ビビアン

 私とエスランティは09781号室と書かれた扉の前にやってきた。

 ノラから聞いた話では、この家にはビビアンという友達が住んでいる。

 今度こそメリッサの直接的な手掛かりが得られると嬉しい。

 欲を言えば、この家にメリッサが居たら文句なし。


 エスランティが呼び鈴を鳴らすと、近くに設置された通話機から比較的若い女性の声が聞こえてきた。


『はい、どうかしましたか?』


「こんにちは。君がビビアンちゃんかな?」


『……え、そうですけど。なんでしょうか?』


「今すぐここを開けてくれたまえ! 扉を開けるんだ! ビビアンちゃんと大事なお話がしたいんだ!」


『え、えっ、なんなんですか!?』


 エスランティは必死に通話機に訴える。

 恋を諦めきれない男性のような言動はやめて欲しい。

 ここは再び私が助け舟を出すしかないのか。

 エスランティの横に移動していき、通話機に映っている女性に話しかけていく。


「えっと、あの、こんにちは。私たちはその、メリッサちゃんっていう女性を探しているんです。あ、捕まえてどうこうしようとしてるわけじゃなくて、私たちメリッサちゃんのお母さんから捜索を手伝うように言われてて。それで情報を集めているうちにメリッサちゃんのお友達経由でここに辿り着いたの。お友達はここにいるビビアンちゃんが何か知ってるかもって言ってたから、よかったら色々聞かせてもらえたら、というかお部屋の中とかも調べさせてもらえたら嬉しいなぁ」


 通話機の画面に映ってる女性から作り笑顔すらなくなっている。

 丁寧に柔らかく説明したつもりだけど、警戒させてしまっただろうか。

 彼女は右下を見ながら黙り込んでいた。

 そして数秒ほどたち、ビビアンが口を開く。


『メリッサのことは知りません。お帰りください』


「知らないって、そんな、どうしてですか!?」


 エスランティがほほの近くで人差し指を立てながら述べ始めた。


「ビビアンちゃん、それは出来ないよ。ちゃんとお友達から話を聞いているからね。だからビビアンちゃんがそうやって強力に否定的な態度をとると、怪しく見えちゃうんだ。たとえ僕たちをあざいたとしてもセフティスがいずれここに辿り着くんじゃないかい? そしたら僕たちに嘘をついた罪が増えるけど、それでいいのかい?」


