城門での諍い



 それから数日後の夜のことだった。翌日には、王都を出発して以来初めて、城壁のある街に入ろうとしていた。


「アーチー、いいか?」

 アーチーはトーマスに呼ばれて、ビルのテントについて行った。


 テントの中には、ビルとローラがいた。


「話は、明日からの街のことだ。」

 ビルが切り出した。


「今日、私は下見に行ったんだ。城門で、若い貴族女性に見える者は止められている。ステファニーが誘拐された可能性があるとして、捜索してるようなんだ。」

 トーマスが続ける。


「そこでね、アーチー、あなたの髪をレオぐらいまで短く切りたいの。それと、街を出るまで、顔にそばかすを描いてもいいかしら?」

 さらにローラが言う。


「勿論です。皆さんに迷惑が掛からないように、髪でもそばかすでも、お願いします。」

 アーチーは、二つ返事で答える。


 その場で、ローラが鋏を取り出して、アーチーの長い金髪を切り落としていく。貴族の若い男子は長く伸ばしていることが多いが、成人する頃には、皆短く切る。

 今後、また貴族の生活をするかもわからないし、髪に未練はなかった。


「そばかすは、二、三日で落ちてしまうから、毎朝、鏡で見て、落ちてたら私のところへ来てちょうだい。舞台用の化粧道具だから、保ちはいいけどね。」



「アーチーの切った髪は、取っておきなさい。次の町じゃ駄目だが、別の町で鬘用に売って、アーチーの小遣いにしたらいい。」

 ビルが言うと、そのつもり、とばかりにローラが切った髪をきれいに布に包んでアーチーに渡した。




▽△▽△▽△▽△▽△▽△



 翌日は小雨だった。昼過ぎ、その問題の城門に到着した。


 雨のせいもあり、馬に乗るトーマスと数人以外は三台の幌馬車の中にぎゅうぎゅう詰めに乗った。

 普段は、レオかジャンが隣にいるのだが、今日はローラが隣に座ってくれた。


「おい、ケビン、この町は大丈夫だろうな?」

「大丈夫なハズだよ。心配すんな!」


 近くに座っていた大道具係兼大道芸人の二人の会話が聞こえる。


「去年、お前が城門で止められたのここじゃねえか?」

「違うさ。俺が言うんだから間違いない。」


「コイツは、あちこちでお尋ねもんだからな。なあ、ローラさん!」

 一人が、ケビンを指差し、ローラに話を振る。


「去年は、びっくりしたわよね。マズイ問題は前もって言ってくれなくちゃね。ケビン、あんたがいなくなったら、私たちも困るんだから、頼むよ!」

 ローラは笑顔で返した。

 そして、こっそりとアーチーの手を握った。


 旅芸人の仲間たちの中には、国中を転々としたい事情のある者もいる。一座に加わる前のことは、互いに詮索しないし、知ったとしても、咎めることはしない。


 今、真面目にやっていて、仲間を大切にする気持ちがあれば、それでいい、とビルは常々言っている。


 ローラの手は、アーチーに心配するな、と言っているようだった。







 馬車の中で、お喋りに高じている内に、ついに城門にやってきた。


 トーマスの説明通り、城門の前で、馬車から全員が降りるように指示される。アーチーは、描いてもらったそばかすが雨で落ちてしまわないか不安になったが、降っていた雨は間もなく止みそうだ。

 一列に並ぶと、一人ずつ、門兵に通行証を見せ、名前を言う。時折、生まれた町、年齢、仕事の内容を問われた。



 緑の軍服を着た白髪混じりの門兵が、アーチーの前に立つ。


 通行証は、ジェームズが手配した。わざと日付を遡り、他の団員と同じ時期に証明書が発行されたことにした。


「生まれは?」

「王都です。」


「王都のどこだ?」

「イーストタウン。」


「年は?」

「15歳。」


「仕事は?」

「芸人の見習いです。」


「何の芸だ?」

 お決まりの質問から外れた。周りの団員たちは、驚きを隠したが、空気が凍りついた。


「剣舞とダンスを練習中です。」

 門兵が、アーチーに手を見せろという仕草をする。

 まだ練習を始めて数日だ。少し皮膚が分厚くなり始めた程度で、剣だこには程遠い。

 恐る恐る手を見せる。


「練習が足りぬな。ダンスは?」

「下手くそです。」

 一座に加わってから、一度も踊っていない。ステファニーとして踊るダンスなら、一流のはずだが、男性としては、ジェームズやアニーと遊びでやっただけで数えられる程度だ。


「踊ってみろ。」

 まだ、続くのか、と周囲も動揺を隠しきれない。


「門兵さん。若いのをいじめないでおくれよ。」

 ローラが助け舟を出そうとしている。


 アーチーは、ローラの方を向いて、頷く。


「僕が男役なので、門兵さんが、女性で…」

 門兵が拒否する前にアーチーは無理矢理ホールドを組んだ。


 アーチーがワルツのリズムを大きめの声で口ずさむと、団員の一人がバイオリンを弾き始めた。


 アーチーのリードも怪しいが、突然ダンスに巻き込まれた門兵は、アーチーに引きずられるように振り回される。


 バイオリンの音を聞きつけた人々が窓から顔を出したり、戸内から出てきたりする。


「もういい!」

 門兵はアーチーの手を振り払い、詰所に戻って行った。


 団員たちはそのまま、バイオリンで行進曲を奏でながら、一座は街の人の歓待を受けた。



 

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