第15話 集合体について

「もうね報告することだらけだよ。まずはこれから行こうか」


 そうして、瓶をおいた博士。その中には白い繊維質の細い糸のような見た目をした植物が瓶の中で蠢いていた。


「調査の結果、ルティと木を融合させた植物は、『生命の樹』の系統で間違いない。僕らの『生命の樹』の近縁種だろう」


 そう言って、バン博士は資料を置いた。


「調べてみたところ色々とわかってきたよ。まずこの資料を見てほしい。『終わりの森』の『生命の樹』についての記述がある」


 それは、古い資料だった。もうぼろぼろで、紙もパリパリに乾き、優しく触らないともろもろと崩れてしまう。


 それもその筈この資料は人間がまだ地上で過ごしていた時の、つまりガベト族が繁栄していた時代の資料だ。


 資料には絵が描いていた。二人描かれていて。それぞれの背中から細い糸の束が生えていて、それが植物に繋がっている。そして、その二人は、正面から向かい合っていて。


「これは、ガベト族同士の争いについて描かれている」


 博士によると、そもそも、ガベト族の争いの勝敗に関わる要因は一つしかない。どれほどエネルギー量を放てるかによるものだと。

 ガベト族が放つエネルギー量は個人差がある。その時、エネルギー量が多いほうに植物は従う。

 放てるエネルギー量が少ないものは蹂躙されるしかない。それを覆すために『終わりの森』の『生命の樹』は利用されていたらしい。

 ガベト族の脳と植物を繋ぐことで、植物を絶対服従させることが出来る。


「これでグラシアの言うことを聞かなかった理由が分かった」

 

 博士がそう言った。僕らの返事を待たずに続きを話す。


「他にも、この『生命の樹』はガベト族と植物を繋げる以外にも利用されるようになったみたいなんだ」


 博士が言うところによると、この『生命の樹』は他の植物同士を融合させるに使われていた。

 例えば、攻撃力自体は高いが、動けない種の植物と動きが素早い植物を融合させるなどだ。


「多分だけど、その名残だろうね。もともと他種の植物同士を繋げていた。それが重なりに重なって、あの集合体が出来上がったんだろう」


 胸ポケット写真を取り出した博士。


「実際に、集合体を構成している植物の調査が行われたんだけど。そこでわかったのが、体を構成する八割は人を殺すため進化した植物だった」


 そう言った博士。その口調はもう疲れていて。

 

 他のみんなも博士と同じような表情をしている。


「分かったのはいいんですけど、結局これどうするんですか?」


 エツィオが困り顔で尋ねる。そうなのだ。

 どうすればいいか分からない。一歩目から分からない。何から調べていけばいいか、どのような感情を抱けばいいのか。

 どこか現実のことじゃないかのように感じる。あまりにも途方もないほどの危険性なのだ。


 しかも、この後にまだ、あの植物人間に関しての情報も控えているのだろう。すっかり気が滅入ってしまって。


 それに対して、博士は一言ポツリも呟いた。


「まったく分からないね」


 諦めの意味を含んだ言葉とは裏腹にバン博士は感慨深い様子で。


 その声は僕の脳の奥底に潜んでいたあるものを刺激する。懐かしい気がした。その表情に見覚えがあったのだ。

 不意に僕は思い出した。昔した博士との会話を。


 その時は、今よりも『生命の樹』に対して風当たりが強い時期だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……博士は『生命の樹』についてどう思われてるんですか?」


 僕は博士に尋ねた。『生命の樹』に対する批判は日に日に増えていくばかりで、皆どんな思いを抱いているのか気になったのだ。

 バン博士は真顔のままじっと前を見つめていた。その返答は意外なものだった。


「僕の回答なんて意味がないよ」


 当たり前のように言う博士。


「……どういうことですか?」


「ほら、『生命の樹』の繁栄は今までにはなかった変化が起こるだろ。それも異様な速度でね。この地球の環境に大きなうねりを引き起こすのは間違いない」


 博士はそう自信のある様子で言って、


「知っていたかい。大量絶滅が起こる原因って」


 思い付きで聞いただけだったのに、大量絶滅という過激な単語が出てきて思わず面食らった僕。


「い……いえ……」


 僕と対照的に軽やかに話しだした博士。


「どれも急激な環境の変化が原因なんだ。火山の爆発、地球への隕石の衝突、人間が引き起こす環境の変化。

『生命の樹』のスペックを考えると、引き起こす変化はそれに匹敵するか、越えるほどの可能性が高い。そこに、人間である僕の個人の意見なんてあまりにちっぽけだ。あるのはただその環境に僕が適応できるかできないだけだよ」


