いざ、街の中へ



 トーマスが、二つの街道を使い分けたからか、レノミアの手前まで、追っ手の気配を感じることすらなく十日の旅程をこなして行った。


 旅程の最後は、畑の中に農家の小屋を見つけたのだが、トーマスの勘で、少し戻った丘陵地帯の森で野宿することにした。


 目的地寸前で、気は緩みがちだ。ここで便利すぎる立地の小屋を使うのは、悪手だと言う。



 日の暮れる前にパンと干し肉で夕食を済ませ、小屋から拝借した干し草を敷いて寝床を作った。




「明日はついに、レノミアの中心、レノムシティだね。伯爵の娘にどう近づこう…」



「急いては事を仕損じる、と言います。着いたらまずは、情報集めですよ。」

 その晩のトーマスは神経質すぎるぐらいだった。暖かな晩だから良かったが、焚き火もしなかった。


「茶会、夜会、修道院、孤児院、教会訪問、これが令嬢の行動の基本パターンかな。修道院、孤児院が接触しやすいだろうし、この二つを探ろうか。」


「さすが、ご令嬢経験が活きますね。」

 アーチーがむくれると、トーマスが笑う。



 笑い声が途切れると、暫く沈黙した。



「明日は、街の反対側の城門まで周りましょう。手前の城門なら、昼前に着きますが、反対を使うと夕方です。」


「追っ手が気になる?」

「ここまで来ると待ち伏せが怖いんですよ。小屋もね、だから使いませんでした。」


「待ち伏せしてるとしたら、叔父に命令された人だよね。きっと。」

「でしょうね。」


「僕を連れ戻そうとする?」

「いいえ、抹殺を狙っているのではないかと、恐れています。」


「叔父たちは何がしたかったんだろう…」

「推測ですが、アーチー様が生まれてから今までの間に、移せる資産はほとんど公爵家から叔父殿に移されたでしょうね。王太子との婚約で、相当の額の支援金も支払われていますし。それが狙いだとしか…」


「お金か…僕はもう用済みなんだろうね。」


 アーチーは、ブランケットの中で寝返りを打つ。



「今晩、私は起きてますから、アーチー様はお休みください。」

「途中、交代する。おやすみ。」

 二人は、ろうそくの火を消した。






▽△▽△▽△▽△▽△▽△





 夜が明けると、二人は早々に出発した。

 森の端から、一晩過ごそうと考えていた小屋を窺うと、農民ではなさそうな男たちが出入りしているのが見えた。彼らは帯剣しており、小屋の中や外をひっくり返すように調べている様子だ。

 トーマスの勘は正しかった。



 レノムシティ周囲の田園地帯を囲むように森が続いている。遠回りではあるが、森から姿を出さぬように、街の反対側まで迂回することにする。

 日暮れと共に城門は閉まるため、もしかするともう一晩、野宿かもしれない。



「急ぎますよ。今晩は、ベッドで寝るつもりで、昨晩我慢しましたから。」

 トーマスが、アーチーを励ます。


 ベッドで寝るのが当たり前だった一か月前と比べれば、アーチーも多少は逞しくなったはずだ。


「勿論!」

 二人は、馬を走らせた。






 昼食も抜いたおかげで、夕の早いうちに城門が見えるところまでやってきた。


「さて…ここからは運任せですかね。」

「いや… トーマス、ここまで慎重にやってきたんだから、もう少し考えよう。僕はもう一晩、森でも我慢できるから。日没まで、あと一時間か…」


 とは、言ってみたものの、アーチーに案があるわけではない。



「ねえ、街で僕たちが待ち伏せされてるなら、街に入らずに、郊外の修道院で伯爵の娘を待ち伏せしてみる? 待ち伏せする間に街に入るチャンスがあれば、計画を変えたらいい。」

 思い付きで言ってみたが、悪くないかもしれない、とアーチーは思った。


「… 追う側も追われる側も今はレノムシティに入るところに焦点が当たってますからね… だから、我々も逃げやすいんです。相手の動きを読めるから。」

 馬上のトーマスは、ため息をつく。


「こちらが手を変えると、向こうの動きも読めなくなるから、無防備になる?」


「そうです。それに、伯爵の娘が城壁を簡単に出ますかね?」

「そうだね…」


 二人は一旦馬を降り、馬を休ませて考えることにする。



「この辺りの修道院、今はシードルの出荷時期じゃない?街に出入りするときに馬車に忍びこませてもらえないかな?」


「まあ、農家の荷馬車とかでも…」


「僕、修道院にはよく慈善活動に行ってたから… 修道院会のメダルを持ってる。これ…」

 アーチーは、懐の皮袋から、修道院の紋章の入った金のメダルを取り出してトーマスに見せる。


「これ… ビルの旅団組合のメダルの何十倍も価値があります… 初めて見ました。これがあれば、アーチー様、生涯、修道院に匿ってもらえるぐらいの貸しがある、という意味ですよ?」


「そうだね… 公爵家から貰った小遣いとか、ドレスを売ったお金は、全て修道院に寄付したし。」


「…シードルの荷馬車に乗せるなんて、朝飯前でしょう。」


「それに、僕たちの馬を連れて行くのに、修道院の荷馬車なら、毛並みのいい馬を使ってもバレないでしょ?」




 近郊の修道院は、ここから20km離れた山の上だ。朝出ても、夕方にしか城門に辿り着かない。数日待てば、シードル便の一、二本は通るだろうと見込んで、城門から更に離れ、街道の見える場所で馬車を待つことにした。








▽△▽△▽△▽△▽△▽△



 翌日の夕方、二人が探していた荷馬車が現れた。




 年配の修道士は、アーチーの見せたメダルに、腰を抜かしたが、事情を詮索することもなく、快く荷馬車に乗せてくれた。

 一日休んで回復した二人の馬も荷馬車に繋ぎ、豪華な四頭立ての荷馬車になった。



 修道士の計らいで、アーチーとトーマスは、難なく城門をくぐり、更には、街の中の修道院に滞在することになった。


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