旅芸人の仲間入り



「おう、来たか! 坊ちゃん!」


 繁華街の外れの広場に、旅団が待っていた。

 アニーの両親が、その真ん中で手を振っている。



 近くで馬を降りると、アーチーは言った。

「おはようございます。アーチーです。よろしくお願いします。」


 初めて自分の名を名乗ると、むず痒さと、清々しさが入り混じった。



「アーチーか。いい名前だな。」

 アニーの父、ビルが言う。

「これから大冒険だものね。」

 とは、アニーの母、ローラ。



 ローラは、アーチーを劇団の皆に紹介し終わると、片隅にアーチーを呼んだ。


「アーチー様、この劇団は一つの家族です。皆には、ご身分のことや、同行の理由は内緒ですが、私たちのことは、アーチー様の家族と思ってくださいね。アニーへの支援と引き換えみたいな形になってしまいましたが、私とビルはアーチー様をお支えしたいと思っていますから。」


「ありがとうございます。家族… 嬉しいです。だから、僕のことを様付けするのは、これっきりに。」


 ローラはにこりと微笑むと、そっとアーチーを抱きしめた。


 アーチーには、乳母の記憶も残っていないし、世話をしてくれた使用人たちとも抱擁の記憶はない。幼い頃からずっと、使用者と使用人だった。


 出掛けに、ジェームズと交わした激励の抱擁を思い出して比べてみると、ローラの抱擁はもっと安らぎがあるように感じた。


「…これから、お世話になります。」

 

 アーチーは、言葉に出してみて初めて、お世話になるとは、身の回りの面倒を見てもらうだけでなく、叱ってください、励ましてください、時には甘えさせてください、の全部なのだ、と感じた。


「…あの…本当に、お世話になります…」

 感じたことは、恥ずかし過ぎて言葉にできなかった。



 ローラはくすりと笑うと、アーチーの背中を叩いた。

「さ、出発の準備だよ。」





▽△▽△▽△▽△▽△▽△



 アーチーらは、レノミア領まで50日の道のりを行く。

 ジェームズの遣いは馬で行ったが、旅団は馬車移動だ。さらに、客が見込める町では公演のために二泊はして稼ぐ。小さな町でも夜は酒場で即興の芝居などをして小銭を稼ぐ。

 ジェームズが旅費の支援はしたが、芝居を生業にする人々に本業そっちのけで、旅路を急げとは言えなかった。

 


 最初の十日ほどは、ステファニーの不在に気づいた誰かに連れ戻されるのではないかと怯えていた。


 しかし、十日遅れでジェームズ付きの武官だったトーマスが合流した。王都でステファニーの不在発覚後、捜索が不発に終わったのを見届け、後を追ってきたという。それは、ジェームズの指示だった。


 見知った顔のトーマスがやってきたとわかった時、アーチーは張り詰めた気持ちが緩んで、大泣きした。ジェームズの心遣いに心の底から感謝した。


 

 また、26人の劇団員の中には、8歳のジャンと16歳のレオがいた。二人とはすぐ打ち解け、移動中のこども向けの雑用を一緒にした。

 アーチーの年なら当然知っているはずのこと、例えば馬の世話の仕方や、井戸での水の汲み方、洗濯物の干し方など、箱入り娘として育ったアーチーは何も知らなかったが、二人は馬鹿にすることもなく教えてくれた。

 アニーが、学園生活でアーチーをいかに頼りにしていたかを二人に手紙で知らせてくれていたため、二人は最初からアーチーを尊重し、信頼してくれた。



 アーチーは、二人からいろいろなことを教わる代わりに、二人の知らないカードゲームの遊び方を教えたり、ジャンに読み書きを教えたりした。






 出発から、二週間ほどした頃だった。


「アーチーもさ、舞台の手伝いを始めようか。」

 あと数日で、中規模の町に着くという日、馬車を停めて休憩している時に、レオが言った。


「俺は、前座で大道芸をやってる。ジャンは、客引きと、開演前の司会をやってるけど、元々、司会はアニーがやってたんだ。ジャンには、まだ司会は難しいんだよな。ジャンは、先週、失敗して座長に叱られたし、代わりにアーチーできないかな?」



「…うん。今まで、やったことないことだから、うまくできるかわからないけど…」


「あ、アーチー、女の子みたいにお化粧したら、綺麗になる顔じゃないか。お姫様ドレスでお辞儀したり、ダンスしたり、そういう前座は?」

 8歳のジャンがニコニコと話に割って入る。


「いやいや… それは…」

 散々やってきたことで、もうやりたくないんだ、とは言えない。


 少し離れたところに座って話を聞いていたトーマスが口を挟んだ。

「司会はともかく…アーチーとジャンに私が剣術を教えることはできますよ。サマになってきたら、剣舞として余興に使えるし、実際に多少の護身にもなるでしょう。」


 トーマスの提案に、ジャンは飛びついた。アーチーも落ち着いたら、トーマスに頼もうと思っていたことだった。それに、レオも便乗した。


 女装の話が立ち消えてほっとしたアーチーがトーマスを見ると、小さく頷いた。

 アーチーの気持ちを汲んで、話を変えてくれたのだ。




 焦りと勢いだけで飛び出してきたアーチーだったが、ジェームズやアニーが遠く離れても助けてくれることに感謝し、劇団の仲間の優しさに触れながら、新しい生活に馴染んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る