、メキという、内臓が潰れ骨が折れ神経が引きちぎられていくような音が辺りに響き、それを遮るように兵士の絶叫が聞こえる。

 

「ああなりたくなかったら退くぞ! 走れ!」


 いまだに震える兵の手を取って、塹壕の中を走っていく。

 

 有効な対戦車装備をポーランド軍は十分に配備出来ておらず、歩兵が戦車と対峙した時には、撤退するか、火炎瓶などしか攻撃手段を持ち合わせていなかった。

 



 9月3日には安全保障条約によって、英仏がドイツへ宣戦布告、これにてドイツの行動は沈静化すると思われたが、一切そんなことはなく、着実にワルシャワへと足を進めていた。


 9月17日、ソ連が秘密条約に乗っ取り、東側からポーランドへ侵攻を始め、ポーランドは二正面作戦を強いられることとなった。

 だが、そんな膨大な量の鉄と肉の群れに耐えられるだけの軍隊など、ポーランドには存在しなかった。


 9月29日にワルシャワが陥落すると、ポーランド軍の組織抵抗はほぼ終了し、結局10月6日に、ポーランドは全面降伏した。

 



1939年10月20日。


「一か月……早すぎる」

「いや、ソ連も挟撃したんだ、よく耐えた方だろう」


 閣僚たちの会議にて現在、欧州戦争への介入機会を無い物かと話されていた。


「未だに英仏に動きはない、だがドイツは、次にデンマークとノルウェーを狙っているという情報を入手しました」


 ハルは、諜報員からの情報を提示し、ブランドに差し出した。


「何故デンマークやノルウェーを? あの二か国は中立を発表していて、それをドイツも承諾していたではないか」


 ガーナーの言葉に、ブランドは答える。


「英仏連合国の、ノルウェーを支配下に置く計画がバレたのだろう」

「よくご存じで……」


 スティムソンは少々引き気味に、報告書を読み上げる。


「英仏は、対ドイツ戦やソ連とフィンランドの戦争を警戒して、ノルウェーの鉄道網等を支配下に置く計画がありました。それを察知したドイツは、中立の一方的な破棄として激怒、ヒトラーは反ノルウェー感情を煽る演説を行っています」

「……では、なぜデンマークまで?」


 報告を聞いて、ケニーはそう疑問を呈す。

 確かに、今の報告の中には、デンマークを攻撃する意図を見つけることができない、だが、もちろんデンマークを攻略することには、大きな理由があった。


「スカゲラク海峡の封鎖だ」


 スワソンは海軍長官だ、輸送網や制海権等、海についての概念はあらかた理解していた。


 ドイツが侵攻する理由としては先ほど報告で上がったことに加え、もう一つ大切な理由があると、スワソンは読んでいた。


「ドイツにとって、北海やイギリス海峡は魔境だ、ロイヤルネイビーがうろついているからな。軍艦だけではなく、輸送船にとってもそれは同じだ」


 地図上を指さしながら、スワソンは続ける。


「ドイツは鋼鉄の輸入をフィンランドに頼っていて、冬季は陸路でノルウェーに輸送、ノルウェーの領海を通過してドイツへ運び込んでいた」


 そこでハルは気づいたのか「なるほど」と呟き、スワソンの言葉を代わりに続けた。


「ノルウェーがドイツに占領されると、ドイツの領海になるため、冬季の鉄鉱石輸送に支障が生じる。だから、陸路でノルウェーを最大南下した後、デンマークを占領し封鎖した海峡を渡って、大陸に揚陸すれば、輸入に被害が出ない」


 その言葉に一同は頷き、そして悲痛な表情を浮かべた。


「デンマークは、単純なドイツの利益のために、踏みつぶされるというのか……」


 スティムソンの呟きに、ブランドは心の中で首を振った。


(踏みつぶされるのは、デンマークだけではない……)


