突然の別れ
その後、予定通り出発した。
街の城壁が見えなくなった頃、アーチーの乗った馬車が止まった。
「アーチー、降りて。」
いつの間にか、別の馬車に乗っていたビルが外に立っている。
アーチーが降りると、ローラが後ろからアーチーの荷物を持って降りてきた。
「多分な、さっきの門兵は、女に見えたが、少年だと確認したと報告を上げるはずだ。アーチーを誰かが追いかけてくるとしたら、これからだ。」
トーマスが自分の馬とアーチーの馬を引いてやってきた。
「ここからは、トーマスと二人ということですね…ごめんなさい。僕が軽率だったからだ。」
まだまだ続くと思っていた大家族生活はあっけなく終わった。
もし、門兵をからかうような真似をしなかったら、目をつけられることもなく、こんな事態にならなかったかもしれない。
アーチーが唇を噛み締めると、ビルはアーチーの肩に手を置いた。
「レノミアで落ち合えるんじゃないか? レノミアにマリアの酒場という店がある。そこに伝言を頼めば、俺たちが着いたときに伝言を受け取れる。後は、コレだな。」
ビルは、小さな銅細工を取り出し、アーチーとトーマスに渡す。
「これは、旅団組合のメダルだ。これが店先にある宿屋でも伝言が頼める。伝言は、そうだな、アニー宛にしようか。」
「アニー宛に、これから王都に帰る、とか伝言したら、後からきたビルに伝わるってことだね?」
「そうだ。あとは、宿屋で、このメダルを見せて旅芸人のビルと名前を言えば、多少の融通は利く。金も借りられる。だが、追いかけてくるヤツがいたとしたら、そこに居た証拠が残るから、俺の名前を出すのは最終手段と思ってくれ。」
「そうならないように、上手くやる。ありがとう。」
トーマスがビルに礼を言う。
「その馬なら、あと十日ぐらいで着くさ。」
「気をつけてね。」
ローラがアーチーを抱きしめる。アーチーもローラをぎゅっと抱きしめ返す。
「ありがとうございました。もっと一緒にいたかった。」
「きっと、短いお別れよ。またね、アーチー。」
アーチーはビルにも抱きついた。
「トーマスの言うことをよく聞くんだぞ。いつでもここに戻ってきていい、ってわかってるな?」
「はい。お尋ね者でも大歓迎、ですよね?」
アーチーは、泣き笑いをする。
「そうだ。気をつけて。またな。」
アーチーとトーマスは皆に見送られて出発した。
▽△▽△▽△▽△▽△▽△
二人は、今まで進んできた街道から逸れて、裏街道に入った。
野盗の多い場所、少ない場所をトーマスは心得ているため、本街道と裏街道を使い分けることにした。
問題が起きなければ、だいたい一晩置きに宿屋と野宿とを繰り返して進めそうだった。
点在する農家の小屋や水車小屋を拝借できれば、野宿はしなくても済むかもしれない。
大所帯でない分、快適になる面もある。
アーチーがジェームズに男であると認めた日から、ジェームズは、アーチーが男として生きられるよう、隠れて訓練をしてくれた。
その一つが乗馬だった。遠乗りに出掛けると言って、当時のステファニーは横乗りで出発するのだが、暫く走ると、トーマスに鞍を替えてもらい、男らしく馬を疾走させていた。
「今日は疲れたでしょう?」
トーマスは夕方に見つけた水車小屋で寝る準備をしながら、アーチーに話しかけた。
ビルたちと別れた後、黙りがちだったアーチーを心配している。
「…うん。自分の軽率さを…反省し疲れた。昨日の朝まで、時間が戻ればいいのに…」
「過ぎたことから学んだら、もう気持ちを切り替えましょう。昔話でもしますか?」
暫く考えて、アーチーが口を開いた。
「そうだね… ねえ、トーマスは、僕が男だって気づいてた?」
アーチーは干し草の上に寝転がり、水車小屋の天井を眺めて呟いた。
「ジェームズ様と一緒になると、お転婆が過ぎるな、とは思っていましたよ。あまりに男友達のようでしたからね。でも、まさか本当に女装していたとは…」
トーマスは、思い出し笑いをしている。
「夏は遠乗りした先で湖に入ってましたよね。あの時は、下着姿のステファニー様を見てはならない、と本当に気を遣ったんですよ。それが、少年だったとは… 」
「ああ、アレは楽しかった。ジェームズが泳ぎも教えてくれたし。」
ひんやりとした湖の水を思い出す。
王宮の裏の森の端にある湖は、ほとんど人のやって来ない穴場だった。散歩や遠乗りに侍女がついて来なくなったのが10歳の頃で、その頃から、夏はよく泳ぎに行った。
アーチーの記憶でも、ジェームズは、水辺にステファニーが上がろうとするとそそくさと離れて、背中を向けていた。
「ええ、それも、いくら婚約者でも、裸同然で泳ぎを教えるなんて、うちの主人には下心しかないな、と思っていましたよ。思春期だし、女性の身体に興味があるんだろう、と… 間違いが起きないかハラハラしてました。」
「余計な心配をさせてすまなかった。」
ジェームズは、箱入り娘のステファニーの運動能力を引き出すことを使命のように思っていて、一緒に走ったり、泳いだり、木に登ったりした。そのほとんどは、トーマスが側にいたのだから、いろいろな意味で肝を冷やしただろう。
トーマスと昔話に花を咲かせるのは楽しかった。しかし、ジェームズを思い出すと、寂しさも込み上げてくる。昨晩までは、ジェームズを思い出す暇もないほど、大勢に囲まれていたから、尚更だ。
「さあ、今日はゆっくり眠れます。明日は夜明けと共に出発しますから、もう寝ますよ。」
アーチーの気持ちを察したのか、ジェームズはランプを消した。
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