第19話 過去の記憶

 意識が混濁している。

 それとは、ちょっと違う感覚がする。

 

 言葉にするのは難しいが、自分の頭に浮かんだことが水のように漏れ出しているような感覚。

 

 だから何を考えても、次第にぼやけていく。

 何を考えても、僕の心を掻き乱すことなく、流れ出して薄まっていく。


 自分の存在すらぼやけているように感じる。


 その状態はひどく心地よかった。永遠と続く安寧。 


 不意に映像が流れ込んで来た。

 僕には見たこともなくて、そして自分の思い通りに動けない。しばらくして、他人の記憶だというのがわかった。


 クリアになっていく映像。


 そこは街のようだった。建物は全て木造で作られている。不思議なことに、木を切り落としてではなく、家の形に木が成長しているのだ。街で歩く人たちも植物に体を支えられていたり、荷物を持たしていたり、服のように植物や花を纏わせていたり、植物に乗って移動していたり。


 どうやら、ガベト族の街のような場所だ。おそらく僕が見ているのはガベト族の記憶だ。


 そして、街の上空に広がる植物。隙間は多いものの、街全体をドームで囲うように広がっているようで

隙間から光が差し込んでいる。

 まるで要塞だ。

 

 そんな時、鈍い音が辺りに響く。腹の奥にまでビリビリと響く振動。


 途端に、あたりのガベト族は街の外側に向かって走り出す。僕が記憶を覗くガベト族も街の外に向かって走り出す。


 そして、端にたどり着いた。街をドームのように囲う植物がすぐ目の前にあって、巣の隙間から街の外が見える。

 まず目に入ったのは街のすぐ外にある大きな堀だった。

 

