第六話 フランス防衛戦
1939年12月24日。
「まさか、クリスマスイブになるとはな……」
ベルギー国境に近い、アラスには現在、約五個歩兵師団が展開していた。
「リール守備隊が攻撃を受けだしたのが今日の早朝、陥落が昼過ぎ……早すぎるだろ」
アラス守備隊のうちの一個師団はアメリカ遠征軍であったが、ドイツの早すぎる進撃スピードに士気は低迷していた。
「マイク、ハリー、これを第一トーチカに届けてくれないか?」
「分隊長、これ何が入ってるんです?」
マイクとハリーに渡されたのは、横1メートル弱程度の木箱だった。
「ああ、手榴弾の詰め合わせだ、対戦車に有効な歩兵装備がこれぐらいしかないからな」
「ええ、ちょっとしょっぱくないっすか」
分隊長の答えに、ハリーは不満げに言った。
「文句言うな、ドイツ戦車が想定以上に多すぎるからこんなことになってるんだ、その気持ちは手榴弾に乗せてドイツ戦車へぶつけてこい」
そう分隊長は二人背中を叩き、送り出した。
しぶしぶと二人は箱を抱え、塹壕の中を歩きだした。
「おい、見張り! 気を抜くなよ! いつどっから砲弾が飛んできても、分かるようにしとけ!」
「イェッサー」
フランスの防衛線は、ブランドのフランス援助作戦『バーディー作戦』が効果を発揮し、なんとか遅滞させることに成功していた。
アラスを最前線に、M1ガーランドを装備した英米仏の兵士が歩兵を迎撃し、『M2スチュアート』が機械化師団を撃破、機甲師団を足止めし続けた。
一か月に一度の大量石油輸送のおかげで、フランスは石油不足あえぐことなく、戦争を継続、航空機、戦車、軍艦をジャンジャン活用し、防衛戦を成功させていた。
ドイツは、日本に防共協定の延長から、三国軍事同盟を結ばないかと持ち掛けていたが、アメリカからの支援があり、順調に日中戦争が進んでいた日本にとって、それは不利益しか生まないと判断、結ばれることはなかった。
これらのことも相まって、ドイツの勢いはいずれ衰えると思われていた、だが、ドイツはそんなに甘い相手ではなかった……。
1940年1月4日。
「クソクソクソクソ! どうしてこうなった!」
バン、バン、キャイーンと、M1ガーランド独特の音を響かせながら、マイクは悪態をついていた。
ポーチに手を上すが、そこにはもう弾薬クリップは残っていない。
「誰か! 弾もってる奴いないか!?」
「駄目だ! もう在庫が無い!」
マイクのいる一体に支給されていた弾薬ボックスは既に空となっており、追加の弾は届いていなかった。
「本部からの応援と追加物資は!?」
機銃掃射を避けながら、無線機にそう叫ぶが、無慈悲なことに、無線機越しもろくな状況ではなかった。
「無理だ! アラス守備隊全体が物資不足状態―――来るぞ! 伏せろ!」
無線機からは、不気味なサイレン音が聞こえてくる。
甲高く、耳をつくような不快なサイレン音に、マイクは聞き覚えがあった。
「おい大丈夫か! 『スツーカ』か!? 『スツーカ』の攻撃か!?」
サイレンの音が終わると、今度は爆発音が響き、金属が砕ける音、悲鳴が混雑して無線機の先から飛び込んできていた。
「こいつらだ……こいつらが、後方の弾薬庫と鉄道網を全部ふとばしやがったんだ……」
ブツリと、そこで無線は途絶えた。
「もしもし? もしもしもしもし!? クッソ!」
マイクはイライラが頂点に達し、無線機のマイクを放り投げる。
「中隊長! 後方拠点が大損害、弾薬も尽きてます! ここは放棄して撤退しましょう!」
「ダメだ! ここを放棄することは、ドイツに海岸線への道を譲ることになる! 最後の一兵になるまで、フランスの自由を守りぬけ!」
中隊長はポーチに入っていた2クリップ分の弾を渡して、そうマイクに言い放った。
中隊長のポーチには、1クリップしか残っていなかった。
「俺たちはアメリカ人ですよ! 他の国のために死ぬなんて!」
マイクのその発言に、血相変えて中隊長は叫び、頬をぶった。
「ふざけるな! お前、この戦争の意味が分からないのか!?」
突如ぶたれたマイクは、わけも分からずその場に立ち尽くした。
「この戦争は単なる陣取り合戦じゃない、イデオロギーの、人類の未来をかけた戦争なんだ」
キャイーンと、中隊長が撃ち切ったガーランドのクリップが地面に落ちる。
「俺たちはフランスのためだけに戦っているんじゃない、アメリカのため、ひいては世界のために戦うんだ、覚えておけ」
最後の1クリップをガーランドに乱暴に装填し、塹壕の中を走りだした。
マイクは、中隊長に渡されたクリップを見つめて、その場に座り込んでいた。
「なんでだよ……まだ死にたくねえよ……」
ドイツはアメリカの想定以上の速度で海、空でも技術を躍進させており、すぐにアメリカの支援への対抗を始めた。
フランスへ補給船がたどり着く前に、大量の新型潜水艦で通商破壊が実行された。
もちろん英仏は護衛艦を繰り出したが、護衛艦もろとも海の藻屑へと変えられていった。
