猫なんて嫌いだ
田山 凪
第1話
窓の外を眺めると、塀の上で猫が寝ている。
いつも作業している机の横に窓があり、嫌でもその塀は目につく。
猫がいるとなれば余計に目がいってしまう。
僕は、猫を見るたびにこう思う。
猫なんて嫌いだ、と。
奴らは自由気ままに外で過ごしながら、その辺の老人に愛嬌を振りまいて餌をもらうことができる。そしてまたどこかの日向でのんびりと一日を過ごすのだ。
僕はそんな猫を見ながら、今日二杯目のコーヒーを一口飲むと、持っているマグカップの柄が猫のシルエットであると気づく。
コレクションをしているわけではないが、たまに安いカップを買うことがある。本当に気まぐれという奴だ。でも、ことごとく目につくのは猫の柄なのだ。
でも、僕は猫を嫌いと言っている。友人にもそう言っている。なのに、猫のカップを買う。なぜなのか?
ほんの少し真面目に考えてみた。
その結果、あまり認めたくない事実に到達してしまった。
それは、僕は猫に憧れているのではないかということだ。
先に言った通り猫というのは自由気ままな奴らだ。
その姿は現代日本で生きる身としては羨ましいとさえ思える。
規則、常識、地位、お金、そんなものが常日頃から体に木の根のように複雑にまとわりつき、身動きがしづらい世の中で、あんな自由気ままな姿を見せられたら羨ましいと思うだろう。
わかっている。奴らにも奴らなりの苦労はある。
だが、そんなことより今この瞬間を生きていることに対し、溢れる幸福が見えるのだ。
猫の体は柔軟だ。
それはまるで猫の自由気ままな姿を現しているように見える。
フランシスコ・デ・ゴヤの作品に「猫の喧嘩」という作品がある。
その名前の通り、猫が喧嘩しているところを絵にしたものだ。
そこに描かれる猫は体を伸ばし大きく見せ相手を威嚇する。
なんともまあ、怒っている時でさえ伸び伸びとしているとはな。
まるで「俺のほうが自由に生きてるぞ!」と言っているようではないか。
あんな猫のようになれたらと思ってしまう。
とある日、近くの店に行こうとし着替えていると、雨音が聞こえた。
朝から暗いとは思っていたがどうやら今日の天気は雨らしい。
ポツポツという音からだんだんと激しくなり、最初は近くだし傘はなくてもいいかと考えていたが、そういうわけにもいかないほど雨足は強くなっていく。
あまり傘を差して歩くのは好きではないが、仕方なく靴棚の横にある傘立てから、黒い傘を取り出し扉を開け外に出ると、玄関の側にはいつかに塀の上で寝ていた猫がいる。
僕のことに気づいても逃げることはなく、上目遣いこっちを見て「にゃ~」と一鳴き。まるで「どこかに行くのか?」と言っているようだ。
「そこ邪魔だぞ」
そんな言葉がつい口から漏れたが、言っても仕方がない。
すると、猫は立ち上がり僕の足に頭を押し付ける。
甘えているのか? それとも腹が減っているのか?
相変わらず愛嬌を振りまくのがお得意だな。
せっかく綺麗にしたズボンの裾は猫の毛で汚れてしまった。
いまから部屋に戻るのも面倒だったため、結局そのままコンビニへと向かった。
昼ご飯を決めて雑誌コーナーに立ち寄り、ぐるっと店内を回っていると猫用の缶詰が目に入る。案外猫にもいろんな餌があるのだと感心してしまった。
奴らは食べるものまで親切に用意されている。自由気ままなくせに。
家へ戻るとまだ玄関前に奴はいた。
「おかえり」
そんな言葉を発しているように一鳴きした。
「ただいま」
なんとなく返事をしてしまった。
家の中でコンビニで買った食べ物を皿に移しレンジで温める。その間にもう一つ皿を取り出し缶詰を空けて中身を取り出した。その皿をもって向かった先は部屋ではなく玄関だ。
扉を開けるとやはりまだそこにいる。
「食べたらどっか行けよ」
そういいながら僕は皿を床へ置いた。
余程腹が減っていたのか、猫は勢いよく食べ始める。
雨音はさっきより弱くなったが、それでも傘なしではびしょ濡れになるだろう。
「雨宿りくらいなら許してやる」
傘がさせないのは難儀だろう。
自由気ままなこいつらの唯一の弱点だ。
猫なんて嫌いだ 田山 凪 @RuNext
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