 今と違って、昔だから地上にいるのは、当たり前だが、僕はここは大地なんだと実感させられて。


 堀の底にはなにか蠢いているのが見える。ちらりと見える表面から植物だということは分かる。


 そして、その堀の奥側、丘のように盛り上がった地形のその頂上部分では、溢れんばかりの人が立っていた。どの人たちにも、その体には苗木が植え付けられていて。


「特攻だぁ! 通すなぁ!」


 誰かがそう叫んだ。


 ゴゴゴォォ、


 堀の中の植物の動きが激しくなって、そして一気に飛び出した。

 それだけじゃない。地面に潜っていたのだろう。地面の下から食い破るように飛び出してきた植物。


 飛び出した植物が丘の一斉に頂上に向かう。それが合図だった。


「いけぇぇぇぇ」


 丘の頂上にいる人たちが叫び声を上げた。


「おおおおぉぉぉぉぉ!」


 その雄たけびとともに、人たちは丘を駆け降り、こちらに向かって走ってくる。

 足音と叫び声は混ざり合って、まるで地鳴りかのような揺れと激音を生み出す。


「一匹たりとも通すなぁぁ!」


 こちらも怒声が混じった声が至る所で上がって。


 植物が暴れる。


 ひどく気持ち悪かった。ここまで肉強食が人間に適用された光景を初めて見た。


 なすべき方法もなく虐殺されていく人たち。驚くほど簡単に吹き飛ばされ、壊されていく、殺されていく。

 その力量は圧倒的だった。まるで飛び回る虫を殺すように簡単に殺されていく。


「姿が似ているだけの下等生物が!」


 そんな言葉が耳に入った。


 目に入ったのはガベト族の子供だった。グラシアと変わらない。宿っていたのは憎悪、嘲りが混ざった残忍な目だった。


 街の外側ではすでに、夥しいほどの骸が転がっていて。地面は血で真っ赤に染まっていた。

 見たくないのに、目を離せない。


 塀の向こう側にいる今惨殺されている人たちはみな、恐怖の表情を浮かべていて。悲鳴を上げながらも、動きを止めずにこちらに走る。


 そのまま虐殺は続くと思われた。


 しかし、状況は徐々に向こう側に偏ってくる。

 どれだけ殺しても、第二陣、第三陣と続けて突撃してくる。徐々に間をすり抜けてこちら側にたどり着く人が増え始めた。


「離れろ! 町の中心部へ!」


 誰かが叫んだ。その声を皮切りにあたりにいるガベト族は逃げ出した。それに釣られるように僕の視点になっているガベト族も逃げ出す。


 何度も振り返りながら逃げる。


 柵にたどり着いた人間。その体に植え付けられている苗木は一気に成長を始める。


 ガベト族が集まっていることでそのエネルギーを享受したのだ。


 一気に成長するその姿は『暴食の樹』だ。

 苗木を植え付けられていた人はその重みに耐えられず、体が潰される。


 聞き覚えがある。

 人間に植物の苗木を植え付け、特攻させ、ガベト族を襲わせていたことに。

 それも……。


 バキバキグァキ


 『暴食の樹』の成長に逆らえるわけもなく、ドームのように街を覆っていた木々は折られていく。

 そして、斜めに伸びた『暴食の樹』。まるで、街の中心部へと伸びる橋のように成長していく。


 その『暴食の樹』を伝って街の中に人間たち入ってくる。


 ガベト族側もその人間を殺すが量に負ける。そして、街にも人間が入り込み、あたりで戦いが始まった。


 人がガベト族に抱きつく。人の体に植え付けられた植物が成長することでガベト族は巻き込まれて殺されるものや、

そもそも、ガベト族のもとへたどり着かず、成長してしまった植物に殺される人間。


 あたりは一瞬で地獄絵図になった。


 そして、そこで記憶が途絶えた。


 次に目を覚ました時には、あたりは変貌を遂げていた。

 あたりは森のような場所に変貌していた。


 木の生え方が異常だった。縦に生えていない、斜めに生えているモノや、逆向きに生え、違う木に体を支えられているモノ。そこにある木は、空に向かって真っすぐ生える木があることの方が珍しかった。


 見覚えがある。『終わりの森』だ。

 でもまだ、至る所に街の痕跡が残っていて。粉砕された街の痕跡が。


 僕の視点となっているガベト族は立ち上がろうとしたがすぐに倒れる。


 見ると、左足がなくなっていて。


 ガベト族は植物をその足に巻き付け、そして足の形のような形を作り、よたよたと立ち上がる。


 そんな時だった。足音が聞こえる。少し離れた木の陰から現れる人間。肩には苗木が植え付けられていて。

 ぼろぼろの服。服の隙間から骨が浮き出るほどに細い体見える。そして、その手首と、手足にははっきりと高速器具がつけられている跡が残っていて。

 その人の額には刺青がいられてあった。

 奴隷の証だ。

 

 聞いたことがあった。

 人間に植物の苗木を植え付け、特攻させ、ガベト族を襲わせていたことに。

 その役は全て奴隷や、貧しいものに押し付けられたと。


 

 目が合った。その人が初めに浮かべた表情は恐怖だった。


メキッメキッ、


 その時、その人のすぐ近くの地面が盛り上がって、太い幹が現れた。そして、右足を掴んで、そのまま近くの木に思いっきりぶつけて。体が粉砕した。


 その時のガベト族の感情が流れ込んでくる。確信した。人を虫程度にしか思ってない。一切の罪悪感はなく、煩わしさが晴れただけで。

 

 その瞬間、また記憶が途切れる。森の外にいた。


 それは様々な植物の集合体だった。15m以上の大きさ。見た目は巨大な人間の見た目をした集合体二体とその後ろには一体の巨大な犬のような見た目をした集合体がこちらに向かって歩いてきていた。


 その集合体の頭からは大量の白い繊維の糸が生えていて、それが一番うしろにいる集合体の肩向かって伸びて、集まっていた。

 白い繊維質が集まる先に小さいもの。それが人間の形に見えたところで記憶は途切れた。

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