第26話
「やぁ、聞きたいことがあるんだけど」
そう尋ねてきたのはトニー博士だった。周りにはバン博士、エツィオ、ユズキに囲まれていた中に、突然割り込んできた。
「いま、ルティは……」
「大丈夫、必要最低限しか聞かないから」
全く僕の様子を気にする素振りすら見せないトニー博士。勢いに負けて、二人きりで話すことになった。
正直少しありがたかった。博士たちとどう話せばいいか分からなくて。
その頃になると、僕の体の感覚も元に戻り始めていた。
だからこそ気づいた。その時のトニー博士にはいつものような余裕がなかったことに。どこか焦っている様に感じて。
僕の返答も待たずに話し始める。
「過去の記憶を見たのかい?」
でも、声のトーンや話すスピードはいつも通りで……。
「見ました」
「じゃあさ、戦争の映像は? 例えば、『終わりの森』での、ガベト族最後の映像とか」
脳裏によみがえる。一気に成長する『暴食の樹』。踏み潰される人たち。惨殺される人たち。
自分でも顔が引きつったのが分かった。
「どんな植物がいた?」
様々な記憶をごちゃ混ぜにして、かつ一気に押し付けられるように見ていたこともあって、整理して話すのに時間がかかった。
人が特攻している映像、その人たちがガベト族によって惨殺されていて、またガベト族同士も争っていて。
そこに出てきていた植物を思い出そうとする。
胃の中には何も入っていないのに、何かが込み上げてくる。
「第三世代の植物だったと思います。『増殖の樹』が元になっていて、増殖するとともに爆発するタイプです。他にも『暴食の樹』だったり」
爆発した衝撃で種子を飛ばし、一気に辺りを火の海に変えた映像が蘇った。ほかにも、街一つを覆い尽くさんとする『暴食の樹』の映像も。
そして、続きを話そうとしたとき、トニー博士からの質問された。
「一つ聞きたいんだけど、いろんな植物で出来た集合体はなかった?」
不意に記憶が蘇った。
様々な植物が集まりまるで巨人のような形を成す生物が二体歩いていて、その隣をそれもまた様々な植物が集まって巨大な犬のような形を成す生き物が歩いていて。
もちろん、僕が一部となっていた集合体の10分の1程度だが、10数メートルはあった。
それにまだ植物個々は強く残っていて、融合しているなどではなくて、ただ集まっている感じ。
その時に不意に思った。そう言えばあそこには白い繊維質が漂っていて。それが全ての植物と繋がっていた。
それに伴って紐づいた記憶が次々と思い出し始めて。
その集合体の方から地上を見下ろす映像。視界の端には白い繊維質のような糸が見え隠れしていて。
そうだ、集合体の肩に人が乗っていて。その人が集合体を操っていた
記憶がよみがえってくる。その肩から見下ろしながら、集合体がガベト族を殺す瞬間を見ていた。
我に返ると目の前にトニー博士はいなくなっていた。
端に向かってつかつかと歩いていた。隣にはシーナを連れて。
この時、言葉にできない胸騒ぎを抱えながら、離れていく背中を見つめ続けていて。
そんな僕の視界に割り込んでくる。博士、エツィオ、ユズキ。博士は申し訳なさそうにしていて。
「グラシアはどこですか?」
嫌な予感がした。その胸さわぎが気まずさを忘れさせる。
「あの『暴食の樹』で回収する手はずになってる」
そう言って博士は視線をずらす。その先には今僕らのいる『暴食の樹』ほど大きくない、『暴食の樹』が聳え立っていて。
それも居住区に利用されている『暴食の樹』で。
確かにその『暴食の樹』のある枝に軍人が集まっていた。
あそこにグラシアがいるのだろう。他にも、一度集合体に取り込んだ人たちだろうか、白い布にくるまった人たちが見える。
そして、またトニー博士に視線を向ける。トニー博士は下を覗き込んでいるところだった。
その直後だった。トニー博士は、突然隣にいた軍人の腰についている銃に手を伸ばし、殆ど無理やりその銃を奪い取ったのだ。
僕は驚いて、飛び起きた。
「どうしたの?」
驚く博士たちも僕の視線を辿って振り返った。
その視線の先では、トニー博士は奪った銃をすぐにシーナに渡していて。
シーナはすぐに狙いを構えた。グラシアのいる『暴食の樹』に向かって。
パァン
乾いた発砲音があたりに響いた。
「なにをやってるだ!」
ホーガンの怒声が辺りに響く。ずんと腹の奥まで響かせる声。
しかし、次の瞬間、ホーガンに負けないほどの声が響く。
「ルティを連れてこい!」
それはトニー博士だった。その声の大きさと気迫に押されて、思わず辺りの軍人は動きを止めた。
その様子は僕の胸騒ぎを強くさせる。
すぐにバン博士の肩を借りて、すぐにトニー博士のもとへ向かう。
「駄目ですね届きません」
たどり着いたとき、そう言ってシーナが銃を下ろした。トニー博士は似合わない舌打ちをして。
「あれだよね」
僕をみて、トニー博士は、そう地面向かって指をさす。
視線を落とす。
植物が争いあっている。その中で未だ動こうとしない植物達。
……違う。よくよく見ると、その植物達には白い繊維質が未だくっついていて。
少し視野を広げた瞬間、分かった。
様々な植物が集まって巨大な犬のような姿を成している。
間違いない。
僕の顔から答えは悟ったのだろう。トニー博士は「まずい」と言った。その声が聞こえると同時に、僕の目は捉えてしまった。
その犬の見た目をした集合体には無数の『保存の木』が埋め込まれていることに、そのほとんどに亀裂が入っていることに。
さらに、どんどんと亀裂が入る『保存の木』たち。
『保存の木』は攻撃的な植物を保管するために利用されていた。
不意にトニー博士の言葉を思い出した。
ドクンっ、心臓が跳ねた。
『保存の木』の中に保存されていた植物はなんだ。
もし……ガベト族を殺せる能力を持った植物だったら。
まずい。
『暴食の樹』に視線を向ける。
