第16話 集合体の調査

 僕はぼんやりと天井を眺め、レコードから流れる音に意識を集中させていた。今日も相変わらず『歓喜の歌」を聞いていて。


「この曲よく聞く」


 僕が組んだ胡坐の上にちょこんと座るグラシア。

 

「僕が好きなんだ」


 そう答えると、興味を持ったのか、レコードに近づいて聞き出したグラシア。よく聞きたいのか、耳を押し付けて


「耳が悪くなるよ」


 その必死に聞こうとする態度が可愛くて、思わず吹いてしまう僕。

 

「……グラシアであれば。環境を作り出す側にさえなれるだろうね」

 不意に博士の言葉が蘇った。顔が強張ったのが自分でも分かった。


 『生命の樹』が本格的に環境を根底から変えようとしている。そして、その『生命の樹』も植物で。植物相手に絶大な影響を及ぼせるグラシア。


 グラシアはすぐそばにいる。でも、どこか遠くにいるような気がして。

 クジラの件から、グラシアがどんどん一人になっていく気がする。


 グラシアは集合体のことを知ればどう思うのだろうか? あの人間の形をした植物が本当にガベト族だった時、グラシアは? 集合体がこのまま繁栄し続ければ、グラシアとどのような関係性になるのだろうか? 

 

 疑問がまた新たな疑問を引き連れてくる。すぐに、頭はクエスチョンマークで一杯になって。

 しばらくの間、グラシアの背中を眺めていて。


 そんな時、不意に気づいた。

 見知った虚無感が自分の体の中にないことに。


 少し考えて分かった。

 集合体によって、生き方を根本から変えてしまう。夢でも思いつかないそんなバカげた空想事が今現実味を帯びだしている。


 その事実が虚無感を紛らわしてくれている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 眼下にある『終わりの森』がどんどんと近くなっていく。


 今、僕とエツィオとシーナは蔦に捕まり、ゆっくりと『終わりの森』へと向かっていた。


 揺れるたび、服に取り付けられた瓶がコツンコツンとぶつかって、僕は心配になって瓶を確認した。

 どこもヒビは入っておらず、その中に入っている苗木も変わった様子がない。


 瓶の中で蠢いていたり、奇妙な形の葉を持っていたり、何もついてない無骨な幹だけのものだったり、様々な苗木が入っている。


「大丈夫だよ。そんなやわな瓶じゃない」


 軽く笑いながら言うエツィオ。それでもその表情はどこか厳しい。


 今向かっている場所を考えると当たり前だろう。いくら防御策を講じたところで、恐怖は晴れない。


 その点、シーナはいつも通りの様子で。ぼんやり『終わりの森』を見つめている。


 僕らが調査者に選ばれたのは、体の大半が『生命の樹』でできているから生存率が高いという理由で、トニー博士から指名があったのだ。


 エツィオもシーナも幾たびの手術で体の半分以上は『生命の樹』で作られている。


 『終わりの森』に鬱蒼と生える『暴食の樹』の一本に降り立った僕ら。快感が押し寄せてくる。

 グラシアが放つエネルギーと酷似している。


 不意に僕はもう一度作戦内容について振り返っていた。


「今回の調査の目的はまずはあの『ガベト族』と思われる人間の形をした植物の調査だ。本当にガベト族なのか、そして、彼らに意識はあるのか」


 博士の声が脳で再現される。調査に当たって、まず、不確定要素から解消していく。


「今は調査中だけど、『終わりの森』の『生命の樹』では人間の脳ほど複雑なものに変質出来るとは思えないんだよね。それに、まだおかしいことがある。どうして何十年も動きがなかったのかがおかしい。ただ植物たちのエネルギー源となる生活を続けているって考えられない」


 エツィオは首をひねって。


「ですが、襲ってきたんですよ? なにか意志があると思うしか」


「そうだね。だから、余計にわからないんだ。あの後、幾度も人を派遣して観察しているが襲ってくる気配すらない。……たまたまなのか、……他に、考えうる可能性としては、グラシアがいたからっていう考え方もある」


「少なくともここで話してても答えは出なさそうですね」


「まぁ、そうだね……」


 そう同意をする博士。どこかもうすでに疲れている様子で。


「とにかく、調べるにはまずあの生命体だ。そこを解消しないと」


 博士が神妙な面持ちでそう言った。


 ゴウッ


 強い風が襲って、僕は思わず目を細めた。同時に我に返った。眼下に広がる『終わりの森』。木々の隙間からちらりと巨体が地面を這っているのが見える。


「じゃあ行くか」


 エツィオが言った。


 その声をともに僕とエツィオとシーナは三手に別れて進んでいく。

 

 観察を続けることによって、人間の形をした植物の行動は完璧に把握できた。

 毎日、ぴったり同じ時間帯、全く同じ場所を歩く。

 それの捕獲が今回の目的だ。


 そして、三手に別れる理由は、それも幾度となく行われた実験によって最も効率がいいと判断したからだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「頼むよ。グラシア」


