アーチーの帰京



 それから二週間、トーマスとアーチーは王都への帰り支度を進めた。

 トーマスは保存食を買い込んだり、往路で使い果たした燃料を買い足したり、剣の手入れをしたり。少し剣の上達したアーチーにもアーチーに合った剣を買ったりした。


 その間に、拘留した男がマセル子爵からアーチーの暗殺を請け負ったと自白したと知らせがあった。

 その男を王都まで送り届けるため、レノミア伯爵領の騎士一行が既に出発し、伯爵とキャスパーもアーチーらと共に明日出立する予定だ。



「王都でどのような裁きがなされるかわかりませんが、アーチー様さえよければ、レノミア領でお暮らしください。不自由はさせません。」

 レノミア伯爵は、アーチーに申し入れた。レノミア伯爵も架空の養子縁組契約をさせられた被害者である。しかし、キャスパーとアーチーを引き離したことで、アーチーがステファニーとして生きることになったと責任を感じている。


「お申し出に感謝します。エヘン。私も先のことはまだ決めていませんから、エヘン。改めて…」

 まだ、14歳だと言うのに、この国で生きていく明るい将来を描けない。レノミア領で世話になるとしても、何を生業に…だ。


「おかしいな… 喉の調子が… 」

 ここ数日、喉がガラガラする。疲れが溜まって、風邪を引いたのかと、シスター・アンに蜂蜜をもらいながらやり過ごしているが、一向によくならない。


「声変わりでしょう。数ヶ月は、ガラガラするかもしれませんが…病気ではありませんから。」

 レノミア伯爵が、穏やかな笑顔で見つめている。


「キャスパーは、去年だったか、同じように声が掠れていましたよ。」


「そうですか…」

 キャスパーには、成長を優しく見守ってくれる両親がいて羨ましいと感じる。


「…同じ男の子なら、なおさら、一緒に育つべきだったと思います。私は男ばかりの兄弟で、片田舎の貴族ですから、兄弟とは野山を駆け回るような過ごし方をしました。いい思い出です。今からでも、遅くはありませんよ。たとえ数年でも、ここで暮らしませんか?」


 アーチーは、返事が出来なかった。



 レノミア伯爵とアーチーが中庭で話していると、旅装束の男が一人駆け寄ってくる。

 トーマスもその男に駆けていくと、二人は抱擁する。


「アーチー様、パースです、文官の!ジェームズ様からの便りです。」


 ジェームズ付きの文官であるパースが、アーチーの元にやって来ると、懐から手紙を取り出した。



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親愛なる友へ


君の養父母がとある罪で拘留された。

安心して帰途についてくれ。

再会を楽しみにしている。


過去も未来も君の一番の友より

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 アーチーが手紙を読み終えると、一同がアーチーを見つめていた。


「不安の一つは取り除かれたようだ。予定通り明日、王都に向けて出発しよう。」

 頼もしいアーチーの言葉に一同が頷く。


「以上、エヘン。」

 声変わりの始まったリーダーに、皆が吹き出した。






▽△▽△▽△▽△▽△▽△




 レノミア領を出発したアーチー、トーマス、パース、レノミア伯爵、キャスパーの五人は二週間足らずで王都へ到着した。

 往復三週間の旅程となったパースと初めての馬旅だったキャスパーは、王都に着くなり寝込んだが、レノミア伯爵とトーマスは旅装束のまま王宮に直行した。

 そして、アーチーは翌日に王宮に参内した。


 謁見前の控室でジェームズがアーチーを待ち構えていた。


「アーチー!」

 ジェームズは、アーチーの姿を見るなり、抱きついた。

 二か月前に別れたときの抱擁を思い出す。


「帰ってきたよ、ジェームズ…エヘン」


「なんか、分厚くなったな… 日焼けもしてる…背も伸びてないか? 声? ついに声変わりが始まった?!」

 ジェームズは、アーチーの背中、肩、顔、喉仏を一つずつ確かめる。


「これが、アーチーだ…エヘン」

 二人は笑いながら、何度も抱擁を繰り返す。



 旅の途中、パースから知らされたことがいくつかあった。


 マセル子爵夫妻は、ステファニーの不在に気がつくと、ステファニーが誘拐されたのではと届け出て捜索を始めた。

 その一方で、シモンズ前伯爵夫人であるシスター・サラを秘密裏に探し当てた。シスター・サラからステファニーに情報が漏れたのではないかと疑ったのだ。しかし、シスター・サラはジェームズによって別の場所に匿われており、シスター・サラに扮したパースを誘拐しようとしたマセル子爵夫妻は捕らえられた。


 その後の調べで、夫妻はアーチーの足取りを掴もうと、数人の破落戸を雇い、レノミア領までの街道を追わせたことがわかった。破落戸の一人は王都で見つかり、抵抗したら殺して構わないという指示だったと証言した。



 さらに、夫妻が、ロイジー公爵に無断で双子の弟をレノミア伯爵に養子に出したこと、ロイジー公爵に長年に渡って毒を盛って心身喪失状態に陥らせていたこと、双子の兄を女子であると偽るよう強要し、王太子の婚約者ステファニーと名乗らせて王室を欺いていたことが、明らかになった。

 これは、控室でジェームズからアーチーらに告げられた。


「後は、僕の罪の問題だね。」

 アーチーが言った。


「それはどうかな?アーチーも被害者の一人だ。しかも、未成年だしな。父がどういうつもりかは、聞かされていないが、悪いようにはならない。トーマスとレノミア伯爵が昨晩、陳情した内容も加味されるはずだよ。」


 一同が沈黙していると、謁見の間に入るよう指示があった。




 アーチーは、ステファニーとして、何度も謁見の間に訪れてはいたが、さすがに今回は立場も状況も違い、足が震えた。


 玉座の前で跪き、首を垂れる。



「ロイジー公爵家、長男… 正式には、まだ名がないな… 直りなさい。」


 王は、アーチーが思っていたよりも、柔らかい口調で話し始めた。




「マセル子爵夫妻の罪については、ジェームズから説明した通りだ。この十四年間の苦しみを思うと、遺憾である。しかし、王太子妃となるべくそなたに与えた数々の教育には多額の国費を使っておる。王家としては、その返還を求める。その方法は、将来、ジェームズの側近として、国に仕えること。それだけだ。以上。」


 再び、アーチーが跪くと、王は退室した。


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