グラシアのいる枝から地面に向かって蔦が伸びている。その先では、軍人が数人、持ち上げられている。
そして、もうグラシアのいる枝までもう少しとなった時、軍人の一人が違和感を感じたのか、体を見渡して。
もう遅かった。
服の隙間から成長した植物が現れる。そして、次の瞬間、爆発した。
見えなかった。でもわかる。間違い無く、その爆発の衝撃と飛んだ種子。
グラシアの放つエネルギーを受け取って、爆発したあたりの至る場所で一斉に成長する植物。間髪入れずに爆発した。
ドガガガガガガガガガガガン
何十にも重なった爆発音が辺りに響いた。
爆発の群れが幹を伝い這い上がっていく。その先にはグラシアが……。
ドガガガガガガガガガガガン
目にも止まらない速度で広がる爆発。瞬く間にグラシアのいる枝は爆発で覆いつくされた。
ズキンッ
「……ぐぁうぁぁはぁ」
僕はその場に崩れ落ちた。
細胞一つずつがまるで自我を持ち、各自が赴くまま動こうとしている。
……グラシアのもとへ。
つまり、グラシアは間違い無く爆発に巻き込まれた。
すぐ隣から、エツィオ、ユズキ、シーナの苦悶の声が隣から聞こえてきて。
まずい……。
痛みを押さえつけて、グラシアのいる枝を見つめ続けて。
でも、何もできるわけもなく。ただその惨劇をながめ続けるだけで。
以前爆発は続く。それどころか強くなっていく、感覚が狭まっていく爆発。もう枝すら見えなくて。
どんどんと自我を持ち始める『生命の樹』。グラシアの元へ向かおうとする。傷ついたグラシアを救うために。
それは、『生命の樹』だけじゃない。
ゾゾゾゾゾゾッ
爆発音に混ざる、地鳴りに似た音。
その音の正体は植物だった。
あたりにいた植物の大群が一斉にグラシアの元へ向かおうと、幹を駆け上がっていた。
見ると、視界に映る全ての植物がこちら向かってかけてきている。
もう、先程まで繰り広げられていた争いは収まり、新たな争いが始まっていた。
誰が先にグラシアのもとへたどり着くか。
躊躇することなく爆発の中を飛び込み、突き進んでいく植物の大群。
爆発し体を吹き飛ばされても留まることなく植物は幹を登る。自分の体が傷つくことに一切の躊躇いはない。
一瞬で辺りの地面は見えないほど植物で埋め尽くされていて。途方もない数がいて、ぱっと見るだけで、どれだけ少なく見積もっても万は超える。それが全てグラシアのいる爆心地へと飛び込んでいく。
ぐらっ、僕は思わず地面にヘタレ落ちた。限界だった。もう意識が薄れてきていて。それは、それほどにグラシアが傷を負っているということで。
植物の動きがより激しくなる。それだけじゃない動物すらも加速していく。
あたりには数万匹の鳥が空を飛び、グラシアのいる場所向けて飛び込んでいく。
植物と一緒で幹を登ろうとする様々な種の動物。もう数えきれない。辺りには生物が溢れかえっている。
その光景はあまりにも壮大で、現実感が薄れていく。痛みだけが実感をもたらして。
爆発の中を動く影。体が吹き飛び、力を失い落ちていく植物。しかし、どんどんとグラシアに近づき。グラシアのいた枝にたどり着いた植物。
ここまでで地面にはもう千近くの死体が転がっていて。
その数秒後だった。ある植物が爆発の中から飛び出した。その植物は何かを掴んでいて。
そして、斜めの下にある枝飛び降りる。掴んでいる黒い塊。
すると、さっきまでグラシアのいたところの爆発の勢いが弱まって、しかし、まるで黒い塊を追うように下方向へ爆発が広がっていく。それは、すべての植物も同じで黒い塊を追う。
間違い無く、黒い塊はグラシアだ。
爆発より先に着いた植物がそのグラシアを囲んでドーム状に守る。
すると、体の痛みがどんどんと和らいでいく。
グラシアの体は治りはじめているということで。それでも全く状況の解決になってない。
今も爆発がどんどんと近づいていって。
「…………」
似たような光景を見た記憶がある。映像がフラッシュバックする。
街へ襲いかかる『増殖の樹』の進行を止めるので精一杯のガベト族。
巨大な犬のような見た目をした集合体。その背中に取り付けられた筒のようなもの。それが空に向けられて、何か発射された。
その数秒後、『増殖の樹』の進行を止めるので必死だったガベト族は全員が『暴食の樹』の成長に巻き込まれた。
無意識に視線は犬の形をした集合体に向かう。さっきまで動いていなかった集合体。
しかし、いつの間にか体を起こしていて。その背中についている筒のようなものを空に向けていた。
ドォンッ
鼓膜を破るような破裂音が辺りに響いた。
僕の脳裏にさらに映像がよみがえる。
数秒で街を覆い尽くすほど爆発的に成長する『暴食の樹』。
その空に打ち上げたものはグラシアを囲う植物へとぶつかって。
その正体はもうわかっていた。
「グラシア!」
そう叫んだがもう遅かった。
一気に成長する『暴食の樹』。
グラシアを囲う植物の外側をさらに囲うように根を伸ばす。
メキメキッ
グラシアのいる枝がしなる。
思わず体が勝手に動いた。
ガッ、
体を掴まれて。見るとエツィオが僕の体を抱きしめていて。ぐいっと後ろに引っ張られる。
その時、自分が飛び降りかけていたことに気づいた。
その間もどんどんとしなるグラシアのいる枝。今にも折れそうで。なのに、『暴食の樹』は容赦なく成長する。
僕は助けを求めるように周りを見た。
しかし、誰もが呆然としているだけで。
グラシアを見つめているモノや、僕と同じ何か助けを求め辺りを見る人しかいなかった。
しかし、その中で一人動いていたのはトニー博士だった。グラシアに一瞥もくれず動いていて。
『暴食の樹』はグラシアのいる枝から幹にまで根を伸ばし、幹に根を絡みつかせる。
そして、次の瞬間、『暴食の樹』の根の下でグラシアを守っていたドームを押しつぶした。
体を劈くような痛みが広がった。頭が真っ白になって。
