第20話 集合体


 目の前に、植物が絡りあった肌が見えた。

 目と鼻の先に人間の形をした植物がいて。


 その頭から出る白い繊維質の糸が僕の頭に繋がっていた。快感が頭から流れ込んでくる。だから、記憶が流れ込んできた。つまりこの人は僕の視点となったあのガベト族なんだろう。

 

 あれほど残虐な行為を行ったガベト族がすぐ目の前にいる。でも、目の前にいるガベト族はもはや像だ。


 ただただ救われなかった。生きる気力がなくなるほどに。人の持つ残虐性を目の当たりにして。


 そんなことを思っているうちに、自分の意識とは無関係に動き出す僕の体。もはや、僕ではないか。僕はもう単一の物ではなくなっている。


 自分で集合体と完全に同化しているのが分かる。徐々に自分という枠組みがなくなっていく。


 僕の体が一部となっている部分は既にガベト族からエネルギーを補給することが出来たのだろう。ゆっくりと森の中心部へと戻っていく。


 中心部には、『終わりの森』の中で特に目立って大きく成長した『暴食の樹』がそびえ立っている。それは他の木より二回り三回り大きくて。


 基本的に集合体の植物達はこの樹の周りに基本集まっている。だから、他の場所より圧倒的に量が多くなるわけで。


 中心部はそれは壮大な景色だった。

 特に大きく成長した『暴食の樹』を中心にして、らせん状に回転する集合体と化した植物達。

 それは、途方のないほど大きくて、まるで、全貌を想像できない。ずっと地面がうねる様な音が鳴り響いている。


 自分が全く考えていないのに、勝手に動く。すでに体は僕の物ではなくなった。


 一方、意識がなくなることはなかった。思考が流れ出していくような。考えたことが頭の中から大海原に向かって流れ出し行くような感覚。

 だから、吟味する前に思考が流れ出していく。昔は少しして考え直すこともあった、しかし、今では考え直す前に全て流れ出してしまう。それの歯止めをかける方法も分からない。


 一度渡り鳥の群れが飛んできた。ここは渡り鳥のルートらしく、『終わりの森』の木に止まり休息しているようだった。


 その時、思った。植物だけでなく動物を集合体に取り込むのは無理なのかって。僕の『生命の樹』があれば可能なんじゃないか。

 

 それは、思いつき程度だった。そう動こうと思ったわけじゃない。

 でも、気づくと白い繊維質の糸、『終わりの森』の『生命の樹』は動き出し、渡り鳥に融合していく。

 僕の予想通り、融合できた。


 つまり、それは人間も集合体と融合させることが可能だという証明で。


 その頃の僕は、過去の凄惨な景色をひたすらに見続けていた。

 人間の持つ残酷さに絶望を覚えていた。


 その結果疑問を覚えた。


 シーナの言葉を思い出す。はたから見れば綺麗にそろったパズルだけど、近くで見ればいびつさに気づく。結局個と個完璧に交わることなんてできない。

 その結果、苦しむ人たちが出てくる。

 脳裏によぎった。クジラの件でケガをし、治療した人たちを。ガベト族に惨殺された人たちを。


 でも、集合体は完璧な調和が広がっている。


 進化し、繁栄した結果がこれなんだ。皆進化して虚構に苦しめられている。そもそも奴隷なんて身分も虚構で、お金も虚構で。


 でも、この集合体に進化や繁栄なんて概念すらない。ただ全て単一の生物になる。

 

 それは思いつき程度だった。対した覚悟も、思いもない。しかし、その思考すら流れでていく。


 ゴゴゴゴッ、


 唸り声をあげる地面。


 バキバキ、


 中心部が蠢きだす。それは伝播するように集合体全体に広がっていく。


 それは思いつき程度だった。ただ気になって。大した覚悟も、思いもその背景にはない。だからこそ、強く否定することもない。

 思いつきだからこそ、ひたすらぼんやりと考え続けて、その思考が広がっていく。


 蠢きだす。集合体。


 ゆっくりと動き出す集合体。なぎ倒されていく『暴食の樹』。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 それは、『終わりの森』付近にそびえ立つ居住区と利用されている『暴食の樹』の最上部だった。


