第8話 絶対的な存在

「未だ脅威は去ってない」


 博士がそう言った。


 クジラの体を縛り上げる『暴食の樹』が微かに震えだす。

 シュルシュル、何かが迫ってきている音。

 クジラの背中に生えている植物が動き出して。

 

「時間だ。急げ」


 軍人が博士の腕を声を引っ張る。


「あとは頼んだよ」


 そう博士はグラシアに声をかけていて。


「うん!」


 グラシアはそう言って、大きくうなずく。そして、僕のズボンを握る。


「ルティ任せたよ」


 博士はそう言って僕を見る。そして手を握る博士。強く握る。その博士の目には力がこもっていて。


「また、後で会おう」


 僕は視線を外す。

 博士の後ろでは、軍人は苗木が入った瓶を地面にたたき割った。


 成長する苗木。木の高さはゆっくりと成長していく。その、幹にしがみつく博士と軍人。どんどん苗木は成長していく。すぐに博士と軍人は見えなくなった。


「ルティ行こう」


 僕の手を引くグラシア。その顔はやる気に満ち溢れていて。他の人のために動こうとしている。一方僕は自分のためで。

 この作戦がどうなろうともどうでもいい。ただ、自分がどうなるか。自分中心だ。その割には自分では何も決めていない。ただ他人が決めたことに流されているだけで。


「うん。そうだね」


 僕は短くそう答えた。

 何を無駄なことを考えているのだ僕は。

 さっき目の前で繰り広げられたクジラとの闘いで、身をもって知った。どれだけグラシアが圧倒的な存在だって。その前では、自分なんてちっぽけで。そんなちっぽけな存在の僕が何を考えているのだ。


 グラシアの代わりに僕が傷つき、もしかすると僕の存在消えてしまうかもしれない。でもそれはもはや自然の摂理に近い。


 グラシアは一番近くにいた木を操り、僕とグラシアの体を優しく持ち上げさせた。そのまるで椅子のような形をしている枝に乗せる。同時に、グラシアの周りにいた木々が動き出す。


 そうだ。この木々達だって、その体を傷つけるながらも、グラシアを運ぶために動く。そうグラシアが望んで、だからこそ、この木々達の生きる意味になったのだ。


 覆しようのないルールだ。


 クジラを縛り上げている『暴食の樹』を見た。『暴食の樹』の木肌が見る見るうちに黒雲に覆いつくされている。こちらに広がっていて。

 近づくことにそれは雲などではなく、小さな単位が無数に集まったものだと分かる。それらが寸分の狂い内統制を取ってこちらに向かってきているのだと。


 それは『軍隊草』だ。

 より多くの人を殺すために進化した植物の代表格。

 その特徴は群れで動くということだ。群れの構成は二種類、群れに一本の女王草と後は全て働き草である。

 その厄介な点は、その働き草は女王草しか言うことを聞かないだということだ。女王草の出すフェロモンで命令すると、後は自動的に襲いかかり、その鋭いくちばしのような棘で相手の肉をえぐる。

 