いつの間にか、地面に横たわっている気だけしたあと、意識が飛んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
びりびり、皮膚に伝わる細かな振動、それは止むことはなく、その度に皮膚に小石が食い込む。
脳裏にグラシアを巻き込んで成長していく『暴食の樹』の映像がよぎった。
「ハッ」
飛び起きた僕。
……どういう状況だ。 さっきまでなにかに焦って飛び上がったが、それが何かを思い出せない。
ただ異様なほどの焦燥感
で満たされていて。
あたりを見渡す。
視界が細かく震えていて。そこで気づいた身体中が震えていることに。
自分で自分の体を抱きしめ、あたりをもう一度見渡す。
僕の周りには数人立っていた。………いや、違う。
様々な植物が絡まり合ってできた肌。
ガベト族だ。先程、捕獲したガベト族が立っている。
ガベト族の体は『檻の樹』で縛られていて。
それに銃を構えている軍人。
……どういう状況だ?わけがわからない。
その奥ではさらに数人ほどが忙しくなく動き回っていて。言い合っている声も聞こえる。
どういう状況なんだ……。
ビリビリ、
僕の体の至る所が震え始めて。痛みが走る。肌に亀裂が入って『生命の樹』に戻ろうとした。だが、すぐに元の肌に戻って。それが体の至るところで起こっている。
なんだこれ。見たことのない現象で。
でも、この『生命の樹』が自我を持とうとする感覚はいつも味わってる……。
グラシアが傷ついたときに起こる感覚。
映像が蘇ってくる。『暴食の樹』の成長に巻き込まれるグラシア。
途端に、僕はあわてて走り出す。
途中に、なんで体が崩れないのかという疑問が脳裏によぎったが、焦りですぐにかき消されて。
どうやらさっきいた枝よりも高い場所にある枝にいるというのは、どんどんと見えてくる景色でわかる。
ツンと鼻を刺すような匂い。
どんどんと強くなってくる爆発音。
たどり着いた。
視線を落とす。
その先には地獄が広がっていた。
「あぁぁぁぁ……」
もう訳が分からなくて声が漏れた。
さっきの巨大な犬の見た目をした集合体が打ち上げた『暴食の樹』。未だ成長しづつけていて。
その『暴食の樹』の根の部分では、木肌が見えないほどに爆発を繰り返している。
その爆発の中に無数に飛び込んでいく植物や動物。爆発の爆風とともに幾多の死体が飛び散る。
その近辺には、もう生物で溢れかえっていた。全てが覆い尽くされるほどら植物や動物がいて、空にも覆い尽くさんばかりの鳥が飛びまわっていて。
それらが一切、死への躊躇を見せず爆発の中に飛び込んでいく。
そして、地面に雨のように降る焼け焦げた死体。
もはや、現実かと疑ってしまうほどの光景で。
「協力はここまでだ」
やけにはっきりと聞こえた声。
「こちらだって市民を避難させるため人数を裂かねばいかん。そんな一人の娘のため、しかもガベト族のために人は割けるわけがないだろ」
それだけ言うと、ホーガンはその場を後にした。
その場に立ち尽くすバン博士。ちらりと僕の姿を見て。
「ルティ、気づいたのか」
そう近づいてくるバン博士。その態度からひっ迫した状況というのがまた現実味を帯びだして。
訳の分からない吐き気がして。
どういう状況だ。僕が意識を失っている間に。
「落ち着いて、ゆっくり息をするんだ」
ゆっくり息を吸う。でも、全く息を吸った気になれなくて…。息苦しくて。その中で訪ねた。
「これは一体……」
「見ての通りだよ。あの爆発の中にグラシアがいる。そして、『暴食の樹』の成長に巻き込まれてしまった」
そこで博士は口をつぐんだ。顔を真っ青にして、震える声で言った。
「『生命の樹』で直されては傷つけられている」
分かっていたが、体中から一斉に力が抜けるような。恐怖感だか、もう分らないものに襲われて。
「おそらくもう意識はないだろけど。その証拠に植物が操られている様子はない」
確かに、操られている様子はなく、植物たちは他の生物を蹴落とさんばかりに押しのけて進む。統率感はなかった。
他の生物を押しのけて、我先に死へと飛び込んでいく。
「……なんですか。これ」
もう訳が分からなくなった。頭に異様なほどの情報量があるのに、そのどれもが言葉に出来ない。
ただ、根源的な恐怖。
何か生命の冒涜のようなものを感じて。
でも、これが進化した結果だ。
僕は打ちひしがれるしかなかった。
立ち眩みが起こるほど絶望感。
そこにはまるでこの世のすべての生き物を集約させたかと思うほどの生き物がいて。その生き物すべてが我先へと死に向かう。
なんだよ。これ。
ここまでグラシアは別格だ。もはや違う生き物とすら感じさせる。
すべての生物が命を投げ出すほどなんて圧倒的すぎる。この眼の前に広がる光景が。あまりにも圧倒的すぎる。
なのに、小さな子供だ。
自分以外のすべてが自分一人を救うために死に向かう。自分のために、数千匹の動物や植物がものの数秒で死ぬ。
グラシアはこの事実をどう思うのだろう。
「ここまでずっと見続けているのに、まだ衝撃的で、打ちひしがれている」
博士の声は震えていて、
「このままだとグラシアが死んでしまう。この世から『生命の樹』がなくなるまで続く」
そして、ぽつりとつぶやいた。
「あぁ、駄目だ。全然現実感が湧かない。そもそもこれだけの生物が死ぬなんておかしいのに」
お互いなにかしようとするが、何もできない虚無感に襲われている。
僕はガリッと唇を噛む。
この状況の差があまりにも違いすぎて。すぐ下ではグラシアが何度も死んでいるのに、ここで打ちひしがれているしかないその自分に。
せめて……。僕の体がグラシアの一部になってくれればいいのに。
そのときまた再燃した疑問。というか、あまりにも単純なことで。
「どうして体が」
グラシアが体を傷ついているのに、どうして僕の体は崩れない?
