エレノアと…



 シスター・アンが淹れた紅茶を飲みながら、中庭の木陰の椅子で、エレノアを待つ。


 初めて会う妹、かもしれない。互いに記憶はない。青と緑の瞳という手掛かりしかない。

 エレノアは兄と似ていると言う。レノミア伯爵家の二人は血の繋がった兄妹?

 それならば、この長旅は無駄足だった。




 紅茶も飲み終わった頃、回廊から中庭に出てきた少女の姿があった。修道士に案内され、アーチーのテーブルに真っ直ぐ歩いてくる。



「…ご機嫌よう。初めまして、レノミア伯爵家のエレノアです。」

 エレノアが挨拶する。


「ロイジー公爵家、ステファニーですわ。」

 アーチーは、エレノアに座るよう促す。エレノアは、困惑しているのを必死に隠しているようだ。


 側にいたシスター・アンは、アーチーの名乗りに混乱していたが、何も言わずに紅茶を淹れて、離れていった。



「エレノア様、今日はお時間を下さってありがとう。あなたとお話してみたくて、修道院の皆さんに無理を言ったの。」


 アーチーは、話しながらエレノアの瞳を確認する。左右ともに緑と言える。

 瞳の色は、変わってしまったのだろうか。

 肌の色は、青みのあるアーチーの肌色よりも、黄色みがかっていて健康的だ。

 アーチーは、どこか自分や父に似ているところはないかと、エレノアを見つめる。


「…私、初めてお会いすると思っておりました。失礼ながら…以前にどこかでお会いしていますか?」

 アーチーの家は、王都で屈指の名家だ。家名に驚かれるのも無理はない。


「いえ…私も、慈善活動に力を入れていて… エレノア様のご評判を聞いて、一度お会いして意見交換をしたいと…」


 妹を見つけたなら、一目でわかる何かがあるかもしれないと淡い期待を持っていたが、そんな簡単ではない。


 アーチーは、エレノアの活動を尋ね、相槌を打ちながら考える。

 視界の片隅に、トーマスが映る。



 アーチーは、ここに来るまでに、確かに誰かに追われていた。誰かが、アーチーがこの街に来るのを妨害しようとしていた。きっと、アーチーが来ると都合の悪い何かがあるのだろう。


 エレノアと会ってみて、わからないなら、レノミア伯爵夫妻と会ってみるしかないが…アーチーがここに来て不都合なのは、レノミア伯爵夫妻も同じかもしれない。



 アーチーが考えを巡らせていると、トーマスが足早に近づいてくる。



 また、その反対側から、修道士に案内される三人の人影が見える。




 服装や、シスター・アンから聞いた髪色からして、三人は、レノミア伯爵夫妻とエレノアの兄だろう。



 慎重に進めよう、とトーマスにも言ってきたものの、ここで失敗か… しかし、修道院の中で乱闘騒ぎになることはないだろう…と、アーチーは腹を括った。




 アーチーは、ロイジー公爵家のステファニーと名乗った。どう出るかは、相手の出方次第だ。

 トーマスが先にアーチーの背後にやってくる。


 わずかに遅れて、伯爵夫妻がテーブルの元にやってきた。


 気づいたエレノアが立ち上がり、二人をステファニーに紹介する。

「お父様… こちら、私の両親の、レノミア伯爵ジョンとレノミア伯爵夫人のカーラです。こちら、ロイジー公爵家のステファニー様です。お茶にお誘い頂いていました。」


「お目に掛かれて光栄です。ロイジー公爵令嬢。」

 二人は、アーチーに挨拶する。


「こちらこそ、光栄ですわ。」

 アーチーも返す。


「そして、私の兄の…」

 エレノアは、夫妻の背後にいた兄を紹介しようとし、キャスパーが一歩前に出た。




 アーチーが、キャスパーに目を向けると、に瓜二つ、左右の瞳の色の異なる少年がそこにいた。





 キャスパーも、アーチーを見ると動揺したが、お作法通り、アーチーの手を取り挨拶する。


 トーマスが、三人に椅子を勧め、五人でテーブルを囲んだ。

 エレノア以外の四人に走る緊張感はともかく、貴族らしく、エレノアの主導で、天気やレノムシティの当たり障りのない話をする。



「レノミア伯爵、私がレノムシティを訪れた理由にお心当たりはありませんか?」

 話が途切れたところで、アーチーが切り込んだ。


「…」

 伯爵は返答に詰まる。


「別室でお話しますか?」

「… こちらで構いません。エレノアは、シードル祭の話を済ませてきてくれるかしら?」

 夫人は、エレノアに席を外すよう促す。エレノアは不服気味だったが、素直に席を離れた。




「心当たりはあります。」

 エレノアが遠く離れたのを確認し、伯爵が答える。


「私が、ロイジー公爵令嬢のである件ですね?」

 キャスパーが続けた。



「ご説明頂きたい。」

 アーチーの口調が変わったことに、三人は顔を見合わせた。

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