 諦めの意味を含んだ言葉とは裏腹にバン博士は感慨深い様子で。それがやけに印象深く感じて。

 

 そのまま僕らは部屋の前に着いた。バン博士はドアを開けながらぽつりと言った。


「でも、例外がこの世に一人いる」


 部屋の中ではグラシアが植物と遊んでいた。動かした木の枝にしがみついてグラシアの体が宙を舞っている。その周りをまるで一緒に楽しんで踊るように動く植物。


「……グラシアであれば。環境を作り出す側にさえなれるだろうね」


 バン博士の口角が珍しく緩んだ。

 

 そう言うと、博士は僕の方を振り返った。博士はいつもよりもテンションが高くて、僕は相槌を打つことしかできない。


「……そして、僕は君も大きく関わると思ってるよ。……だって、君は植物であり、人である。今までにない変化だ。新たな人の生き方にすらなってくるのかもしれない」


 そう期待の目で見つめてくる博士。

 思わず僕は目を背けた。その視線に僕は耐えうるほどの力は持ってなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「何、ぼぉっしてるんだルティ」


 エツィオの声で現実に引き戻された僕。


「あっ、大丈夫」


 僕は慌ててそう答える。いつの間にか自分の世界に入り込んでいた。

 そして、その数秒後、気づいた。


 ……博士の予言通りになっているな。

  僕は不意に思った。『生命の樹』によって集合体という急激な環境の変化が起こっている。

 あの時は、大絶滅なんて単語、過激すぎると思ったが、今はそうは思えなくなっていて。


 僕はもう一度、『生命の樹』に関する資料に目を通す。『生命の樹』に対して、いくつか調査を行ったらしい。ぱらぱらと捲っていく。そこで、気になる記述を見かけた。

 

 『終わりの森』の『生命の樹』は僕らの『生命の樹』のように、完璧に変質できるわけじゃない。

 実験の写真も載っている。手のひらをナイフで傷つけ、『終わりの森』の『生命の樹』がどのように修復するのか。

 自分の体を変質させ、傷口を塞いでいる。しかし、『生命の樹』自体の見た目は変わっていない。どこに傷をつけたか一目でわかって。


 さらに、次のページには人差し指を切り落とし、どのように修復しているかを調査した結果が乗っていた。

 パッと目に入った写真に思わず目を細めた。すぐに次のページをめくる。

 目に入ってきたものは、植物だった。それらが絡まりあって、人差し指の形を成していて。


 ……まさか。


 結果に目を通す。

 『終わりの森』の『生命の樹』は完璧に変質できないからこそ、傷は埋めることはできても、体が欠損した際に、欠損した部分に置き変わることが出来ない。

 その時、『生命の樹』は近くにあった他の植物を利用して欠損した部分を作り上げた。


 僕はもう一度写真を見た。人差し指の形をした植物の絡まり、それには、見覚えがあって。

 嫌な気がした。


「一旦『生命の樹』については終わろう。次は、僕らに『槍の樹』を用いて攻撃をしてきたあの人の形をした植物に関してだ」


 博士の言葉が狙いすましたように耳に飛び込んできた。

 ハッと視線を上げた僕。博士はどこか気乗りしなかった様子だった。


「……憶測でしかない話なんだけどね……それ、ガベト族じゃないのかって」


 丁度、僕が頭に浮かんでいた言葉が博士の口から出てきた。

 

「この理論だと集合体を維持するエネルギーがあることの説明がつく」


 それが意味することを考えたくなかった。

 僕が辺りを見渡す。エツィオと視線がかみ合う。同じことを考えていたようで。 

 頭を抱えたエツィオ。


「本当にガベト族ですか? そうじゃない可能性はどれくらいあるんですか?」


 エツィオは懇願するように言った。


 グラシア一人で天災に匹敵する力を持っている。それが、他にも数体いる。

 ただでさえ、集合体で混乱し、悲鳴を上げている脳に、ガベト族という重しが一気にのしかかってきて。

 

 調査は解明するためにあるのに、調査すればするほど分からなく、こじれていく。


 エツィオは考えることを諦めたようで、項垂れる。それも仕方ないというような表情の博士。


 重々しくて粘っこい空気が立ち込める。耳がキーンと聞こえてくるほどに。


 そんな中、ずっと黙っていたシーナが口を開いた。


「人を殺す武器として進化した植物が、一つの生命体となって、調和した生き方をしているって何か皮肉ですよね」


 

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