「ガベト族だよ」
博士は振り返る。植物が絡まり合って人の形をなしているガベト族。
「トニーがとっさにがベト族を近寄せた」
どうやら、今、僕の体を作っている『生命の樹』は、遠い場所にいるグラシアよりも、すぐ近くにいるガベト族と同化した方が可能性が高いと判断しているようで。
合理的だ。あんなライバルだけの場所より、すぐ近くの確実性の高い方を優先するなんて。
理屈は分かった。でも、その事実は余計に自分を苛立たせるだけだった。
ただ生きるなんて。何もできない。せめて、僕の『生命の樹』がグラシアの傷をなくすことができれば……。
「……もう……どうすればいいんですか?」
それは、どう救うのかという質問ではなくて。どうこの状況を飲み込めばいいという意味合いのほうが強くて。
救いたくて。でも、目の前に広がる光景からは、自分がいってもなんの影響をもたらせないことがわかる。
何もできない。その絶望が奥底にのっぺりとへばりついている。
それほどまでに僕はちっぽけだった。
「もちろん救うよ」
そう確信に満ちた声がしたのは後ろからだった。
振り返るとトニー博士、シーナ、エツィオ、ユズキが立っていて。
「よかった君が起きてくれて」
そう言ったトニー博士。
少し言葉に引っかかったが、今はどうでもいい。
もちろん救うよ。その言葉に僕は一筋の光が差したような気分を覚えて。
トニー博士が助けてくれる。この状況にもかかわらずまだ自信を持っている。
トニー博士は持っていた瓶を出すと、
「君が鍵だ」
その瓶の中に入っているのは白い繊維質のような糸で。瓶の中でうねる糸。
「どういうことですか?」
訳が分からなかった。呆然とする僕、一方で自信満々に話すトニー博士。
正直、本気で言っているのか。頭がおかしくなったかと思った。
しかし、それはすぐにひっくり返された。
「この『終わりの森』の『生命の樹』を使ってグラシアの意識に介入するんだ。そして、ただばらばらに突っ込む植物を操つる」
トニー博士は瓶を振り、
「あれだけの植物が統率を持って動けば可能性があるよ」
僕は戸惑っている様子で。それは、そうだろう。トニー博士の作戦も、今の状況もまるで現実味がわかなくて。
そのくせ、喉の奥をつくような気持ち悪さがずっとあって。
「どうして僕が」
「君が一番体験しているからさ。それも長い期間」
たしかにトニー博士の言う通りだが、でも、まだまだ根本的な問題が解決していない。
「けど、あの中へ行けば体が崩れて、グラシアのもとに……」
トニー博士は焦っているようで僕の質問に覆いかぶせて答える。
「見て」
そう言ってトニー博士が指をさしたのは巨大な犬の見た目をした集合体だった。白い繊維質のような糸で覆われたそれは動いてはいないが、その体は維持されていた。
そう言えば、前の集合体もグラシアの思い通りに動かなかったことを思い出して。
「知ってるだろ? 『終わりの森』の『生命の樹』の用いられ方」
そういった後、
「この『生命の樹』を使えば、エネルギーに干渉されない」
真顔になって僕を見つめる。
「これを体全体に通せば、君の体は崩れ落ちることはないだろう」
たしかに、理解できた。
でも……。
僕が救おうとして、何ができるんだろう。
僕振り返った。大小様々な生物が入り混じっている。僕なんてちっぽけで。簡単に死んでしまう。
でも、黙って見ていることはできなかった。
元はと言えば僕が引き起こしたことで。
さっきまでグラシアを集合体に吸収しようとすらしていたのに。
どうして僕は……。
結局、自分に芯がない。周りに流されて、自分の意見を変えて。
いろんな言い訳が湧き上がってきて。もう溢れそうになった心。
余計なこと考えるな。
救いたい。グラシアにこれ以上、苦しい思いをさせたくない。
僕がどうなってもいいからグラシアは救いたい。
ビンに手を付ける。手のひらから体の中に入ってきた『終わりの森』の『生命の樹』が、腕を通り、頭に向かって進む。そして、脳と繋がった感覚を覚えた瞬間、僕は集合体の中にいた時の感覚を思い出す。ひたすら体中に根を這わせるイメージ。
そして、数秒後、
「上手くいきました」
僕はそういった。
「まずは第一関門突破だね」
少し頬が緩むトニー博士。
「でも、第二関門が一番しんどいね。あの状況のなかでグラシアと君を繋がないといけない」
見ると、グラシアがいるであろう所には絶え間なく爆発が、さらに、そこに飛び込んでいく無数の植物、そもそも、『暴食の樹』の根の下にいる。
あの場にたどり着くことすら難しいのに、そこから、グラシアに繋がるまで時間がかかる。
「あれを使う」
トニー博士はそう言って指をさした。その先には巨大な犬の形をした集合体が倒れていて。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
思い通りに動かせる。
地面に這いつくばるように倒れていた犬の姿をした集合体と『終わりの森』の『生命の樹』をつなげると、僕の思うとおりに立ち上がった。僕は肩の位置に立った。
そこから見える景色はやけに見おぼえがある気がして。それどころか、初めてなのに慣れた手付きで動かせる。
僕は目的地を見つめた。
そこではいまも無数の爆発が起こっていて。グラシアを巻き込んで成長する『暴食の樹』はもう全体が見えなくほど大きくなっていて。そこから振ってくる数多の死体。
上から見ている光景とはまるで迫力が違う。自分のちっぽけさが更に際立つ。
僕なんてどれだけ矮小な存在なんだろうって。
簡単に死ねる。というか、あそこに入って生きて帰れるビジョンが湧かない。
焦げ臭い死体ばかりの中、呆然と空を見つめる僕。
脳裏にトニー博士の声が蘇った。
それは、トニー博士と、犬の形をした集合体へ向かってる最中に言われたことだったり
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「他の植物や動物を見てくれ。彼らは体が『生命の樹』でできていたとしても、体が崩れることなくグラシアのもとに向かう」
