第18話 思惑
「おそらくルティの『生命の樹』の変質のしやすさが集合体全体に広がっていっている」
そう僕は資料を見ながら言った。
ギリッと唇を噛みしめた。
……ルティ。
脳裏には、研究室の鏡に映った自分をぼんやりと見つめるルティの姿が蘇る。
うす暗い部屋。小さな光がともっているだけ。小さな光に照らされぼんやりと映るトニー。
「バンどうしたの? 続けて」
トニーに続きを促されて話し始める。
「集合体全体に変質しやすさが広がっているだけじゃない。最近では野生の動物まで集合体に融合している」
いつ人を融合し始めてもおかしくない
僕は資料を捲りながら思った。
「さっき、ルティの『生命の樹』のもつ変質のしやすさが広がっているって言っただろ。そのおかげで、集合体としてより単一の生命体に近づいていっている。どの箇所でも強く一体化が進み始めていて、植物同士の区切りが分からなくなっている」
そう言って資料をめくる。そこにはいくつか写真が貼ってあって。
トニーはその資料を捲りながら、どんどんと目を輝かせる。
「……まるで人になろうとしているように見えるね」
うわずった声でいったトニー。
これを見てくれと言って、僕は写真を机に置く。
「特に一体化を強く行っている箇所の写真だ。一体化しあい、まるで人の手のように……。それだけじゃない。この木を見てくれまるで骨みたいに見えないか……?」
植物が絡み合って、新たな人間になろうとしているのかもしれない。
もしそこに意識が芽生えてしまえば……。
そこまで考えると、訳が分からない気持ち悪さがこみあげてきて。
でも、トニーはいつも通り。それどころかどこかテンションが高い様子で、
「すごいじゃん」
そう言って、身を乗り出して写真を舐めまわすように眺めた。
「……すごいって」
「すごく面白い。そうだろ?」
僕の声を遮って、興奮気味の声でトニーは同意を求めてくる。
「どうしたんだい? 君が何よりも好きなことじゃないか。新たな生命の形になるかもしれない。新たな可能性だ」
そう言われると……。
「……うん……まぁ、そうなんだけど……」
視線を逸らしながら答える僕。僕の心境が声にも表れていたんだろう。
トニーは僕の顔を覗き込んで、
「ルティ君のことが心配なのかな」
僕は小さくうなずいた。
「見つかっていないみたいだね」
「うん。初めの方はルティの姿は確認できていたんだ。でも、どんどんと集合体との一体化が進むにつれどこにいるか分からなくなって」
「グラシアちゃんは?」
「グラシアはどの辺りにいるかは分かるみたいだけど。それだけで……」
「ふ~ん」
そう言って顎に手をやるトニー。
「バンは助けたいのかい?」
トニー博士と唐突に予想もしていなかった質問を投げかけてきた。
「えっ?」
「だから、バンはルティ君を助けたいのかい? あれは新たな可能性だと僕は思うんだけど」
どこか僕を試すような雰囲気を感じ取った。
僕はすぐに答えられなかった。それどころか考えれば考えるほどどんどんと分からなくなってしまって。
「トニーはどう思う?」
と言った後、我慢できなくなった。トニーの回答を待たずに自分の頭にあるものを口から吐き出す。
「彼が選んだ。僕が助けることはそれを否定する行為だ。そして、それはこれからの新たな人の生き方すら否定する行為になるのかもしれない。そう考えると僕はどうしていいかわからなくて……。だから、トニーはどう思う?」
……君が言えば、何が正しいかわかる。僕は次のトニーの言葉に期待して。
「迷ってるみたいだね。大学時代の君なら間違いなく喜ぶだけだったのに……愛情が湧いたのかな?」
トニーは明言しなかった。でも、その背景にはトニーの考えが透けて見えて。
「……そうだね」
「救い出すべきでないよ」
トニーははっきりと、当たり前のように答えた。
「聡明な君なら分かっているだろう。新しい可能性に従うべきだ。君の個人的な感想でこの進化を止めてはいけない。それは君が毛嫌いする上の連中と同じことだよ。その時の恐怖で、いたずらに止めることができない流れを止めようとする。でも、無意味だ。一度始まった流れは止まらない」
トニーは立ち上がって僕の隣に歩いてきて、
「なりゆきに任せるのが一番だよ」
優しく頬を撫でるような声色で囁くトニー。
「……そうだね。そうだよね」
僕はそう言って頷く。そうだ。トニーが言ってるんだ。間違いがない。
それを見て満足そうにうなずくトニー。
「次は僕からもいいかい? 回収した人の形をした植物の正体はやっぱりガベト族だったみたいだね」
「あぁ、エツィオが回収してくれた。今、第三研究所に収容している」
トニーは勢いよく立ち上がると、
「見に行こう」
そう目を爛々と輝かせた。
その後、第三研究所へ移動した僕とトニー。トニーは気軽にスキップをして進んで、それを見て思わず笑ってしまう。昔を思い出した。
「昔から変わらないね」
「そりゃぁ、楽しみでしかないよ」
そんな会話をしながら、第三研究所に入った。そこには先客がいた。
「……エツィオ」
そこにいたのはエツィオだった。何かしらデータを取っていたようで。しかし、僕の顔見ると同時に顔を背け、そのまま部屋を後にした。
脳裏に蘇る怒声。
「どうしてですか? どうしてルティを助けるって言ってくれないんですか?」
そう突っかかってくるエツィオの後ろには、ユズキがどこか怒っているようで、悲しんでいるようで。
ついさっき軽くなった胸にまた重苦しいものが乗っかかってきて。
視線は無意識に離れていくエツィオに向かっていて。そんな僕の肩にポンと手を置いたトニー。
「バンは自分のすべきと思ったことをすればいいんだよ。さぁ、一緒に研究しよう」
僕とは対照的に満面の笑みを浮かべるトニー。
人によっては少し度が過ぎていると思うのではないかというほど。
けど、この迷いのない、一本の芯があるのがトニーらしい。
「……うん」
その声を聞くと、不思議と安心してくる。学生時代を思い出して、思わず頬が緩む。
僕は資料をめくって、
「さっきも言ったけど、やはりガベト族で間違いない。大地エネルギーを増幅しているのが確認された。それと、トニーが気になってたこのガベト族についてだけど。やはり意識はないみたいだ。そこまで完璧に脳を構成できていない」
「まぁ、その言い方だとある程度は機能しているということだね。記憶とかあるのかな」
トニーは厳重に囲われたケースの中にいるガベト族を見上げながら尋ねた。
「そこまで詳しいことは今の医療では分からないね。もちろん可能性はあるとしか言いようがない」
「……死ぬ寸前の記憶とかね」
ぽつりと呟くトニー。
「どういう意味だい?」
「いや、僕たちは変革の時に立ち会わせてるんだなってね」
そう言うトニーの声は興奮で少し震えていた。
でも、同時に見たことのない感情が一瞬見えた気がして。
背筋に冷たいものを感じた。
しかし、
「大学時代を思い出すね」
トニーの一言でそんなものは吹き飛んだ。
懐かしい日々が脳裏によぎる。
やっぱり、トニーも思っていたのか。
「……あぁ」
僕の顔が緩んでいくのが自分で分かった。
「素晴らしい日々だったよ」
トニーがそう言って笑った。
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