双子の真相
伯爵と夫人が話した内容は、アーチーの想像を超えていた。
子宝に恵まれなかった二人は、養子縁組を希望する貴族を探しに上京した。
そこで紹介を受けたのが、ロイジー公爵家で、生まれたばかりの男児がいて、数日内に引き取れるならば、縁組してもよいという。
公爵家の家格で、長男を養子にするという条件に驚いたものの、物心ついた子を譲り受けるよりは、赤子の方が、互いに幸せなのではと考え、一も二もなく快諾した。
そして、譲り受けた子にキャスパーと名付け、馬車旅に耐えられる一年後を目処にレノミア領に戻るつもりで、王都の外れに屋敷を借りて暮らしていた。すると、キャスパーとの生活が始まって間もなく、夫人が懐妊していることがわかり、王都でエレノアを出産したという。
「公爵家は誰の紹介で?」
「今は廃業しましたが、当時、ノーツ商会という貴族に出入りする商人がいまして、マセル子爵夫妻を通じて、縁組を取りもてる、と。」
「産後の肥立が悪いから、と公爵夫妻とはお会いできずじまいでしたが、縁組には、公爵の署名を頂いています。正式な書類です。」
レノミア伯爵の言葉に、嘘や弁解が混じっているようには聞こえない。
「私は、双子で生まれました。そのことはご存じで?」
「はい。双子の姉君がいると… 」
「では、双子は、二人とも男だったのでしょう。私はあなたの兄です。妹、ステファニーとして生きることを強いられてきましたが。」
レノミア伯爵家の三人は息を飲んだ。
「私は、一か月前、公爵家を出ました。妹は、縁組ではなく、生後間もなく亡くなったことになっている。その真相を知るために、私は、私の妹…実際は弟でしたが…に会いにきました。命懸けで。キャスパー、君は、ご夫妻の元で育てられて、幸せだ。」
「… ステファニー様は、どうなさるおつもりですか?」
ずっと黙っていたキャスパーが口を開いた。
「マセル子爵がやったことは、許さない。そのために、レノミア伯爵にご助力頂きたい…と思ってきたんだけれど、あなた方が幸せそうに暮らしているなら、もうどうでもいい。真相がわかっただけで充分だ。」
アーチーは、トーマスを見遣る。
トーマスの目は、アーチーにもっと欲を出せ、と言っている。しかし、アーチーはもう疲れた。マセル子爵夫妻を断罪し、公爵家を再興する、など夢に見たことをやってみたとして、アーチーに何が残るか確かなものは何もない。女装して王家を欺いた咎もあるだろうし、女装していた公爵令息など、貴族社会ではいい笑い者だ。
現実的ではない。
「お時間を取らせて、済まなかった。私の用件は以上だ。」
日が傾き、中庭も薄暗くなってきた。修道院の夕食の時間が近づき、修道士や修道女の行き来が増えている。
四人のテーブルの燭台を灯しに、修道士がやってくる。潮時だった。
「アーチー様!」
後ろに控えていたトーマスがアーチーの前に立ちはだかると同時に、修道士は懐からナイフを取り出し、アーチー目掛けて振り下ろそうとした。
皆が目を覆った瞬間、トーマスが修道士の手からナイフを奪い、組み伏せた。
「アーチー様、追われる生活はお終いにせねば、これが繰り返されますよ。」
トーマスは、険しい視線をアーチーに送った。
▽△▽△▽△▽△▽△▽△
捕らえられた男は、レノミア伯爵により警ら隊に引き渡され、勾留されることになった。
管理の厳しい修道院に刺客を送り込めるぐらいなのだから、マセル子爵があちこちで買収をするのは間違いない。拘留された男の監視は、レノミア伯爵の信用できる側近が当たることになった。
レノミア伯爵夫妻は、アーチーとトーマスに伯爵邸での滞在を勧めたが、引き続き修道院の方が警護しやすいという理由で断った。
その晩、アーチーとトーマスが滞在する部屋にキャスパーがやってきた。二人がレノムシティにいる間、キャスパーも修道院に滞在すると言って、同じ部屋に泊まることになったのだ。
「やはり、兄さんなんですね…」
キャスパーは男装に戻ったアーチーをしげしげと見つめる。
三人は寝支度を整え、並んだ寝台に各々腰掛けたり、横になったりしながら話を始めた。
食事を制限してきたアーチーと違い、キャスパーは大柄で体格もいい。男として生きていたら、こんな風に育ったのだろうか。
「男の格好なら、兄弟に見える。僕が弟に見えるだろうけど。これから、しっかり食べれば、キャスパーのようになるかな?」
アーチーがトーマスの方を向く。
「きっと、三年もしたら追いつくでしょう。」
「アーチー様と呼んでもいいですか?」
中庭ではステファニーと呼んでいたため、キャスパーは改めて、アーチーに許しを求めた。
「いや、ただのアーチーと。ステファニーは公爵家の娘だが、アーチーに、家の名はない。」
キャスパーは頷いた。
「今日、ロイジー公爵家の名前を出しましたからね、次にどうするか、早々に決めて動かねば…」
トーマスが言う。
「マセル子爵を断罪するのに、何が必要ですか?」
「…養子縁組の書類、今日捕まえた男と自供、僕とそっくりの君、僕の乳母や君の両親の証言。これで十分かは疑わしい。当然、僕にも余罪が残る。」
「万が一の時、君は公爵家を継ぎたいと思う?」
「アーチー様ではなく、僕が?」
「僕は、ステファニーとして王家や周囲を偽ったんだ。もう公爵家を継いで貴族社会に残るのは難しい。」
キャスパーは、暫く考える。
「いいえ、私にとって何の愛着もない爵位を継いでも、意味がありません。」
「わかった。」
アーチーはぼんやりと、旅芸人の一座と暮らす人生、どこか誰も知らない場所で暮らす人生を思い浮かべながら、目を閉じた。
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