第14話 一つになろうとしている
「あれが、『終わりの森』か」
ぽつりと呟くエツィオ。
僕らの眼下には大きな森が広がっている。
その森は全て『暴食の樹』で構成されている。
その森の見た目は一目見るだけで異質だと分かる。
その『暴食の樹』の生え方だ。
真っすぐ空に向かって生える木は珍しい。様々な角度に生える木。根が他の木の幹に巻き付いていたり、空に向かって根を向ける『暴食の樹』もあって。
あれが、ガベト族の最後の地か……。
僕は不意に思った。そして、グラシアをちらりと見る。僕の服の袖を握り、暇そうにあくびをしていて。
『終わりの森』とは、ガベト族の最後の生き残りが過ごしていた村があった場所ととして知られている。そして、人間との争いによってガベト族は滅ぼされた。
それまでにも、ガベト族同士で、お互いでお互いを襲いあうようになった。あまりにも強大な力を持ちすぎたことで、ガベト族同士で疑心暗鬼を生んでしまった。
人間もガベト族に一日に何万人も死んでいく。
その事実に憂いたガベト族がいたらしい。そのガベト族は人間と手を組み、強大すぎる力を排除するべく、ガベト族を滅ぼしたと聞く。
それを考慮してみると、より異質さが増すような気がする。何か、重々しいものが全体から感じる。
最後のガベト族の村だということは、そこにいる植物が進化の最終形態なわけで。研究のため、八十年前までは積極的に遠征をおこなっていた。
そして、人類は『生命の樹』の親木とグラシアを手にしたのだ。
「グラシア頼んでいいかい」
博士の声で僕は我に返った。
隣を見るとグラシアがすたすたと僕の手を握ったまま、『暴食の樹』の端へと歩いていき、そして地面にもう一方の手を地面に置き、意識を集中させる。
『終わりの森』の木々の隙間に見える蠢く植物。今、グラシアはその植物を操ろうとしている。ある調査のために。
それはバン博士の一言から始まった。
「トニーからの調査依頼が来た」
どこか嬉しそうな表情をした博士は、書類を読み上げる。
どうやら『終わりの森』にいる植物に新たな変化が起こりつつあるらしい。
様々な植物が融合して、一つの生命体へとなりつつある。
そこに書いてある言葉は全くイメージできないものだった。しかし、現実には今起こりつつあるということが専門用語を交えて書かれていた。
信じられない内容がきれいな言葉で書かれているからこそ余計に非現実感が強く感じて。
そういう背景があり、僕たちはその調査に出向いたのだ。
しばらくの間、意識を集中させていたグラシア。地面から手を離すと、首を横に振り、
「言うことを聞かない」
顎に手をやり考え込む博士。
僕は不意に思った。
僕みたいだ。僕を端的に言えば、『生命の樹』が集まった集合体だ。
でも、大きく違うところがある。同じ種類だけじゃなく、様々な種類の植物が融合している点で。
「人が取り込まれる可能性はあるんですかね?」
エツィオがぽつりとつぶやいた。声は軽く震えていた。
みんな分かっている。『生命の樹』は植物にも動物にも変質出来る。それが出来るのであれば……。
この世のすべての生き物が一つの生命体になる。
あまりにも壮大すぎて、頭が追い付かない。自分がどう感じているのかも分からなくて。
でも、現れた感情は恐怖だけじゃなかった。
その時、首元にチリっと感じる視線。振り返ると、シーナがまっすぐこちらを見つめていて、
「……どうかした?」
戸惑いながら訪ねる僕。口を開くシーナ。
しかし、その次に言葉を発したのはシーナではなくグラシアだった。
そして、その一言は場を一転させた。
「人がいるよ」
ぽつりと言ったグラシア。そう言って僕の裾を引っ張った。
「えっ?」
そこにいる誰もが、いやシーナを除いて、すぐに双眼鏡で『終わりの森』を見た。
「あの大きな木の真ん中の方にいる」
『終わりの森』の中心には、他の『暴食の樹』より二回り大きい木がそびえ立っている。その木に双眼鏡を向ける。
その時に目に入ってきたもの、そこにいる誰もが「えっ」と漏れるような声を出した。
その時、目に入ったものは人ではなく植物だったからだ。
正しくは人間の形をした植物。茎、枝、花や葉がお互いで絡み合って人の形を形成していて、体の至る所にはまるで繊維のような白い細い糸がついていた。
そして、その人間の形をした植物は、まるで人のように歩いていて。
「ほらっ、あそこまた別の個体が」
博士が言った。
見ると、他にも数個体同じような見た目をした植物が全て同じ方向に向かって歩いている。あるいは、その細い白い糸によってゆっくりと体を持ち上げられるものもいた。