そう言われて僕は不意に気づいた。たしかに、植物の体は崩れずにグラビアの元へ向かう。
当たり前のように感じていて、疑うことすらしていなかった。
「どうして、グラシアが傷ついた時、人間だけが崩れて、他の生物や動物に崩れないのか。僕は発達した脳による知力が原因だと考えてる」
トニー博士は見下ろす。死へと飛び込んでいく植物と動物たち。
「植物や動物に自分の死の概念を理解できるほどの知力はない。でも、人は違う。死を知覚し、恐れる」
トニー博士は纏めた。
「つまり、人間の死への恐怖が『生命の樹』が抱くグラシアの体の一部になりたい本能とぶつかり合う。相反する。それが原因だと考えている」
そう言われて、僕は自分の体が異様に震えてることに気づいた。まるで自分の体じゃないみたいに。
自分がより矮小に思えた。クジラのとき、僕は消えたい、死にたいと願っていたのに。結局は心の奥では生き残りたかった。
あまりにも自分勝手すぎる。
自分の怒りが沸き上がった。自分自身を殺してしまいたい。それは、今までの死にたいとはまた違って。
自分の価値がどんどんと下がっていく。
自分は死んでもいい。でも、グラシアは救いたい。
自分ためにグラシアを救わない。グラシアのためにグラシアを救いたい。
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僕は集合体を走らせた。グラシアの元へと。
風がゴウッと襲いかかってくる。
一歩を踏み出すたびに、内臓が全てひっくり返りそうなほど上下に振られて。
ドンドンドンドン
体にかかる負荷はどんどんと大きくなって、負荷がかかる感覚は短くなって。内臓全部が鈍い痛みが溜まっていく。
しかし、徐々に揺れは収まって。
無意識的に、僕が乗っているあたりの植物を操って、バネのように衝撃を吸収させていた。
植物を蹴散らして走る集合体。
あたりを舞う植物達。飛び跳ねた植物がすぐ横をゴウッと轟音を立て通り過ぎて。
それでも構わず進む。頭はもう真っ白で何も思いつかなかった。ただグラシアのもとにたどり着くそれしかなくて。
だが、植物の量は近づくに連れ一気に増え始めて。
もう踏み場すらない。
掻き分けてもすぐに埋め尽くされて。もう面倒で、植物を踏み潰しながら走る。
そのことで、何度も体制が崩れかけ、そのたびに様々な方向から体にかかる負荷。
そんな中、
グランッ
突然、襲ってくる浮遊感。植物が暴れたことで、完全に体制を崩した集合体。
「うぉぉぉぉぉ!」
しかし、片足で思いっきり、体を前に押す。
一度倒れるともう二度と起き上がることはできない。
植物に埋め尽くされてしまう。
ガァンッ
強い衝撃に襲われる。
眼の前いっぱいに広がる木肌。
倒れ切る前になんとか、幹にたどり着いた。だが、禄に受け身も取らず幹にぶつかり、もろに衝撃を食らった。
しかし、なんとか、体制を立て直せた。
そのまますぐに飛び上がって、幹にしがみつく。そして、植物を押しのけ、無理やり体を持ち上げて進む。
もうあたりは植物しか見えない。どれもが激しく動き回っていて。
僕単体だったら、どうなっていただろう。
すぐに飲み込まれて、何もできずに押しつぶされている。
それほどの激しい争いがすぐ真下で行われてる。
ドドドッ、
伝わる振動がどんどんと大きくなってくる。
振り返ると、僕と一緒でグラシアの元に向かおうとする植物が、集合体の足から這い上がり、背中側を暴れるように駆け上がってきて。
もうあと数秒のところまで来ていた。
その瞬間、体の至る部分で絡み合っている植物がほどけ、背中に集まってくる。そして、また新たに絡み合って。
背中から十数本の尻尾のようなものが生えた。
それらの尻尾は狙いを定めるように、先端をシュウゴウタイの背中で暴れる植物に向けると、次の瞬間、一気に襲いかかった。
尻尾をもろにくらい吹き飛んでいく植物。
ほっとするのもつかの間、もうすでに数体の植物が集合体の背中を這いまわってこちらに迫ってきている。
操り払いのけるものの、払っても払っても留まることを知らず。どんどんと増えてきて。
「くそっ」
こっちだけに意識を裂いていても始まらない、グラシアのもとへ向かわないといけないのに。
背中を登ってくる植物を払い除けるのに意識を割かれ、その場に留まってしまっている状況。
そのせいで余計に植物が這い上がりやすくなってしまっている。
このままだと埒が明かない。
僕は払い除けるのをやめ、尻尾をすべてを届く限り、高い位置の幹に巻きつけた。
そして、集合体の重心を後ろに委ね、そして一気に上に向かって全体重をかけ、飛び上がった。
もう視界が追い付かないほど急速に景色が変わり、あちこちからかかる負荷がどちらか下か認識すら出来ない。振り落とされないようにするので必死だった。
そして、コンマ数秒後、幹に巻き付いている尻尾で思いっきり体を引き上げる。
骨がずれるかと思うほどの強い振動がかかった。
すぐにあたりを確認する。
上手くいったようで、さっきよりも随分高い場所にいて。しかも、植物を払い落とせたようで。
でも、ここからだった。
もう前が見えない。
空は鳥があたりを覆い尽くしていて。幹は植物が密集して、もはや反り返っている。
その中から見える爆発の光。
もう止まってる時間はない。僕は集合体を操り、尻尾を防具のように自分に巻き付けたあと、登りはじめた。
ぐわわっぁああぁしゃぁぁ
勢いで植物が舞う、集合体が飛んできたことに対する衝撃が伝播して、様々な場所から鈍い音が聞こえる。
一瞬であたりは何も見えなくなって。
ぞわぁぁああぁ
植物が這いまわることでなる音がもはや耳を抑えても聞こえてくるほどに大きくなって。
爆発も近くでいくつも同時に起こる。
モノの数秒でさっきの倍以上の植物が背中を這い上がってくる。
体にいくつもの衝撃がはしる。
メキャッと音を立て、砕ける僕を守っていた尻尾。
もう何が起こってるか分からない。ただ騒がしくて。
ヤバいそう思った時は遅かった。
