第21話 バン博士

 どうして皆絶望しないんだろう。疑問だった。


 考える時間があればあるほど生きていく意味が見いだせない。そもそも、生きていく意味なんてないことに気づく。


 この世にあるものは全て理由だけだ。意味なんてない。


 それに気づいた瞬間、目標もなくなった、ただつまらない毎日を過ごしていくだけで。その頃の僕はすべてのモノがつまらなく見えた。


 地頭は良かったようで頭の回転も速かった。大学までは特別に勉強しなくても誰よりも賢くて、一番になれた。

 でもその頭の回転の速さが仇となった。どれものめりこむ前にやらない理由を見つけてしまって、本気で取り組む前に全て見切りをつけてしまう。


 なんでも予想できてしまう。自分の生きていく先も大体予想できてしまう。


 そして、大した期待も持たずに大学に進学しそこでトニーと出会った。


「この植物にこの薬品注入しているんだ。面白い反応を得られるんだと思うんだ」


 トニーは、慎重という言葉が最も似合わない性格だった。


 同じ研究室だったトニー。ファーストコンタクトは、植物に薬品を注入している時だった。それも貴重な植物で、大切に保管されていたはずの植物だった。


 その時の表情は多分一生忘れないと思う。全神経を実験の結果を確認するのに注ぎ込んでいた。そこに失敗や、その後に怒られるという邪念は一切ないのが伝わってきて。


 生まれて初めて、羨ましいと思った。ひとつのことに打ち込めるトニーが。


 後ほどばれて一週間、研究室に出入り禁止の大目玉を食らったトニー。


 のちに聞くと、トニーにも理由はあったようで、それまで別種だと思われていた植物同士が近縁種である証明をできるのではないかという考えのもとだったそうで。

 結局、その予想は外れていた。しかし、どんな思考回路をしていれば、思いつくんだという着眼視点で、それ以降もトニーが出すアイディアはいつも斬新だった。


 確かに失敗も多い。が、どうなるか予想がつかなかった。面白いかもつまらないかも予想がつかなかった。


 心が躍った。何事も先に見切れてしまう。人生すらもつまらないものだと見切っていた。

 だからこそ、その新鮮さと、楽しさは際立ったものになった。


 トニーについていけば、新鮮で、楽しいものを見せてくれる。

 そこから数年の間にそれは確信に変わっていった。


 どこに行ってもトニーは一番で、突拍子がなくて、天才だった。

 トニーは異様なほどの速度でその名を世に知らしめ、天才だともてはやされた。


「バンにしか頼めないんだよ」


 大学を卒業して、数年経ったとき、そうトニーに声を掛けられた。大学を卒業後は、トニーは国の研究機関に属していて、僕は医療機関に属し、進路は分かれていた。


 同僚など先輩などから止められた。何か危ないことをしている。怪しい研究を行っている。前任者がやばいと噂があるなど、様々な人からうわさ話を毎日いやというほど聞いた。退職の申し出をした際も二時間にわたる説得を受けた。


 しかし、迷わなかった。


 気にならなかった。


 何が起こるか予測がつかないんだ。これ以上、心が躍ることはあるだろうか。毎日同じようなことをして、感情の浮き沈みなく、ただ時間だけが溶けていく日々に飽き飽きしていた。


 この時に思った。他人の言うことなんてあてにならないって。

 僕と考え方の根本が違う。

 

 みんなこの世界の下地は幸せなもので出来ていると思っている。神様のような超常現象的なもので、人間が幸せになるように作ってくれている。

 普通に生きれば幸せに生きれるって。その上で話をしてくる。


 みんな馬鹿だ。


 この世界の下地は幸せなんかで出来ていない。この世界の根幹にあるものはもっと残酷なものだ。

 この世界は普通に生きていても幸せになるように出来てない。そして、ひどくつまらない。


 どうしてみんなは絶望していないんだろう。こんな満たされていて、味のない世界。

 少しでも向き合えば分かるはずなのに。


 だからこそ、予測がつかなくて、何が起こるか分からなくて、新鮮で、だから心が躍る。


 だから、どれだけ説得されても無駄だた思った。聞く意味すらない。

 そして、私は研究施設に入り、ルティやグラシア、『生命の樹』に出会った。


 新たな可能性だった。世界の根底からひっくり返せるほどのポテンシャルを持っている。

 一切、予測がつかなかった。僕ですら恐怖を抱いてしまうほど。


 その中で、植物でも人間でもあるルティ。僕は君が新たな生き方になると思った。

 誰よりもこの世界に絶望していて。僕は傷に塩水を塗るかのように、自分の世界の絶望を君に語り続けた。びっくりするほどに君は真摯に聞き入れてくれた。


 君がどう受け止めるのか、どう乗り越えるのか気になった。


 そんな日々の中で不意に気づいた。


 いままで付き合ってきた人たちは二種類のタイプしかいなかったことに。

 トニーのような僕の前に立って突き進んでくれるタイプか、そもそも相いれないと見限ってきたタイプ。


 ルティは新しいタイプだった。僕の隣にいて、気が合うタイプ。

 話すのが楽しいと初めて思った。

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