第30話 達成不可能なお姉ちゃん

 放課後、私はひまりの教室に向かった。するとそこにはひまりと知らない女子生徒の二人だけが立っていた。


「ひまりさん。好きです。僕と付き合ってください」


 私はその言葉を聞いた瞬間、胸が痛くなるのを感じた。ひまりがどう返すのか、そのことばかりが不安になって。まるで、恋でもしてるみたいだなと思ってしまう。


「さ、さやかちゃん……?」


 さやか、という名前らしい女子生徒が頭を下げて手を差し出している。ひまりは困った様子であたりを見渡していた。


 どうやらひまりはこの女子生徒と付き合いたいというわけではないみたいだ。


 私はほっと胸をなでおろした。


「ひまり。迎えに来たよ」


「あ! お姉ちゃん!」


 ひまりはニコニコして私の所に走ってくる。女子生徒はぽかんとしていた。私は憐れな女子生徒に告げた。


「ごめんね。ひまりは私の彼女だから」


 そしてひまりの腰に腕を回して、抱き寄せる。きっと私とひまりが恋人だということを信じていないから、告白したのだろう。もしもひまりが告白を迷惑だと思っているのなら、はっきりと示すしかない。


「ひまり、いくよっ!?」


 その場を立ち去ろうとひまりをみると、上目遣いでしかも瞳をうるうるさせていた。ほっぺもリンゴみたいに赤い。そのあまりにも破壊力の高い表情に私は「うおっ」とのけぞってしまう。


 そんな私をこてんと首をかしげて、みつめるひまり。


 どくんどくんと心臓が慌しくなってくる。でもこの子は私の妹だ。ずっとずっと待ち望んでいた妹なんだ。そんな邪な目で見るんじゃない。


 なんとか心臓を落ち着けた私はひまりの手を引く。


「ひまり。帰るよ」


「うん! お姉ちゃん!」 


 私は夕日の差す帰り道で、ひまりに問いかけた。


「なんであんな状況になったの?」


「それが、みんな私とお姉ちゃんより、私とさやかちゃんの方がお似合いだっていうから……」


「ちなみにだけど、そのさやかちゃんってどんな人なの?」


「入試の首席で、スポーツも出来て、性格もよくて、ピアノも弾けるんだって」


「なるほど。そりゃお似合いって言われるわけだ」


「お姉ちゃんだってすごいよ?」


「そんなことないよ」


 私が勝てるところなんて一個もない。みんながそっちの方がお似合いだというのも納得できる。見た目もよかったしね……。


 ひまりは今、姉妹百合のゲームの完成度をあげるために私と付き合ってくれてるけど、ゲームが完成したらあんな人と付き合うのかな……。


 オレンジ色の空を見上げる。大切だからこそ手放したくなんてないと思ってしまうけど、きっといつかは手放さないといけないのだ。九月になればカナダにもいくことだしね。


 寂しさに身を委ねていると、ひまりはぎゅっと私の手を握ってくれる。


「……お姉ちゃん」


 きっと私を心配してくれてのことなのだろう。私は空元気で笑って、手を握り返した。だけどやっぱり、ついつい遠い目をしてしまう。


「やっぱりひまりはモテモテだね。きっといつかは地位も名誉も収入も、全てを持ち合わせたすごい人と結婚するんだろうね……」


 そんなことを話すと、ひまりはほっぺを膨らませて不満そうにしている。


「……お姉ちゃんのばか」


「えっ?」


「お姉ちゃんが変なこと言うからだよ。私は好きな人としか結婚しないもん。他の人と結婚するなんてあり得ないもん」


 好きな人、か。ひまりはもう好きな人がいるみたいだけど、一体誰なんだろう? いつかその日が来た時、私は笑ってひまりを送り出せるのだろうか。わかんないけど、きっと泣きはするんだろうね。


 本当に、ひまりのこと、私は大切に思ってる。


 その日、家に帰ると、私は今日あったことを小説形式でパソコンに打ち込んだ。この小説が完成するとき、ひまりはカナダへといってしまう。それまでにたくさん思い出を書き込めたらいいなぁ。


 そんなことを思いながらベッドに寝転がってスマホを開こうとすると、またしても「妹と仲良くなるためのアプリ」にロックをかけられてしまっていた。右から「Mission」がスライドしてきて、その下に文字が現れる。


「恋人である宮下 ひまりにキスをしなさい」


 「妹」だったのが「恋人」になってるし、前までは「しましょう」だったのに、なぜか今回は「しなさい」と命令形になっていた。


 私は思いだす。ぷんぷんと怒っていたひまりの顔を。


 やっぱり妹アプリって、ひまりが操作してるのでは……?


 いやいや。そんなわけないか。もしもひまりが操作してるのなら、ひまりが私とキスしたいって思ってることになるもんね。私はまたベッドから起き上がって、ため息をつく。


 今回のミッションは達成不可能だ。

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