ズンとしたものが右腕にのしかかったと思いきや、一気に右腕が軽くなって。
その数秒後、右肩から痛烈な痛みが、湧き上がってきて。
「あぁぁぁあ!」
僕は叫んでいた。それにもすぐに気づけなくて。
喉が引きちぎれそうな痛みが走るまで気づかなかった。
開いた口の中に何かが入って、暴れている。
そして、その数秒後、
ドォンッ
まるで大砲のような音。
まるで弾かれたような衝撃。たまたま幹に巻きつけていたからなんとか、助かったが…。
はっ、
次に顔をあげると、眼の前に視界は黒一色。
……違う。
黒が動く、端の方から白が現れて。
巨大な目玉だった。巨大な目玉はあたりを見渡すと、離れていった。瞼が現れて、その姿が現れる。
クジラだ。どんどんと離れていくクジラ。
その時見えた。クジラが数体空にいることに。
また近くまでクジラが近づいてきて、それだけで悶えるほどの轟音、風圧。
あたりの動きはより一層激しくなって。体の至る部分から痛烈な痛みがはしる。
どんどんと遠ざかっていく意識。
グジュッ
頭の中に響いた音。左目になにか飛び込んできた。
やばい……このままじゃ救えない。
その瞬間、何かが弾けた。
左目に入ったものを無理やり押し込んだ。
そして、体の中を這わせている『終わりの森』の『生命の樹』を繋いで。
僕はどうなってもいい。そのあたりに密集する生物と繋いで、無理やり自分の体を構築させる。
元の人間の形なんて意識する暇もなく、繋いでいき。
痛みが収まってくると、また集合体を操ってグラシアの元へと幹を登りだす。
痛烈な痛みが押し寄せてきては、あたりの植物を体に取り込んでは、痛みを押さえつける。
もうわけが分からなくて。
いつもと違う場所から遠い場所から痛みが湧き上がってくる。視界がおかしい。自分の姿がちらりと見える。どう考えても、目がいつもの場所にない。耳もおかしい。
そもそも手があるのか、足は何本ある。
ドゴァォン
爆発がどんどん大きくなっていく。
もうグラシアはすぐそこだ。
もう僕の体なんてそんな小さなこと気にするな。
僕は急いで集合体のいたるところで絡まり合っている植物を解いて。
幹にしっかりと巻きつける。
そして、集合体には備え付けていた『槍の木』を幹と垂直に打ち上げた。
作戦の合図だ。
どぐわぁぁぁん
植物の量で異様なほどの衝撃と、暴れるからこそ異様な衝撃がかけ合わさって、体がキリモミ回転、体の至るところが引きちぎれ、痛みが湧き上がってくる。
耐えろ。耐えろ。耐えろ。
バキッ、メキャッ
このあたりだけで、もう千種類近くの植物が暴れてるんじゃないか……。
どがががががぐわわあわぁぁ
もう様々な角度から、どれも簡単に僕のことなんて簡単に殺せるほどの質量が出す音が聞こえてくる。
ふわっ、
そんな時、感じた微かな浮遊感。
来た。
ドンドンと強くなっていく浮遊感。あたりにいた植物が浮いていく。
後ろを振り返った。この『暴食の樹』は地面と垂直に立っていたはずなのに、振り返ると、地面と空の境界線が見える。
さらに、空部分がどんどんと大きくなって。
それもそのはず、グラシアがいた樹が折れ、倒れようとしている。
エツィオ達がやってくれた。
考えるより先に僕は集合体を走らせた。
一気に爆発の中に飛び込んでいく。
はじめは、喉を焼き切るほどの熱気が襲いかかる。破裂音が耳をつんざく。
禄に守りもせずにグラシアのもとへと、一気に飛ぶ。
僕の脳裏にトニー博士の声が蘇った。
「一つ問題がある。白い繊維質でグラシアちゃんを探し当て、繋げるのに時間がかかってしまう。その時間を稼がないと」
そう言ってトニー博士が言ったのは、トニー博士、エツィオ、シーナが爆弾や、植物を使って、樹の根元から折るというものだった。
「その一瞬隙を使ってグラシアちゃんと繋がるんだ」
あまりにも無茶ぶりすぎる依頼だった。だが、それを否定できるわけがない。それしかないのだから。
ギギギギッ
太い幹が折れていく音が辺りに響き渡る。その大きさから醸し出される音は、この世の終わりを想像させるほど鈍くて大きくて。
走る。走る。走る。
どんどんと強くなっていく浮遊感。木が倒れる勢いもどんどん早まってきて。
その数十秒間、まるで時間が進まなくて、じれったくて。
そして、倒れ切る瞬間。僕は集合体を飛び上がらせた。
ばぁぁあぁん
砂煙で一瞬で見えなくなって。その後、数十秒はこの世から音がなくなったと思うほどの轟音が辺りに響き渡る。
そして、着地したその場所。もっとも強くエネルギーを感じる。すぐあたりでは、『増殖の樹』がいたるところで爆発していて。
すぐ目の前にグラシアがいる。
だがしかし、樹が倒れたことでよりグラシアは地面に近づいて。
どんどんと強くなっていくエネルギー、快感を超え、全身の細胞すべてが痛みを訴え始めた。
爆発もそれにしたがって、より間隔が短く、規模は大きくなっていく。
頭の中が真っ白になって、体中で硬くて大きい何かが暴れ回っている感覚。
「あっぁぁぁぁ」
叫び声で、喉が引きちぎれそうに痛い。その場で小刻みに痙攣しながらのたうち回る。
それは他の植物や動物も同じだ。皆がその押し寄せてくるエネルギーによってその場をのたうち回っていて。
……グラシアが……すぐ近くにいるんだ。
もはや無意識的にそう思って。
集合体の肩から転げ落ちる僕。
爆発の衝撃と熱が一気に強くなって。息が……。
でも、それより押し寄せてくる痛みの方が数十倍も強い。
目の前も定かではない。そんな中体を引きずるように進む。
もうちょっと……。
すぐそこの距離なのに全く近づけない。
バァァンッ
すぐ隣で爆発が起こって、皮膚がめくれ上がる。体の水分が蒸発してるのか、体の皮膚が縮こまって体の自由がきかない。
爆発の隙間からちらりと見える。
さっきまで悶えているだけだった他の植物や動物もすでに動きはぎこちないが、グラシアのもとへ進みだしていて。
このチャンスを逃せば。
もう埋め尽くされれば、僕はたどり着けない。
はやく。はやく。一歩一歩がもどかしくて。
その間にも迫ってくる木々と動物。どんどんと増えてきて。
ついた!
