警ら隊との一悶着


 久しぶりに宿に泊まれるとあって、みな一様に浮き足立っていた。



 アーチーがトーマスと宿の部屋に入ろうとすると、ビルが追いかけてきた。


「少し話がある。」


 アーチーは、ビルを部屋に招き入れ、それぞれスツールやベッドに腰掛けた。



「アーチー、さっきのはやり過ぎだ。」


 アーチーは、上手くやりおおせたと思っていたし、その後、即席の演奏や大道芸で賑わい、街の人々からも温かく受け入れられたため、まさか叱られるとは思っていなかった。


「… はい。」


「門兵にな、恥をかかせては駄目だ。彼らも仕事だからな。」

 ビルの諭す口調は、決して感情的に怒っているわけではないとわかる。


「恥をかかせると、相手も感情的になってやり返したい気持ちになる。どの街も、何度も出入りするのだから、拗らせないこと。」


「はい。わかりました。」


「アーチーのような貴族は、譲らない、謝らない、非を認めない、と育てられる。頭を下げるだけで、望む結果になるなら、頭を下げればいい、という考え方もある、と知っておきなさい。」


 ビルは、アーチーの肩を叩くと部屋から出て行った。



「… なるほどな… トーマスもそう思った?」

 アーチーは、部屋の片隅に立っているトーマスを振り向く。


「貴族らしいエッジの効かせ方だと思いましたよ。バイオリンのセインが和らげてくれましたが、アーチー様の今のお立場では、少々カドが立ちますね。」


「やっぱり… ありがとう。こういうのは、どんどん言って欲しい。」


「わかりました。ただ… アーチー様、将来貴族をやめるおつもりはありますか?この旅の終わりには、それを決めなくてはなりません。」


「そうだね… どんな選択肢が残るのか、貴族でいられなくなる可能性もあると思っている。わかっていながら、ジェームズ以外の王室を欺いていたのは僕自身なんだから。いくら、強要されていたとしても。」


 アーチーにとって、ジェームズの理解は心の支えだった。しかし、ジェームズだけでは問題を解決できないし、ジェームズにまでこの咎を拡げたくない。

 最後に、責任を負う覚悟はしてきたつもりだった。


「今は、この旅団に迷惑を掛けないための暫定的な対応として、必要なことを覚えるだけでよいと思います。」

 家臣のような、家族のような、事情を知っているトーマスの存在に、アーチーは感謝した。





▽△▽△▽△▽△▽△▽△



 その街では、昼は広場で大道芸、夜は街の闘牛場を借りて芝居をするという過密スケジュールだったが、道中に必要なものの調達もでき、充実していた。


 アーチーもいくつか着替えや雨をしのげる薄手の外套をローラに買ってもらったり、トーマスも携行食を買い貯めたりしていた。


 アーチーとジャンの剣舞は、コメディとして受け止められて、多少のチップも貰った。アーチーには、初めて自分で稼いだお金だった。ローラに服代として渡したが、受け取っては貰えなかった。



 出発の日の早朝、アーチーが服を着替えていると、宿の中が急に騒がしくなった。


 先に着替えたトーマスが、部屋の扉を開けて様子を確認しようとすると、ジャンが駆け込んできた。


「アーチー! あの門兵が、警ら隊を連れてやってきた!アーチーが、女だって!だから、捕まえるって言ってる!」


 トーマスは、ジャンに部屋へ戻るように言うと、アーチーに向き直る。


「探しているのは、女です。男は捕まえられませんよ。落ち着いて、否定したらすぐ済みます。取り乱さないで。」


 トーマスが言い終わる頃には、廊下に何人もの足音が近づいてきて、ノックもなく、扉が開けられた。



「おい、お前、王都から来たステファニーであろう!こちらへ来い。お前が誘拐したのか!」


 目の前でトーマスが後ろ手に捻りあげられ、アーチーも警ら隊に乱暴に腕を掴まれた。


「人違いではありませんか?僕はアーチー、名前の通り、男ですよ。ステファニーという名前ではありません。」

「何を?!」


 警ら隊は、後ろに控えていた門兵を見る。


「女みたいに細い。嘘をついているに決まっている。」

 門兵が言う。


 警ら隊の一人が、乱暴にアーチーの股ぐらを掴んだ。


「痛っ!」

 アーチーが後ろに尻を突き出すように、股を守ろうとする。


「…… おい?男だぞ…」

 股を掴んだ警ら隊員が、門兵に言う。

 アーチーは、静かに成り行きを見守る。


「まさか!」

 門兵がアーチーに近寄る。


 アーチーは躊躇いがちに、ズボンの腰紐を緩めて、中を覗かせる。


「… 悪かったな、坊主…」

 門兵は、アーチーの肩に手を触れ、バツが悪そうに出ていった。

 門兵に続き、やれやれと言う顔をして警ら隊も出て行った。



 アーチーがほっとして、トーマスを見つめたが、アーチーが期待するほど安心した顔を見せてはくれなかった。

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