 この最上部にある街は貧困で苦しんでいた。


 ほかの居住区として利用される『暴食の樹』から全てから離れてことで、どうしても流入してくる物資が少ない。

 昔は『終わりの森』を調査するため、多くの研究員が来る機会があり、物資も豊富だった。しかし、無駄に多くの人が命を失ったことで打ち切られたころから貧困が始まった。


 もともと農業する十分な土地もないことから十分な食料すらない。


 日々たくさんの人が当たり前のように死んでいく。それはどれもがお金があれば解決する死因ばかりで。


「なんだあれ」


 住人の一人が『終わりの森』の方を指さしそう言った。


 『終わりの森』一帯が白い塊で覆われており、地上の様子が見えないのだ。


 まるで、雲のような見た目、それも入道雲のような大きな白い塊が 『終わりの森』を覆っている。


「えっ、こっちに近づいてきてる?」


 住人の一人が異変に気付いた。

 どんどんと地上を覆う範囲が広くなる白い塊。それは広がっているのではなく、近づいてきていることにしばらくして気づいた。

 近づいてくることで、白い塊は白い小さな物体が集まりであることが分かる。

 その小さな物体とは、鳥だった。


 見たことのない量の鳥の大群が押し寄せてきているのだ。そして、その鳥の全てには『終わりの森』から白い繊維質の糸で繋がれていて。


 何か嫌な気がしたのだろう。気づいた人は街の中心に向かって逃げ出した。しかし、もう遅かった。


 鳥がたどり着いた。町一つを優に覆い隠せるほどの量だった。

 街が鳥で覆いつくされた。


 パリンッ、


 ガラスの割れる音。


 ぱきっ


 建物の木材が折れる音。


 ビュンッ、バサバサ、


 すぐ耳元でする鳥の羽ばたく音と、通り過ぎる音。


 すぐに辺りは鳥でいっぱいになって、あたりは見えなくなった。体の至る所で鳥の羽がぶつかる。顔を腕で隠しながら歩く人々。


 ある男もその中を鳥を掻き分けるように片腕を振りながら進んでいた。


 ビュンッ、


 そんな音が耳元で聞こえた。


 頬に痛みが走る。嘴で頬を掠め切られたことに気づく余裕もなく。肩で頬を抑えながら身をかがめて歩く男。


 その数秒後、違和感に気づいた。肩で頬を抑えているはずなのに、頬が何やらまさぐられて異様な感覚を覚えた。頬から体の中に細かい何か、根のようなものが入ってくるような。


 傷口を指先で撫でる。傷口辺りをうねる細い糸。


 男は今までに味わったことのない感覚に慌てたのか、走り出した。その時誰かにぶつかり、そのまま二人とも倒れこんだ。


 すぐに立ち上がって逃げようとしたが、立ち上がれずに倒れこむ。頬がその人の体から離れない。


 びゅっ

 

 二人の体は鳥のくちばしによって傷をつけられていく。そして、白い繊維質がゆっくりと傷口から体の中にどんどんと侵食していく。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~’

「町に住んでいた住人は全員消えた」


 エツィオがまっすぐ見つめたまま言う。


「もう軍も黙っていませんよ。間違いなく動き出します。それでもバン博士は何もしないんですか?」


 語気を強めたエツィオ。


「…………うん。自然の成り行きにまかせるよ」


 僕はそのエツィオの視線を避けるようにそっぽを向き、自分でも分かるほどにか細い声で答えた。 


 それを聞いた瞬間、エツィオはすぐに立ち上がり、


「もういいです」


 それだけ言って部屋を後にした。


 一気に静まり返った部屋。静かな環境は好きだったはずなのに、今日はその静けさが苦しく感じた。


「これが君の望むことなんだよね……」


 椅子の背に全体重をかけて、天井を見上げた。


 ルティが望むことは、すなわち新たな可能性である。その彼が決めたことなんだ。

 周りの意見に流されたら駄目だ。周りは結局、周りに流されている。虚構に縛られている。


 答えは出ているのに……。胸の内にある靄がずっと晴れない。

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