爆発の中、グラシアのもとに着いた僕。
木の幹に巻き付いた、『暴食の樹』の根元にいる。
急いで根の隙間から白い繊維質の糸を這わす。そして、グラシアを探る。
あたりの至る場所で爆発が起こっていて、その度に飛ばされた『増殖の樹』の種が視界の端に映って。
そんな中に飛び込んでくる木々達。
すぐ近くまで迫ってきている。
『終わりの森』の『生命の樹』を細かく操作しようとすると。神経を使う。全力でグラシアを探すことに意識を割きたい。
「くそっ」
もうめちゃめちゃに集合体を暴させる。自分に被弾するなんて気にする余裕はなかった。
どがぁぁんあぁぁん
いたるところで鈍い音が鳴り響き、砕けたなにかが皮膚に刺さる。
ドォォン
すぐそこで鈍い音が響き、肩に衝撃が走って。
すぐ目の前をなにかの影が通って。認識する余裕はない。
すぐ近くまで押し寄せてきている。
突然、影が差した。すぐ近くをクジラがゆらりと通り過ぎる。その風の勢いで吹き飛ばされそうになって。
タイムリミットはもう目の前まで迫っている。
「見つけた」
その時だった。確かな手応え、すぐに僕とグラシアの体を『終わりの森』の『生命の樹』で繋げた。
更に強いエネルギーが流れ込んできて。
瞬間、意識が飛びそうになって。
「守れ!」
薄れる意識の中、僕は叫んだような気がした。
………バァンッ
爆発音とともに目を覚ました。
やばいどれくらい意識が飛んでた?
そう振り返った瞬間、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
すべての植物が僕の周りを囲うようにして、爆発から守ってくれていた。
考えるより先に命令した。植物が一斉に動く。そして、グラシア巻き込んで成長する『暴食の樹』の根本を一斉に攻撃を始める。
ゴリゴリッ、
どんどんと根が削れていく。手当たり次第、植物を操り一点を狙って攻撃を仕掛ける。
頭に思い浮かべるだけで、植物が寸分違わない行動をしてくれる。
あたりのすべての植物が同じ目的のために根に向かい動く、寸分違わず統一感を持って。
そして、その中心地にいる僕。
もう訳が分からなくて。目まぐるしく変わる景色。
爆発だったり、動物、植物がグラシアを救おうと攻撃した余波で簡単に体が壊れる。腕が吹き飛んで、目が焼かれたのか見えなくなって。
そのたびにグラシアと繋がっていることで勘違いしたのか、そこにいる生物の『生命の樹』が僕の体の一部になって。
何かが僕の体を貫いて、体の骨をへし折って。すぐ目の前を巨大な植物が暴れ、根本を掘る。隙間から襲ってくる爆風。瞬間、前が見えなくなって。でも、すぐに直されて。
でも腕は完璧に修復されない。もう、人間の手じゃない。もはや木が肩から生えたような。
体の至る場所が、他の植物や動物の一部に変化していて。
理屈はわからない。あまりのエネルギーに『生命の樹』がバグっているのかもしれない。
もう訳が分からなくて。
でも、グラシアだけを救えればいい。グラシアのためなら僕はどうなってもいい。
あぁぁぁぁぁあぁあ。
もう音はうるさすぎて何も聞こえない。
その時、不意に見えた景色。
それはさっきまでの真逆の何も感じなくて、何も聞こえなくて、何も見えない。
何かよく分からない真っ暗にいた。それに何も動かせなくて、どこかふわふわとしていて。これに似た感覚を僕は知ってる。
誰かの記憶を体感している時で。……つまり、これはグラシアの記憶だ。
グラシアと繋がったことで、グラシアの記憶が流れ込ん出来ている。
でもなんで……。こんな真っ暗。
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
どんどんとグラシアの記憶に深く入り込んで行く感覚。
そこで分かった。いま、グラシアは空に浮いていることに。
僕を集合体と切り離すため、地面に接触し、今、『風船の樹』によって空に浮いている。
さらにグラシアに深く入り込んでいく僕。その時抱いている感情がわかって。
恐怖だった。
グラシアは怯えている。それもそのはず、グラシアは空にいるからこそ、なにも接触しておらず、あたりの状況が分からない。真っ暗闇で。音だけが聞こえる。
怖い。怖い。心臓はバクンバクンと脈を打ち、どれだけ息を吸っても、息苦しくて。体は恐怖で支配されていて。
僕を助けるために。グラシアはこの恐怖に耐えている。
どうして……そこまでして。
辞めてくれ……。僕なんて気にしないでくれ。
申し訳なく思った。僕が楽になるために自ら選んで、そのせいで、グラシアが苦しんでいる。
やめてくれ。
でも、グラシアはひたすらに我慢して。弱みも見せない。ひたすらギュッと拳を握って体の至る所を撫でて、自分の存在を確かめて。
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
「ルティ」
心の中の声が聞こえる。グラシアは、真っ暗で何も感じない中で、ひたすら僕の名前を呼び続けていて。
その度にもう諦めそうになった体に力が戻る。心が折れそうになるのを、押し付けて。
グラシアの脳内には日々の記憶が駆け巡っていた。
それら全ての記憶は僕の頭に流れ込んでくる。グラシアからみた日々の生活。
………どの記憶にも僕がいた。
それどころか、すべての記憶で僕が殆どを占めていた。
喜ぶときも、悲しむときも、嬉しいときも、グラシアの意識はすべて僕に向かっていて。
僕はずっと疑問に思っていた。どうして、グラシアはこんな世界を幸せに思ってるんだろうって。
