第11話 エツィオの思い
「初めに治療した夫婦が自殺したそうだ」
博士のつぶやきのような一言で始まった。そこにいた僕、エツィオ、シーナ。
どうやら、迫害まがいのことをされていたらしく。勿論、それは夫婦だけではなく他の治療者も同じような目にあっているようで。
アレンの顔が脳裏によぎる。それもたちが悪いことに、グラシアに怖がってしまった時の顔が。
僕は不意に思った。迫害を受けているのに、どうしてまだ同じような日々を送ろうとしているのか。
そして数秒して気づく。自分も遠からず同じ状況だということに。ただ苦しむ日々なのに、同じような日々を送ろうとしていて。
途端に、じわじわと焦げていくような苦しさがこみ上げてくる。
「……結局、治した意味があったですかね?」
僕はポツリと言った。
苦しみか無か、その二つの選択肢があった時、間違いなく選ぶのは無だ。
一気に空気が固まるのが分かった。僕も言ったあとにそれに気づいて。
「意味があった!」
僕は驚いた。それまで黙っていたエツィオが突然、声を荒げ立ち上がったからだ。
「子供が親を失うことがどれだけ辛いか。それを救ったんだ。間違いない!」
どんどんボルテージの上がるエツィオと打って変わってバン博士は落ち着いた声で、
「アレンに自分の子供の頃を映したかい?」
それで水をかけられたように、熱が冷めたエツィオは「はい」と言って頷く。
「大丈夫だよ。僕も間違えているとは思わないよ」
そう優しく微笑む博士。でも、エツィオは唇を噛みしめて、拳を握りしめ、
「俺、行ってきます」
そう言って誰の返事も待たずに部屋を後にする。
シンと静けさがもたらされた部屋。誰もが次に出す言葉に思案している中だった。
「あれが、親が軍の責任者なのにこちらに来た理由ですか?」
シーナがぽつりとつぶやいた。
どういう意味だ? しかし、それを聞いた瞬間、博士の眉がぴくっと動いて、
「大丈夫ですよ。エツィオさん別に隠してるつもりなさそうですし」
シーナがそう言うと、博士は前を見ながら、
「まぁ、そうだね」
と答えた。
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僕は夜の研究所の廊下を歩く。
研究室の屋根は基本的にガラスでできていて、真っ白の廊下に月の優しい光が反射して、普段とまた違う印象を与えられる。景色がぬらぬらとしているような。
僕の体は人間と同じように作られている。だからこそ、ご飯だけはグラシアから放たれるエネルギーで必要はないが、体力には限界はあるし、睡眠をとらないといけない。
今日も寝付けなかった。目を瞑ると、どこからともなく表れた不安が一気にのしかかってきて。気管だけを押さえつけられたような息苦しさに襲われる。眠いのに、眠れる気がしない。
気分を変えるため、すやすやと眠るグラシアを片目に部屋を出て、廊下を歩いている。
一体何をしたいんだ。何をすればいいんだよ。生きる意味は。目的は。
日々の生活は満たされてるのに息苦しい。
何か答えを求めようとすればするほど、答えがないことに気づく。今自分が持っているどの一つの問題にも答えが出せないままで。
生きることにも死ぬことにも理由がない。
ここまで考えてどうにも耐えきれなくなった僕は、博士の部屋に行こうとした。いろんな抱えている疑問を含めて話そうと。
そんな時だった。
エツィオを見かける。それも泣いているエツィオで、なぜか目が合った僕ら。
「見られちゃったな」
そう気恥ずかしそうに口角を上げるエツィオ。手で隣に座るようにジェスチャーした。気乗りはしなかったが断れるわけもなく僕はそのまま隣に座る。
「全員に断られたよ。けど、何かあれば連絡してくれるってさ」
後半に行くにつれ、弱まる語気。
……やっぱり、今の苦しい生活を続ける道を選ぶんだ。
あの人たちは、一体、何に縛られてるんだろう。いくつか理由は浮かぶが、どれもが当てはまっていて、でもどの理由もぴったりとこない。もっと深くに横たわる何かがある気がして。
一つ分かるものは、それも形のない曖昧な物なんだろうということだけで。
エツィオは顔を手で覆うと、
「……駄目だな。俺。目的を何も達成できてない」
悔しそうに唇を噛みしめるエツィオ。
「……それって父親が関係してる?」
そう尋ねると、エツィオは力なく首を振ると、
「バン博士から聞いたのか?」
「ちゃんとは聞いてない」
そう答えると、エツィオは地面をぽつりと話し始めた。
「俺が小さいときさ、母親が事故で瀕死状態になったんだよ。『生命の樹』さえあれば治すことが出来た。でも、父親は頑なに拒んだ……。母さんは死んだ」
エツィオは出来るだけいつも通り振舞おうとしているのだろう。でも、押し殺そうとしている。でも、言葉の節々に様々な感情が見え隠れしていて。
「手短に言うとな。許せなかった」
ぎゅっと拳を握ったエツィオ。
「そこから俺と同じような人を出したくないと思ったんだよ。それだけじゃなくて、他にも子供だったり、恋人だったり大切な人を救いたい」
エツィオは拳の力を抜いた。
「でも、守れてない。それどころか余計に怪我人が出る作戦を認めちまった」
エツィオはうなだれて、
「グラシアちゃんは何度も傷ついて、死んで。でも、俺は、自分の目標のためそれを黙認している……。それなのに……。俺はどっちつかずで、その結果、どちらもただ苦しんでるだけだ」
エツィオは消え入りそうな声で、
「何やってんだろ俺って……」
声をかけるべきなんだろ。
でも僕は苦しむエツィオを見て、思ってしまった。生きる目標をもっても苦しむんだって。
しかし、それが霞むほど羨ましさを覚えた。確固たる理由もないのに、僕の方が苦しんでると思ったのだ。僕の苦しみよりましだなって。
無言の時間が続いた。
その時間に幾分か気分が落ち着いたのか、エツィオは口を開いた
「なんかありがとうな聞いてくれて……ルティも大変なのにな……」
エツィオは立ち上がると、
「今日はすまん。話を聞く余裕がなkて。でも、明日には落ち着くから話したくなったら話してくれよ」
そうして無理したように笑うエツィオ。僕の返事を待たずに後にする。
その背中を見てなんだか消化しきれていない感情がさらに多くなった気がした。胸の奥で重みを増していく。
気分を変えるために外に出たのに、余計に気分は沈んでしまった。
僕はそのまま動けなくて。
しばらくしてようやく立ち上がって、救いを求めるように博士のもとへ向かう。しかし、博士は何か用事があったのか部屋にいなかった。
こんな夜遅くまで仕事か……。
仕方ない。寝れる気はしないが、部屋に戻るしかない。
そうして、僕は部屋向かって歩き始める。そして、部屋の近くまで来たときだった。
声が聞こえた。甲高い声。そんな声を出せるのはこの研究所で一人しかいない。
グラシアだ。寝てたはずなのに、起きたのか?
部屋の前にたどり着くと、さっきまで消えていた電気はついていて、中からグラシアの声と、低い男の声が聞こえる。どこかで聞いたことのあるような声だが思い出せない。
何か嫌な気がした。
ドアを開ける。
「やぁ」
そう声をかけられる。その顔を見て僕は驚いた。
「……トニー博士」
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