『うぅ……』


 エスランティの言葉にビビアンは言葉を詰まらせる。

 そして不服そうな顔をしながら話しかけてきた。


『あたしの部屋なら大丈夫ですよ。それでいいですか?』


「もちろん! ささ、早く扉を開けてくれたまえ!」


 エスランティが微笑んで頷く。

 なんとか事が大きくなる前にビビアンの家を調査できそうだ。

 それからしばらくすると、玄関の扉がゆっくりと開かれ、一人の女性が家の中に立っていた。


 やはりメリッサやノラと同じく十代半ばから後半の若い年齢の容姿。

 あおくて長い後ろ髪は後頭部でまとめて大きな尻尾を垂らしている。

 黒目の吊り目をしていて、落ち着いた衣装を身に纏っていた。

 また胸部に少し大きめの膨らみが出来上がっている。


 エスランティはビビアンに軽く片手を上げて挨拶をした。


「こんにちはビビアンちゃん、部屋に招待してくれて感謝するよ!」


「……はい」


 ビビアンはなにやら緊張しているのか体が硬い。

 エスランティのようなよくわからない男性が突然家に押し寄せてきたのなら仕方ないことだけど。

 私も彼に続いて家の中に足を踏み入れていく。


「ビビアンちゃん協力してくれてありがとう。それじゃあ、私もお邪魔させてもらうね」


「はい」


 その大人しくて従順な態度から彼女から真面目そうな雰囲気を感じた。


 そして廊下を少し歩いていき、ビビアンのと思われる部屋に入っていったエスランティに続いて入室していく。


 扉の手前側の壁際にベッドが置かれていて、ベッドの上にぬいぐるみが一個ひっくり返っている。

 長方形型の棚には様々な生活用品が並べられていて綺麗に整えられていた。

 白い壁にはメリッサのように写真が貼られているわけでは無い。

 床は綺麗に片づけられていて、敷物が一枚中央に置かれている。


 エスランティは棚に置かれた用品をじろじろ見つめながら話しかけた。


「ちなみにビビアンちゃん、ご両親は今どうしているのかな?」


 ビビアンは部屋の入り口近くで左手を押さえながら呟く。


「仕事で今いませんけど」


「メリッサちゃんと出会ったのはいつかな?」


 ビビアンは左上の天上を見ながら腕を組む。


「メリッサと出会ったのはそうですね……二年前です」


「二年前。ノラちゃんと同じ時期ですね。メリッサちゃんとは今も仲良くしているのかな?」


「仲良くっていうか、ぼちぼちの関係だよ」


 ビビアンは右上の宙を見つめながら言う。


 エスランティは顎を掴みながら悩んだ。


「それは本当かな? 実は僕たちはノラちゃんの部屋に入れさせてもらったんだけど、そしたら彼女の部屋に写真があったんだ。なんだと思う?」


「えっ!? わからないです」


「三人が写ってた写真だよ。メリッサちゃん、ノラちゃん、そしてビビアンちゃん。僕の目には仲良くしてるように見えたんだけどなぁ」


「付き合いで遊ぶだけで、仲がいいってわけじゃないよ」


 右下の床を見ながらうろたえるビビアン。

 何か隠し事をしているかのように怪しい動きだ。

 しかしそれを引き出す手段が思い当たらない。

 私も思わずエスランティに釣られて難しい顔をしながら腕を組んでしまった。 


 するとそのエスランティはベッドに勢いよく体を預けていく。

 そしてベッドの上で背面を見せて転がっていたぬいぐるみが反動で宙に浮かび上がっていく。

 ぬいぐるみは私の近くの床に転がってきて、足にぶつかるとその場で静止する。

 すぐに拾ってベッドの上に軽く放り投げようとした。

 しかしぬいぐるみを見て私は驚愕してしまう。

 このぬいぐるみは魚を模したものだった。

 しかも魚の顔は間抜け面をしていて、それには見覚えがある。

 この事実を言葉に出さなければならない。

 このことをビビアンに問わなければ。


「違和感を感じます!」


 ビビアンとエスランティは何事かといった顔で私の方を見つめてくる。


 エスランティは肩をすくめながら微笑んだ。


「僕にはぬいぐるみに興味津々なシエラ君に違和感を感じるよ。好きなのかい?」


「違いますっ! そうじゃなくて! ビビアンちゃん、このぬいぐるみはなんですか!?」


 ビビアンは不審そうな顔をしながら右上の天上を見つめる。


「えっと、お母さんから買ってもらったぬいぐるみですけど」


 エスランティは数秒ほど眉間に人差し指を当てて、私に笑みを向けてきた。


「シエラ君、まさか人様のぬいぐるみを欲しいなんて言わないだろうね?」


 違う、そういうことじゃない。

 首を左右に振って否定していく。


「違います、この魚の表情をよく見てください。この間抜けそうな顔を。ほら、エスランティさん!」


 ぬいぐるみの顔がエスランティに向かうようにぬいぐるみを持ち直す。


 するとエスランティはぬいぐるみの顔を凝視していく。


「……まさか、僕に似てるってことを伝えようとしているわけじゃないだろうね? いくらシエラ君と言えど、そんなこと言われると傷つくなぁ」


「この間抜けそうなぬいぐるみはメリッサちゃんの部屋にあった物と同じです。これはどういうこと? まるで仲がいい証のような。お揃いで置いているかのようだけど、どうなのかな?」


 ビビアンに問いかける。

 何か繋がりがあるはずだ。


 ビビアンは左下の床をじっと見つめながら言葉を漏らす。


「お母さんがたまたま同じものを買ってきたんじゃないかな?」


「本当ですか? それならお母さんに聞いて事実かどうか確認してもいいかな?」


「いやっ、本当だから! 確かめなくていいですから!」


「どうしてそんなに慌ててるんですか? 本当の事なら別に確認してもいいでしょう?」


 ビビアンは右下を見ながら言葉を詰まらせる。


「……あたしが自分で買いました。メリッサとたまたま同じぬいぐるみなだけですよ。同じだなんて知らなかったです」


「店員さんにこのことを聞きに行ってもいいかな? 覚えてないかもしれないけど、もし情報が出てきて嘘だってことが分かったら、罪が増えることになるよ? それに私たちを追い払えてもセフティスが真相まで追ってくるはずだよ?」