 その博士の声とともに、グラシアはコントロール下に置いた木を4本、隊列を組ませ、『終わりの森』に向かって進ませる。グループの中で2本ずつ二手に別れさせた。


 すると、森の中から現れる数本の木。その木は全て白い繊維質のような糸、『終わりの森』の『生命の樹』が至る所に融合していて。森から現れた木はグラシアの操る木に近づいていく。


「よしっ、お願いグラシア」


 博士がそう言うとともに、グラシアは片方のグループの木を暴れさせた。森の中から現れた木に向かって攻撃を仕掛けたのだ。


 途端に、森の中からさらに数本の木が現れ、暴れさせている木を押さえつける。

 グラシアの命令通りに暴れていた木、しかし、突然暴れなくなった。その体に無数の『生命の樹』がついている


 首を振るグラシア。


 一方、暴れさせていない方の木に関しては、丁重に受け入れらているようで。ゆっくりと『生命の樹』が体と融合していって。


「まだ操れる?」


 そう尋ねる博士。首を振るグラシア。


 もうその後も何度も実験を重ね出した結果。


 ・三人で動けば、まとめて取り込まれる可能性があること。

 ・暴れなければ取り込まれるまで時間に余裕があること。

 

 時間に余裕があれば、その間に、持ってきている苗木を使うか、もしくは、グラシアの援護があれば、一人でも逃げ切れる。


 以上の理由に、さらに効率を考慮に入れ、三人で別れることになったのだ。トニー博士の作戦だった。


 エツィオ達と別れて歩き出した僕。辺りを見て不思議な気分になる。


 太陽に向かって伸びる木が珍しいのだ。ほとんどが、異常な角度で生えている。根が他の木の幹に生えている。違和感がすごい。


 歩いているだけで平衡感覚が狂ってくる。

 少なくとも、いつも過ごす世界と同じと思えない。まるで別の世界に来たような。

 

 すぐ目の前まで危険が迫ってきていると頭で分かっている。しかし、今僕がいる所はまだ高い位置で、目に入る植物は遥か下だからこそ平穏だった。

 そうすると、いつもより気が抜ける。頭でわかっていても、油断してしまう。この平穏がずっと続くような気すらして。


 ずりっ


 後ろから物音がした。それもすぐ近くから。


 心臓が跳ねた。まずい。慌てて振り返る僕。そこには尻餅をついているシーナが。


「……大丈夫?」


「すいません」


 そう真顔で言って立ち上がるシーナ。


「どうしたの?」


 シーナとはちょうど反対側に別れたはずで。


「たまたま歩いてたら目に入ったんで」


 シーナはあたりを見渡しながらそう言って。


「……えっ」


 そんなことあるわけない。真反対側に別れたはずなのに。なぜわざわざ僕のところまで戻ってきたんだ。

 明らかに怪しい。それに僕が怪しんでいることはシーナも分かっているだろう。なのに、弁解一つしない。


「ありえないだろ」


 僕は後ろにじりじりと下がる。そして、次に出てくる言葉に全神経を集中させた。その回答次第では……。

 しかし、


「まぁ、そうですね。今考えるとさすがに無理がありますね」

 

 そう当然のように言ったシーナ。


「えっ」


 あまりにもあっさりと認めるもので、肩透かしを食らってしまった。

 シーナはいつも通りで、自然体で。

 それどころか……


「トニー博士に頼まれたんですよね。ルティさんをあそこに落としてほしいって」


 そういって、視線を大地を這いつくばる集合体に向けて。

 自ら目的を披露したシーナ。


 頭の整理が追い付かない。言葉の意味を理解するのに時間が掛かる。そして、今度は意味を理解すると、今のシーナの態度とあまりにも乖離していて一層混乱する。


 その時だった。


 ガリガリガリッ


 鈍い音が後ろから鳴り響いた。本能で危険を察知する。僕は振り返った。地面から振動が伝わってきて。僕らのいる『暴食の樹』を駆け上がってくる木。体中に『終わりの森』の『生命の樹』。集合体の一部だ。

 その木の体表は鋭い突起物が無数についていて、這うだけで木の表面を削っていく。何よりもそのスピードがおかしい。もうすぐ近くまで近寄ってきていて。



 タンッ


 鈍い音の中に隠れて、足音が聞こえた。まずい。本能で察した。

 慌てて振り返る。目の前にシーナがいて。

 そして、そのまま僕の横を通り過ぎた。


……えっ?


 シーナは近寄る木に向かって瓶を投げた。瓶が割れると、中に入っていた苗木は相手に巻き付くように成長する。

 すぐに相手は身動きを取れなくなり、地面に落下していった。

 そして、

 

「私馬鹿ですね。放っておけばよかったのに……。癖でやっちゃいました」


 そう呟いた。

 僕は一層訳が分からなくなって。

 

「僕を集合体と融合させようとしているのに、間違えて僕を助けちゃったってこと?」


 思わず聞いてしまった。


「はい。私鈍臭いんですよ」


 当然のように答えるシーナ。

 それだけ答えると、

「せっかくですし、二人で調査しますか」


 当然のように言うシーナ。そして、そのまま振り返って歩き出した。振り返る様子もない。僕がついてきているのか確認もせずに、自分のペースで歩いていく。


 訳が分からなくて。なぜか、思わずあとを追いかけてしまう僕。


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