 会議の最中であったが、部屋の外からドタドタと慌ただしい音が聞こえてきた。


「これは……」

「何かあったんでしょうな」


 閣僚たちは、大きくため息をつき、開け放たれた扉の方へ視線を向けた。


「今は閣僚会議中だが……何か用かな?」


 ブランドがそう穏やかな顔で言うが、連絡に来た者は、そんな余裕が無いようだった。


「こちらを……」


 それは、アメリカに向けてドイツが発信した電報であった。


「……これはもはや、宣戦布告と受け取るべきなのでは……?」

「クッソ! あのちょびの野郎!」


 その電文には以下のことが書かれていた。

 1、貴国はドイツの国益を大きく損なおうとしている、これはドイツに対する明確な挑戦的行動であり、このままいけば、我々も許容できなくなる。

 2、貴国の行動次第では、我々も武力による解決を図る準備は出来ている。


 ブランドは、その文章を二度三度読んだ後、厳しい目つきでスティムソンに言った。


「欧州遠征軍の編制を、1939年の12月1日までに6個師団完成させよ」

「了解しました、すぐ準備に取り掛かります」


 そう言って、スティムソンは席を立ち、会議場を後にした。

 それを見送ったのちブランドは、今度はスワソンに向けて言った。


「大西洋主力艦隊、護衛艦隊、通称破壊艦隊の出航準備を、同じく12月1日までに用意を完了させろ、ああ、主力艦隊は15日までだ」

「分かりました、主力艦隊の提督は、誰か指名いたしますか?」


 スワソンの質問に、ブランドは少し考え、一人の猛将の名を口にした。


「ハルゼーに行ってもらおう……万一戦闘になれば、彼の勇猛さはドイツ海軍を委縮させられるはずだ」

「了解しました、直ちに準備を開始します」


 次はケニーの番だった。


「艦載機の用意はすでに配備が完了した『F4Fワイルドキャット』に続いて、新型艦上攻撃機、『TBFピースメイカー』が同じくグラマン社で製造が開始、12月までには、なんとか間に合わせます」


 ブランドが言う前に、ケニーはすべてわかってましたと言わんばかりに答えた。


「それでいい、頼んだ」


 


 アメリカが行動を始めるころ、ドイツは軍隊を西方へ移動、デンマーク国境、オランダ、ベルギー手前へと展開し始めた。

 そこまでブランドの予想通りだった、遺憾ではあるが、すぐにデンマークが陥落することも……。


 しかし、そこからの動きは予想外のものであった。



 1939年12月5日


「何? ノルウェーじゃなくてベネルクス三国に宣戦布告しただと?」


 ブランドは、オーバールオフィスでその報告を聞いた。


「はい、12月3日にデンマークを占領後、一部の兵を残して部隊を移動、その後ベネルクス三国に宣戦を布告したようです……すでに、ルクセンブルグは陥落、オランダは空挺投下にてアムステルダムを喪失。ベルギーは用意した要塞を巧みに使い、なんとか持ちこたえていますが、陥落も時間の問題かと……」


 ブランドの想定では、ノルウェーを占領、もしくはノルウェー戦が一段落してから西に進むはずだったが、ドイツは想定を外してきた。


「あえて無視したのか? それじゃあ、デンマークを占領した理由は?」


 ブランドはここに来て、本格的にドイツの行動が読めなくなってきたことに、焦りを感じ始めていた。


「一先ず、フランスへ遠征軍を送ろう、海軍にはその護衛を、通商破壊は……まだ出せないな」


 ベルギーが落ちれば、次はフランスだ、最強の陸上要塞であるマジノ線を持っているから、今まで国境からの攻撃はなかったものの、ベルギーとの国境には何もない。

 それをわかっているからこそ、ドイツはベルギーを攻撃したのだ。


「なんとか、ここで食い止めなくては……」


 いまだに、アメリカは大々的に戦争へ介入は出来ていない、あくまでも部分的介入に留まっている。

 今回の派遣も、あくまでも民間人等の人道支援の名目によって派遣されることとなっている。

 まだアメリカは、戦争へ大々的に介入できるだけの大義名分を持ち合わせてはいなかった……。

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