 エスランティは鋭い目つきで私にビシッと指差しながら怒鳴る。


「シエラ君、いくら真実のためとはいえ、無関係の女性を追い詰めて苦しめるのはよくないな!」


「エスランティさんはメリッサちゃんを見つけたいのかどっちですか!」


 思わず呆れながら反応した。

 味方だと思っていた彼が突然邪魔をしてくる。


 そしてビビアンは数十秒ほど沈黙した後、


「メリッサ! もうあたし無理だよ、助けて!」


 彼女の口から私たちが探している人物の名前が出た。

 追い詰められて行方をくらましているメリッサに向けて懇願こんがんしているのだろうか。

 そんなことを思っていると、家の奥から足音が近づいて来た。

 家族の誰かがこちらに向かってきているとは考えられない。

 そして部屋の入り口に一人の女性が姿を私たちに見せた。


 彼女は写真で見た姿通り、十代半ばから後半の若い女性の姿をしていた。

 髪の毛は肩にかかるまで伸ばしていて、シメナと同じく白色をしている。

 また、目じりが少し垂れ下がった目の中に、黒い瞳が宿っていた。

 そして飾り気のない衣装を身に纏っていて、小さめの盛り上がりが胸部に出来上がっていた。


 メリッサと思われる女性は元気がなさそうに呟く。


「お姉さんたち、だれ? なんでワタシのこと探してるの?」


 エスランティが右手で額を軽く押さえながら左手を左上に伸ばしていく。


「僕たちはシメナさん、つまりメリッサちゃんのお母さんに君を探すよう頼まれてるのさ! セフティスとは別にお母さんは必死に娘を、メリッサちゃんをどうにかしようと動いているよ」


「お母さんが? ……いや、そんなことない!」


「え、どういうことかな?」


「お母さんたちは、仕事――野菜たちの方が大事なんだから!」


 野菜という単語が出てきて、シメナの職業が自分と近いものではないかと推測する。

 もしかしたら私も職場で彼女に接触していたかもしれない。

 しかし記憶に無いということは、担当している食物が違う可能背が高い。


 エスランティは語気を強めながら訴えた。


「そんなはずはないよ! もしそうなら僕たちに頼む、いや大玄関通路で見ず知らずの人に呼び掛けるはずない!」


「ワタシのことがどうでもいいから自分たちじゃなくて、見ず知らずの人に頼むんでしょ!」


 私もエスランティと同じくメリッサをなだめる。


「そんなことないよ。間違いなくシメナさ――お母さんはメリッサちゃんのことを心配していたよ。雰囲気からしてあの焦りようからは本気を感じたもの」


「焦ってるからってワタシのこと大切に思ってるかどうかはわかんないでしょ!」


「そのことを確かめるためにも、お母さんに会ってみない? 戻ろう?」


 メリッサは困惑してビビアンに助けを求めるかのように見つめる。

 ビビアンは肩をすくめて硬い笑みを浮かべた


 エスランティはビシッとメリッサを指差しながら発言する。


「僕たちがメリッサちゃんの味方になってあげよう。だから一度お母さんと会おうじゃないか。どうだい」


 メリッサは右下の床を見つめながら思案し続ける。

 そして顔を上げて小さく頷く。


「お姉さんも来ますよね?」


 ここまで来たのだから私も最後まで付き合うつもりだ。

 頷いてメリッサを安心させる。


「もちろん」


 安心したのか、メリッサはほんの微かな笑みを浮かべる。


「ビビアン、今までありがとう」


 ビビアンは首を横に振っていく。


「メリッサの問題が解決しそうであたしも嬉しいよ」


 メリッサはビビアンに微笑みを向けると、玄関へと歩いていく。

 エスランティと私も彼女の後ろをついて行った。

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