乳母を訪ねて
アニーに会った次の日から、二人はステファニーが三歳まで世話になった乳母探しを始めた。
物心ついた時には、定期的に顔を合わせてきた二人だ。まずは、ジェームズの乳母や、古参の侍女たちへの聞き込みから始めた。
「わかったのは、ステフの乳母はシモンズ前伯爵夫人ってこと。十年前に未亡人になって修道院に入ったらしい。」
「十年前…丁度、乳母がいなくなった時期ですわね… 劇作家的に考えたら、そのタイミングが合い過ぎていて、偶然とは考えにくいのでは…」
ステファニーは、寄宿学校の食堂で小さな声で返事をする。普段、女言葉でジェームズと話しているが、うっかり間違っても問題ないように、極力小さな声で話すようにしている。
これは、来たるべき声変わりに備えて、あまり喋らない公爵令嬢を演じることにも繋がる。
「おいおい、ステフまで、よしてくれよ…」
ジェームズはおどけるが、冗談で言ったわけではない。
「どこの修道院か、調べられましたの?」
王侯貴族とは言え、少年の二人にできることは限られる。ジェームズ付きの使用人のうち、大人に内緒でジェームズの指示で動く文官と武官が一人ずつ。ステファニー付きの使用人は、聴唖のサラ以外は信用できない。
「全国をさ、五回も転院してて、二回目の転院で名前を変えてた。時間かかったよ。今は王都から半日ぐらいの街にいる。」
ジェームズも真面目な顔になる。
「逃げてる?隠れてる? としか、考えられないですわね。会いに行けます?」
「君が動くなら、もっともらしい理由がいるよな。」
「アレでいいじゃない?あの旅芸人の一座に修道院孤児院の慰問公演をしてもらいましょう。私の慈善活動にあなたもご一緒くださる?」
「わかった。」
義務的な関係に見せるための週に一度のランチ会は、終了した。
▽△▽△▽△▽△▽△▽△
二週間後、二人は王都郊外のサンペトロ修道院に来ていた。
護衛と、アニーの劇団を引き連れた大所帯の遠征だ。
ここに、シスター・サラと名を変えたシモンズ前伯爵夫人がいる。
万が一、逃げられては困るので、ステファニーとジェームズの訪問は伏せている。
シスター・サラを修道院の一室に呼び出し、二人はその扉をノックした。
コンコン
中から、女性の返答がある。
ジェームズが先に、ステファニーは続いて入室した。
シスター・サラが最敬礼から直り、ステファニーを見ると、彼女は顔色を失った。
「シスター・サラ、座って話しましょう。」
ジェームズが言うと、シスター・サラは震えながらも椅子につく。
「そのお顔は、私たちの用件をお分かりですね?」
ステファニーが切り出した。
「…おそらくは。」
「シスター・サラ、あなたは十年前、私の乳母でしたね?」
「はい。」
「私の姉妹のことをご存知ですか?」
シスター・サラは、小刻みに震えながら、言葉を選ぶ。
「…残念ながら、生まれて間もなく、お亡くなりになりました。」
ジェームズが、水差しの水をグラスに注ぎ、二人に渡す。
「妹が亡くなったとき、あなたは傍にいましたか?」
「…その場にはおりませんでした。私は、兄君を、もう一人の乳母が妹君をという役目でした。お二人とも、小さくお生まれになって別々の部屋でお世話していました。あの日、妹君を抱いていたのは、マセル子爵夫人で、容態が悪化したので、すぐに医師に診せると言って、医師の元へ向かわれました。」
マセル子爵夫人は、ステファニーの叔母である。
「妹が亡くなったことに、不審な点を感じたことは?」
シスター・サラは、長く沈黙した。
「私が、名を変えながら、修道院を転々としているのは、秘密を知ってしまったからです。逃げるように、ステファニー様のお側を離れたことは、お詫び致します。しかし、今、秘密を話せば、どこから秘密が漏れたのかと、私を追う者が出ましょう。私は、今もこれからも、静かに、罪を償いたいのです。」
シスター・サラの目から、涙が溢れ落ちた。
「妹の秘密を教えて下さい。私も、14になります。これ以上、今のままではいられません。あなたならおわかりでしょう?」
また、長い沈黙が訪れる。
修道院の広間から、芝居を見ている孤児院の子どもたちの歓声が聞こえる。
「…私が知っているのは… 子爵夫人が、あの時期にレノミア伯爵家と手紙をやりとりしていたこと。妹君の埋葬には誰も立ち合えなかったこと。妹君は、左は青、右は緑の瞳だったこと、これだけです。瞳の色は、生まれたときから、変わりますから、当てにはならないかもしれません。」
俯いていたシスター・サラは、ステファニーを見つめる。
「今まで、逃げるばかりで…申し訳ございませんでした。」
「いいえ… 今、僕を助けてくれたこと、感謝します。」
ジェームズとステファニーは、部屋を出た。
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