聖女いじめの始まり
修道院を訪ねてからは、やることがたくさんあった。
まず、レノミア領に妹らしい人物がいるかを探りにジェームズ付きの文官が出発した。
次に、レノミア領への調査と並行して、アニーの父が劇団長を務める劇団に、レノミアを今年の予定に加えるように依頼した。
金銭的な補償はともかく、最終的に劇団長夫妻を説得する切り札になったのは、アニーへの教育だった。
劇作家を志望するアニーを学校へ通わせたかった夫妻に、ジェームズとステファニーが在学する学園への入学と卒業までの5年間の諸経費を工面することになった。
これには、ジェームズが持つ伯爵位から得られる一年分の収入が充てられた。
一銭も自由になる現金を持たないステファニーは、何の役にも立たなかったが、ジェームズは快く引き受けた。
そして、交渉成立から間もなく、アニーは学園に入学した。
どこから漏れたのか、ジェームズの後援があることが広まり、ジェームズとアニーはそういった仲ではないかと学生たちは憶測した。
一方、ステファニーはレノミア領へ妹を探しに行くため、いかに失踪するかを計画していた。
「ステフ、君の妹が生きているとして、レノミア伯爵家はどう関わったと思う?」
深夜の女子寮の半地下の食糧庫で、ステファニー、アニー、ジェームズの三人は秘密会議中だ。
「養子にした?使用人にするために買った?」
アニーが言う。
「でもさ、公爵家には、女の子が必要だったから、ステファニーのフリをさせられてるんだよ?わざわざ、女の子をよそにやる必要はないだろ?」
と、ジェームズ。
「間違えた?」
「そんな馬鹿な…」
ジェームズとアニーはため息をつく。
「理由はともかく、僕と一緒に生まれた妹が、レノミア伯爵家にいるかもしれない。それは自分の目で確かめたい。」
「おい、ステフ、夏休みに行ってくる、じゃダメなのか?」
「だめだよ。夏休みは、社交シーズンで予定があるし、それを欠席する理由を作るほうが面倒だ。夏休み明けに、戻ってきてまたステファニーをやるつもりはないんだから。」
「もし、本当のステファニーを見つけたらどうするつもり?」
アニーが尋ねる。
「本当のステファニーと相談する。入れ替われるほど、似てないだろうから、お互い生きたいように生きる。その前に、叔父夫婦が悪事をしたなら、白日の元に晒す。これは決めてる。」
「あんまり、期待しすぎるのはどうかな。もし……だけど、本当のステファニーが、亡くなってたり、見つからなかったら?」
「探せる限り探すし、最悪の場合でも、しかるべき場所に埋葬する。」
「君の父さんは? もし、叔父夫妻が何かしていたら、彼だって、同罪かもしれないよ?」
「父さんには、同情はする。でも、僕を助けてはくれなかった… 」
「まあな…」
二人はため息を吐く。
ステファニーとジェームズの真面目な話を、アニーは、食糧庫のビスケットとシードルをつまみに聞いている。
体型を維持するため、ステファニーは育ち盛りであるにも関わらず、間食もせず我慢している。アニーの夜食は、ステファニーには目に毒だ。
「アニーも、太るよ… 思春期なんだから… 僕も、体型だけじゃない… もういつ声変わりしてもおかしくない… 切羽詰まってる…」
「本当に、精神的に追い込まれてるわね…」
アニーは、シードルの瓶とビスケットの袋をジェームズに渡す。
「…それは?」
ステファニーがアニーに問う。
「何が?」
アニーとジェームズは首を傾げる。
「精神的に追い込まれて失踪する。僕の婚約者は、女の子とイチャイチャしてるから、精神的に参った、は?」
ステファニーがニヤりとする。
「イチャイチャしてないけどな。」
ジェームズが迷惑そうに言う。
「してよ。僕のために。 アニー? 君さ最近、女子の中で、崇められてるでしょ?アレは何?」
今度は、アニーに噛み付く。
「え?貴族のお嬢さん方、世間知らずだからさ…お悩みを聞いて、アドバイスしてたら、預言者扱いされてるの。」
「それで行こう!」
ステファニーは急に立ち上がる。
アニーとジェームズは、眉を顰め、訝しむ。
「アニーは預言者、聖女なんだよ。王太子お気に入りのね。王太子に相応しい相手なわけ。それで、僕は妬んで、意地悪して、自尊心はズタボロ、自己嫌悪して、失踪するから。」
「それ、意地悪いる?」
「いるよ。だって、男の僕の方が身分も容姿も学力も上じゃあ、君は単なる当て馬。僕以上に周りに支持されてくれないと。だったら、僕が悪者になる方が早い。」
「男の僕の方が、ね。」
アニーがジェームズを見遣ると、首をすくめている。
「僕も、浮気性みたいなレッテルはちょっと…」
「僕は男だよ? 浮気もクソもないから!」
「とにかく、アニーは誰が見ても文句のない聖女になって。僕、明日から二人とは、学園で喋らないから、二人は二人で仲良く見せかけといて。じゃ、また明日!」
ステファニーが意気揚々と部屋を出ると、ジェームズとアニーは顔を見合わせ、互いに肩を叩き合った。
こうして、公爵令嬢による聖女いじめが始まった。
昼間は聖女をいじめるフリをし、夜は食糧庫で聖女に勉強を教えた。
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