根本が違う。グラシアはこの世界なんて意識を向けていない。ただ僕だけに意識を全て向けていた。
グラシアの世界は、僕が全てだった。
僕が笑えば何よりも幸福感で満たされて、僕が苦しそうなら何よりも苦しんで。僕の何気ない一言がグラシアにとっては世界を揺るがすもので。
グラシアは僕が全てだったんだ。
胸が潰れそうになった。それなのに僕は自分のことしか考えず、グラシアを傷つけようともした……。
涙があふれて、目の前が見えなくなった。
嫌だ。助けたい。このままグラシアを。やめろやめろ。グラシアをかえせ。
より植物が暴れる。
バキッ
空洞ができた。その中にちらりと見えた黒い糸。すぐにわかった。血で固まって黒くなっていたグラシアの毛だ。
「グラシアごめん」
そんな細かい調整なんてできない。グラシアの体が傷つくことを顧みずにその場に植物達で一斉攻撃する。
飛び散るグラシアの血、僕の血。でも、それと同じくらいに『生命の樹』が僕たちを回復させていく。
完璧に再生する前にまた新しくケガして。
そして、グラシアの体上半身が現れて。一瞬、ほっとしてしまった。一気に襲ってくる脱力感。
まだだ。
「ごめん」
再度言って、植物を操って、グラシアの下半身を切り落とし、上半身だけ引っこ抜いた。そして、グラシアを掴もうとした。
しかし、僕の腕はなくて。両腕ともない。まだ、僕の腕は人差し指なほどの大きさしか形成されてない。
「くそっ」
グラシアの体に自分の体を押しつけて、一体化させて。すぐに適当な植物を操って、僕とグラシアの体を空に投げた。
熱気、音がどんどん小さくなる。ひんやりとした風が僕らに容赦なく吹き付けて。
肩辺りに痛みが走った。根が張っていく感覚。膨らんでくる『風船の樹』。
エツィオがうまくやってくれたようだ
空に上がっていって、薄れていく意識。そんな中、なんとか地面を見る。
爆発も一気に収まって、植物達も争いをやめ始めて。すでに何処かへ向かいだそうとする動物もいた。
そこまで確認すると、体中の力がはいらなくなって。
アドレナリンも切れたのか、どんどんと体中に走る痛みが強くなり悶え、他のことを気にする余裕はなくなった。
しばらく悶えたまま、十分な高度を取って、枝に降りる。
その場にグラシアもろとも倒れた僕。動けなかった。周りに飛んでくる鳥。体が分裂し、死を迎える。鳥の体から分裂した『生命の樹』がグラシアの一部になろうとする。
しかし、なぜかその数は少ない。グラシアの体を治すほどには行かなくて。
もう考える頭も、動けるほど気力もない。
自分の体に這わせている白い繊維質の糸を解いた。
自分の体を形成している『生命の樹』をグラシアの回復に使おうと思った。
自分が生きようなんて、微塵も考えていなかった。
ただグラシアが生き残ればいい。
『生命の樹』が絡み合ってゆっくりとグラシアの体を作り上げていく。もどかしかった。早く早く。もう意識を失ってしまいそうで。グラシアの無事だけを確認したい。
ぴくっ、
グラシアの体が小刻みに震えて、
「う、ううん」
眠そうな声を出しながら、起き上がるグラシア。それを見れた瞬間、一気に安堵感で満たされる。何とか保ってきた意識の糸が切れた。
どんどん視界の端から黒くなっていって。どんどんと視界が狭くなって。
あぁ、消えるのかもな。
不意に思った。それは今までと違って、今の状況から自然と頭がそう思った。
でも、唐突に視界が狭くなるのが止まった。体に広がる優しい気持ちよさ。
見ると、グラシアが僕の体を抱きしめていて。頭を撫でようと思ったが、両腕がなくて。体を曲げて少しでもグラシアに体が触れるように沿わせて。愛おしくて。
それと同時に、強くなる申し訳なさ。これまでの僕は……。
「ごめん」
僕はそう言った。そう言うしかなかった。
「ルティ」
グラシアは僕に顔を擦りつける。多分僕の声は聞こえていない。僕を抱きしめることに夢中で。
いまだ、白い繊維質の糸によって繋がっている僕ら。
だから、グラシアの気持ちが。伝わってくる。
幸せに満たされていて。僕の体を抱きしめている。もう何処にも行かせないように。
また、目の前がぼやけて。なんて僕は最低だったんだろう。
「二人とも大丈夫か!」
エツィオの声が聞こえる。
ちらりと見ることしかできなかったが、足音で全員来てくれたのとを知った。
そして、近くで瓶が開く音が聞こえて、どんどんと痛みが取れていく。
なくなった至る部分が戻っていく。
そして、腕が回復しきれなかったが、ある程度の長さまで復活すると痛みなんて気にせず、グラシアを抱きしめ返した。
「ごめん。ありがとう」
それしか言葉が出てこなかった。
強く抱きしめて。
すると、グラシアの体が小刻みに震えだして、すぐにしゃくりを上げ始める。目頭の奥がまた熱くなって。
僕らは暫くの間抱きしめあっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「さぁ、研究所に戻ろう」
そういった博士、顔は引きつっていて。
多分そこにいる誰もが僕らのように感傷に浸れていなかった。
僕は大地に視線を向けた。
そこには積みあがった死体。
グラシアを一人救うために死んだ植物たち。もはや、その数は10万を優に超えるのが見て取れる。屍が地面を埋め尽くし、山のように盛り上がっていて。
どう表現していいか分からなくて。
ただ、もう足元は崩れきっていて、今にも落ちそうだというのが誰にでもわかる。
グラシアだけは幸せにする。
僕は覚悟を決めた。
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