 『軍隊草』はガベト族同士の争いでも用いられていたと聴く。


 途方もない巨大な次は、小さな生物とは頭が混乱してしまいそうで。さっきとは全くの危険性だ。


 クジラは一発攻撃のその質量だった。しかし、『軍隊草』は数により徐々に削られていくという多段攻撃。

 一度取りつかれると振り払うのは厄介だ。


 グラシアにもその旨は伝えていて。


「一気に行くよ、捕まっててね」


 グラシアはそう言って僕の腕を掴む。


 次の瞬間、グラシアの周りにいた十数本の木々は驚くようなスピードで動き出す。

 『軍隊草』の群れに向かって何の躊躇いもなく突っ込む。

 グラシアがそう望んだから。少しだけでもターゲットを分散させ、『軍隊草』の数を減らすために。


 そして僕たちはその後ろを一気に加速して進む。


 目まぐるしく変わる景色。空気を切る音。加速によって後ろにぐんと押し付けられる。


 そして、先行していた木々が『軍隊草』の群れに飛び込んだ。


 グワァァン


 その瞬間、『軍隊草』は2つに別れた。一つは暴れる木々に対抗する群れ。そして、もう一つはそのまま進む群れ。


 つまり、僕とグラシアの方だ。


 ザワザワザワザワ


 空気を切る音の中に、擦れる音が混ざりだして。すぐに、『軍隊草』が地面を這う音が空気を切る音をかき消した。

 一つ一つは小さなはずなのに。だからこそ余計にどれだけ途方な数がいるか、感覚的に予測がついて。


 グラシアが僕の手を強く握った。軽く震えている手。

 罪悪感という棘が心に突き刺さる。


 同時にまた一段階、僕達を乗せた木は加速した。


 『軍隊草』の間を一気に駆け抜ける。


 今の最優先事項はクジラの背中にたどり着くことだ。出来る限り、居住区から離すために。


 僕らを乗せた木の勢いは『軍隊草』の小さな体で止めることは出来ない。押しつぶされ、飛んでいく。

 しかし、


 カリッ ガリッカリッ、カリッ


 嫌な音が辺りから聞こえる。見ると木の至る所に『軍隊草』がくっついていて。速度だけでは完全に振り払えない。

 ものの数秒で、どんどんその数を増やして。


 グラシアが手を伸ばす。


 先行させていた木々。振り払うように暴れているが、振り払ってもすぐに這い上がってくる『軍隊草』に手が出ないようで、体のいたるところの樹皮がめくれている。

 その一本の木は僕とグラシアが乗っている木に近づいてきて、そのまま、僕らのいる辺りに巻き付く。まるで、僕らの周りをドームで囲ったような形になって。


 暴れることも許されない。自分の体を犠牲にし、グラシアを守る木。グラシアの思う通り。

 こんな時だというのに、僕の中にいろんな感情が生み出されて。しかし、それらを吟味する時間もなく、状況は慌ただしく変化していく。


 周りが囲われているからこそ音も響く。かつ、暗くて周りが見えないことで恐ろしさは助長される。


 木が地面をする音、そして、僕とグラシアをドームのように囲う木々の体を『軍隊草』がえぐる音。


 ガリッ、


 少しの音ともに、小さな光が差し込む。暗闇ながら何か影が通った気配を感じて。


「痛ッ」


 グラシアの声が聞こえる。と同時に体中の『生命の樹』が自我を持つ。肌がめくれ上がったのが分かった。


 ……ようやく僕の出番だ。


 心臓がキュウっと縮んだ。何を怖がっているんだ。自分で自分を叱咤したが、鼓動は跳ね上がるように早くなっていく。


 次々と小さな光が差し込む。グラシアの小さな悲鳴と、そのたびに体中の皮膚が『生命の樹』に変わっていくのを感じる。


 ガリッ、耳元で生々しい音が聞こえた。

 触ると、耳の半分以上が噛み千切られていて。


 みるみる穴が増えていく。


 これじゃ埒が明かない。そう僕が思ったタイミングでグラシアも同じことを思ったのだろう。

 

 次の瞬間、一気に光が差し込んだ。そして、僕らを守るため囲んでいた木はまとわりついた『軍隊草』もろとも大地へ落ちていく。

 あたりの様子が目に入る。もう暴れている木々はいなかった。視界の端に、地面に横たわり、『軍隊草』に削られるだけの木々がいくつも見えて。


 しかし、見ると、クジラまでもう少しのところまで来ていて、またぐんと加速する木。空気が金切る。風景がぼやける。


 もう暴れて振り払う素振りも見せない。脱兎の勢いで進む。


 次々と『軍隊草』が飛び掛かってくる。

 その度にグラシアの皮膚を裂く。そのたびに僕の体を作っている『生命の樹』がグラシアの傷を治す。  


 傷ついては直し、傷ついては直し、傷ついては直し、そして、僕の体の細胞はどんどんと自我を持ち始めていく。


「ついた!」


 グラシアが叫んだ。

 なんとかクジラの背中側についた。途端に、僕らの乗っていた木がその場に倒れて。その時に気づいた。もう穴だらけになっていることに。

 クジラの背中に降り立った僕ら。まるで地面にいるのと変わらなくて。


 一気に押し寄せる『軍隊草』。もう逃げ場はない。

 その瞬間、クジラの背中に群生していた木々たちが一気に動いた。


 数本の『爆発の樹』の木が『軍隊草』の群れに飛び込んでいった。

同時に幹の一部分がゴキュッと鈍い音ともに膨らんだ。それにつられて、幹の様々な場所でゴキゴクュと鈍い音が鳴りながら、膨らみだす。その膨らみ同士がくっついてさらに大きな膨らみになって、いくつもの裂け目が木の幹に入った。そして裂け目が光が差した。次の瞬間、


ガァァァァァン


 辺りが真っ白になった。


 同時に僕達の目の前に飛び込んでくる木々達。まるで目の前に盾のように広がった木々達はその身を呈して爆風を受け止める。

 その隙間から飛んでくる木々の欠片と、熱を帯びた風。


 それによってふわりと舞うグラシアの長い髪。


 それが皮切りにあたりの木々達はいっせいに動いた。


 自分が傷つくのも恐れず、『軍隊草』の群れに飛び込んでいく。

 ある種は、その木の大きさの三分の一ほどある大きな実を振り回す。ある種はその刃のように鋭い枝を振り回す。ある木は自身の体を燃やし、『軍隊草』を焼く。まるで人間の髪のように、棘が生えた蔦が生えている木が蔦を振り回す。


 一人でも多くの人間を殺せるよう進化した木々達。どの木も信じられないような特徴をもっていて。

 それにそもそも単純に馬力が違うことも分かる。

 その特性を活かさずとも、ただその体を動かすで、街なんて簡単に壊滅できるだろう。


 それらは全てグラシアのために動いている。自分の命を捧げて。


 こんな状況なのに、僕の意識はその小さな背中に吸い込まれる。周りの騒然たる様子が目に入らなかった。


 その光景はグラシアの絶対的な存在であるという事実を際立たせていた。

 



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