そうして、人の形をした植物『暴食の樹』の7割ほどの高さにある枝に集まった。
そして、ゆっくりと僕らの方に顔を向けた。
僕らはそれをまるで檻に閉じ込めた肉食獣を眺めているかのように、危機意識を感じることなく見つめていた。
その時だった。
「駄目!」
グラシアがそう叫んだ。
その瞬間、何故か一気に湧き上がった危険信号。
体の奥底から真っすぐ脳を突き刺した恐怖。
僕が顔を上げ、見るころにはグラシアは荷物に向かって走り出していた。弾かれるように立ち上がったエツィオと博士。
逃げようとしたが、突然のことで足が動かない。下半身に力が入らずふわふわとしていて。
グラシアはかばんを探り、瓶を取り出した。グラシアはそれを僕らに向かって投げた。
その瓶は、普段からもしも何かあった時用の苗木が入っている瓶で。
割れる瓶。グラシアが発するエネルギーを受け、僕らの後ろにまるで壁のように成長したその『盾の樹』。
がぎゃぁ
固いものが砕ける音。
その音がしたのと、すぐ近くでした風が唸る音はほぼ同時だった。
初めは衝撃だった。骨が芯から震えるほどの衝撃が肩辺りから感じて、そして、そのコンマ一瞬が過ぎたその時、
「あぁぁぁ」
肩に感じた痛烈な痛み。僕の体は意思なくびくんと反った。
熱い熱い痛い。痛みで息が吸えず、はっはっはっと息を吐くだけ。体は激痛によって硬直しているかのように固まっていた。
僕は普段の数十倍の遅さで、首を動かし、さっきまでになかった棒のような木がまっすぐ僕の肩に突き刺さっているのが見えた。
それは『盾の樹』を貫通して、更に僕の体の八割ほど貫いていて。
がぎゃぁ
固いものが砕ける音。すぐ耳元を風が唸る音が聞こえて、頬にさっきまでなかった固い感触があって、目を開けるとすぐ顔の横を伸びる木の棒。
「やめて」
グラシアの声とともにさらに大きくなる『盾の樹』。がぎゃぁ、破裂音は時折聞こえるが、『盾の樹』を貫けなくなって。
同時につんざくような痛みの中に、グラシアのエネルギーが流れ込んできて、じんとした快感が広がる。痛みが和らいで、幾分か落ち着いてきて。
どういうことだ? 頭の中でクエスチョンマークだらけだ。急に攻撃された。どうして? ほかのみんなも放心状態で。
ズスススッ、
その時、耳元でする音に気付いた。軽いものが擦る音で。
同時に感じる微かな振動。その擦る音はどんどんと大きくなって。
ニュッニュギュ
異変に気づいた。肩の傷の中を何かがまさぐるように蠢いていることに、それとほぼ同時のタイミングで、頬も何かが蠢き始めて。
痛みがどんどんと引いていく。傷が塞がっているのだ。
それに似ている感覚を僕は知っていた。
『生命の樹』だ。ゆっくりと体に一体化していく感覚。
持ってきていた『生命の樹』ではない。こんな短時間で渡せるわけもない。つまり、地上で繁栄している『生命の樹』か。
何か違和感を覚えた。一体化していく感覚が似ているが、明らかにいつもと違う感じがして。
とりあえず、心配している博士達に何かリアクションを取ろうとしたその時だった。
…………なんだこの感覚?
違和感だった部分が強くなった。なんというのだろう。吸い込まれている感覚? さっきまで傷口があった場所が弱い力で吸い込まれているような。
僕は自分の肩に目をやった。そして、その光景に目を見張った。
「はっ?」
僕の肌が木と一体化している。と言えばいいだろうか。
木と僕の境目が分からなくなっている。
木と僕の体が一体化しようとしているのは明らかだった。
「うわっ」
驚いてのけぞろうとした僕。そこで気づいた。肩と頬が飛んできた木ともうすでに一体化を始めていることに。だから肩と頬の部分で木と繋がって動けない。
どんどん侵食するように融合していく僕と木。
「危ないですよ。動かないで」
そう聞こえたと同時に耳元をかすめる音。そして、目の前を一瞬よぎった影。頬と肩に走る痛み。
グイっと肩を引っ張られて、僕の体は思いっきり仰け反って。地面に受け身を取らず倒れる。
「間に合ってよかったです」
かけられる言葉。
僕は見上げた。ナイフを持っているシーナが立っていて。
その後ろには切られた木の断面が見えて。
木の断面から赤い液体が垂れていて。そして木にはありえないはずの血管や、神経が見えた。
この日、調査に来た結果、得たものは三つの疑問と一つの確信だった。。
疑問
・人の形をした植物とは?
・なぜ襲ってきたのか?
・まるで融合しようとした『生命の樹』とは?
確信
・『生命の樹』が生物の在り方を根底から揺るがそうとしている。
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