第31話 キスはだめなお姉ちゃん
夕暮れのリビングで私はひまりに話しかけた。
「ひまり。また「妹アプリ」にロックかけられたんだけど……」
「そっか。それで、今回のミッションは?」
心なしかひまりは落ち着かない様子だ。まぁ「頭なでなで」だったり「ハグ」だったり少しずつグレードアップしてるような感じだもんね。次は何を要求されるのか気が気でないのだろう。
まぁ実際「キス」なんてものを要求してきたわけだし。
「それがね、なんか今回は「キス」しろ、だって」
「キス」という言葉を聞いた瞬間、ひまりは目を閉じた。
「えっ?」
「キスするんでしょ?」
顔を真っ赤にして目を閉じている。
「いやいや。だめでしょ流石にキスは……」
「仕方ないよ。だってそうしないとスマホ使えないんだし……。ほら、私、もうすぐ林間学校でしょ? その間に、もしもお姉ちゃんに助けを求めないといけないような出来事が起こったらどうするの?」
いやいや。今回は「頭なでなで」とはわけが違うのだ。キスというのは思いが通じ合った人同士がするものであって、私たちのような作りもののカップルがすることではない。
でもひまりはじっとキス待ち顔をしている。私は仕方なく、またスマホをみつめて考える。
「恋人である宮下 ひまりにキスをしなさい」
どこにキスをしろ、とは書かれていない。だったらほっぺとかおでこでもいいのではないだろうか。
「お姉ちゃん?」
ひまりがほっぺを膨らませて、私をみつめている。
「分かったよ。分かったから、目、閉じて」
「……ん」
長いまつげを揺らしながら、ひまりは目を閉じた。
私はそっとひまりに顔を近づける。本当にひまりは可愛い。気付けば私は自然にひまりのおでこにキスをしていた。でもその瞬間、ひまりは顔を赤らめたまま不満そうにする。
「ちょっとお姉ちゃん? おでこじゃなくて唇でしょ? じゃないとAIは満足してくれないよ?」
「なんでAIの気持ちがわかるの……」
「それは……、私がプログラマーだからだよ。プログラマーはAIの気持ちも分かるの!」
筋の通らない理由でAIの気持ちがわかると主張するひまり。
……やっぱり怪しい。
「もしかしてだけど、ひまりが『妹アプリ』の作者なんじゃないの?」
そう告げた瞬間、ひまりはあからさまに動揺して、視線を彷徨わせている。
ひまりは天才だけど、ポーカーフェイスは苦手みたいだ。
「えっ。そ、そんなわけないよ」
どうやら、私の推測は正しかったらしい。
「ひまりがどうして私にキスなんて求めて来るのか分からないけど、私はひまりのこと、絶対に見捨てないよ? そんな変なことしなくても、妹として大切に思ってるから」
どうしてか、ひまりは肩を落としていた。だけどすぐに微笑んで、私に手を差し出してくる。
「ごめんね。変なことさせようとして。貸して、スマホ」
ひまりにスマホを手渡すと、ロックが解除されて戻ってきた。
その日は、それ以上、ひまりと会話することもなく時間が過ぎていった。
翌朝も私とひまりの間を気まずい空気が漂っていた。リビングにてひまりは無言で朝食を食べすすめていく。ここはお姉ちゃんとして私がこの空気を何とかしないと。
「林間学校楽しみだね。ひまり」
「……やだ」
「えっ?」
「お姉ちゃんと離れないとだから」
「で、でも友達とかと出会えるかもだし。紗月とは林間学校で親しくなったんだよ?」
「お姉ちゃんは、私と一緒なの、いや?」
そんなことはない。そんなことはないのだけれど。どうにも高校に入ってからのひまりは、どっぷりと私に依存し始めているような気がする。
私のせいなのかもしれない。ひまりに悪い虫がつかないように、って恋人のふりまでしてしまっているわけだし。これだとだめな気がする。普通の姉妹のように、ある程度は自由にさせるべきなのかもしれない。
「嫌じゃないよ? でもやっぱり、ひまりには友達と遊ぶ楽しさだったりを知ってもらいたいんだよ。私じゃない人とも仲良くなって欲しいんだ。カナダに留学にもいくわけだし、やっぱり人と付き合う力は必要だと思うから」
ひまりはぷくっとほっぺを膨らませて、私に抱き着いてきた。
「だったら留学、やめる」
「えっ?」
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