空では、メッサーシュミット社製『Me-109G』が猛威を振るい、イギリスの『ホーカーハリケーン』、フランスの『MS406』をことごとく撃墜、制空権の均衡が崩れ始めた。
制空権を喪失した空域では、『Ju-87スツーカ』が悪魔のサイレンを響き渡らせながら後方地点や補給線を攻撃、結果として、フランスの最前線は慢性的な補給不足に陥っていた。
1940年1月22日。
「第七装甲師団、敵前線の包囲を完了した、これより殲滅作業に入る」
「いやいい、殲滅は後続の第五装甲師団が引き受ける」
ドイツ将校の服を身にまとい、『四号戦車』の無線機から会話するこの男は、ドイツ国防軍少将、エルヴィン・ロンメルであり、ポーランド戦時、電撃戦という名の理念を完成させ実行に移した、相当の切れ者だった。
現在は西方作戦に投入されており、A軍集団の指揮下に入っていた。
「よいのですか?」
「ああ、君たちは足を止めてはならない、そうでなくては電撃戦の強みが消えてしまう。君が一番よく分かってるんじゃないか?」
無線機越しからの気遣いに、ロンメルは微笑を浮かべて答える。
「そうですね……それでは、後方はお願いします。我々は、パリ陥落を目指して前進を続けます」
「了解した、健闘を祈る」
無線を終えて、ロンメルは戦車の天蓋を開け、辺りを見渡す。
完全な無傷ではないが、比較的損害は少ない。
「アハトアハトの門数をしっかり確認しておけ、対空用途より『マルチダⅡ』とかの重装甲車戦に役立つからな」
アハトアハト『8,8センチ対空砲』は当初対空用途で部隊に配備されていたが、ほぼ制空権がとれている上、砲自体も扱いにくく、使用用途に困っていた。
そんなとき、イギリスの誇る重装甲戦車である『マルチダⅡ』が登場し、『三号戦車』や長砲身化されていない初期型の『四号戦車』では貫徹が困難であり、撃破が難しくなった。
機転を利かせ、そんな『マルチダⅡ』に向けてアハトアハトを撃ったところ、想定以上の効果を発揮したため、対戦車砲として使用することに決定したのだった。
「ロンメル少将、上級大将がお呼びです」
「なんの用だ?」
ロンメルは再び戦車の中に入り、無線機のヘッドフォンに耳を当てると、A軍集団指揮官であるゲルト・フォン・ルントシュテット上級大将の怒鳴り声が耳に入った。
「バカ野郎! 前線指揮官の機甲師団が最も突出しているとは何事か!」
「上級大将、そんなに声を荒げないでください……」
一度ヘッドフォンを耳から離し、そうロンメルは答える。
「ともかく後続が追い付くまで進撃は停止だ、これは総統閣下も認可しておられる」
「それでは電撃戦の意味がなくなってしまいますが」
ロンメルの回答に、再びルントシュテットは声を荒げる。
「バカ者! 指揮官が死んだら元も子もないだろうが! とにかく、侵攻は停止だ、分かったな!」
そう言って、無線は一方的に切られてしまった。
呆れながらロンメルはヘッドフォンを置き、頭を抱えた。
「破れば軍法会議、守ればフランスは落ちない……」
この時フランスには米英共同でパリに要塞線を築いており、現在攻勢を緩めると、パリ陥落に手間取るとロンメルは考えていた。
「……進もう」
「本気ですか?」
ロンメルの呟きに、砲手が反応するが、ロンメルは黙って頷くだけに返事はとどまった。
「ま、我々は指揮官についていくだけですよ」
運転手はケラケラと笑いながらハンドルを握り直した。
「そうか……なら、好きにやらせてもらおう」
ロンメルは無線機に手をかけ、第七装甲師団全体に繋げる。
「これより我々は本国の命令を無視して、パリへと侵攻する。責任はすべて私が取る、全員ついてこい」
結局、ロンメルは上司の指令を無視し、パリへと侵攻を開始。
それにルントシュテットは激怒したが、エーリッヒ・フォン・マンシュタイン中将参謀長が宥め、パリ攻略の必要性を説いたことから、ロンメルの侵攻は他に動ける装甲師団の援助も相まってより一層攻撃力が増大していた。
結果40年の3月1日にパリは陥落、そのままの勢いでロンメル率いる装甲師団はトゥールを通過、ラ・ロシェル港を抑えフランスは南北に分断されることとなった。
二つに分断されたフランスでは、補給不足がいよいよ深刻になり、歩兵人数も減少、もはや伸びきった戦線を維持できるだけの気力も能力も、フランスには残っていなかった。
そして、40年6月22日、二度目の休戦協定がコンピエーニュの森で結ばれた。
政変し、ヴィシー・フランスとしてドイツ傘下に下ることを明言したが、一部の勢力はそれを拒否、イギリスに亡命し、アフリカに残っているフランス植民地を国土とし、ファシズム勢力に抵抗することを宣言した。
コンピエーニュの森とは、WW1にてドイツが連合国との屈辱的な休戦協定を結んだ地点であり、ヒトラーはその歴史を払拭するために、再びここで休戦条約を結ぶことを選んだと言われている。
これにて、約7か月間続いた独仏戦争は、ドイツの勝利にて決着することになった……。
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