救世主

 シメナから離れてから数十秒。

 彼女の姿は小さくなっているけどお互い見える位置に陣取った。

 そして私とエスランティは周囲にいる人々に訴えかけていく。

 それはまるで先ほど喋っていたシメナのように、娘を思うかのように。


「すみませーん、どなたかメリッサと言う女性を知りませんでしょうか? 情報を持っている方、いらっしゃいませんか?」


「すみません、誰かメリッサという女性の情報を知っていませんか?」


 彼に続いて私も周囲に訴えかけていく。


 大玄関通路を行きかう人々は、先ほどまでの私と同じように、どこか気に掛けはしているけれど基本無関心をよそおっている。

 それもそのはずで、情報を持っていないのに人探しを手伝おうなんて思うのは愚かな人だけだ。

 あるいはものすごいお人好しか。

 私の隣で叫んでいるエスランティはどちらに当てはまっているのだろうか。

 ついでにそんな彼に付き添っている私もどっちだろう。


 エスランティは左手に見える食糧管理棟、右手に見える住宅棟に繋がる通路に顔を往復させて呼びかける。


「どなたかメリッサという名前のお嬢さんをご存じないですかー? 行方が分からなくて探しています」


「誰かメリッサというお嬢さんのことご存じないですかー? 捜索していますー」


 彼に続いて私も大声を出していく。

 手ごたえなし。

 人々はずっと変わらず自分の目的地に向かって歩いていく。

 もちろん全員が無視しているわけでなく、こちらを見つめてくる人も居る。

 それは情報を持っているからではなく、単に気になったから見つめてきただけなのは私でも分かる。


 正面の奥にずっと続く、地上への昇降機までの通路を見つめて、万が一、あるいは奇跡的に情報を持っている人を期待していた。

 先ほどまで人探しなんて興味なかったのに、いつのまにかメリッサを見つけ出すことに使命感や義務感、それとも私に元々備わっていた正義感が働いているのだろうか。

 とにかく情報が集まって欲しいという思いはある。


 そんな私の気持ちに応えてくれるかのように、一人の女性がこちらに近づいてくる。

 もちろん彼女が私の気持ちを察する能力を持っているとかではなく、おそらくは。


「あのーすみません。どうかしたんですか?」


 派手なものを身につけておらず、大人しめな衣装で身を包んでいる彼女がエスランティに話しかけてきた。

 あまり考えたくはないけど、エスランティの美貌目当てで絡んできたという可能性も否定できない。

 もしそうならば、私が彼に代わって彼女を追い払わなくてはいけない。

 きっとエスランティはそういうのにはうといはずだから。

 勝手な憶測が頭の中に浮かび上がる。


 彼女の問いかけに、エスランティは救世主が現れたかのように、あるいは獲物を見つけたかのように明るい笑顔を浮かべながら相手の顔を凝視した。


「お姉ちゃん、もしかしてメリッサちゃんの情報持ってるのかな?」


 彼に釣られたわけではないけど、私も自然と笑顔になって大人しそうな女性に尋ねてしまう。


「お姉ちゃんの方こそどうかしたのかな? 話しかけてくれたってことは、メリッサちゃんのこと何か知ってるの?」


「うん、知ってるも何も、メリッサは私の友達だから」


 彼女の言葉を聞いてエスランティが嬉々として言う。


「見つけた!」


 私も言葉には出さなかったけれど、手がかりを持っているであろう人物を見つけたことに、頭が喜んでいるのを感じる。

 なのできっと今の私の表情は少し緩んでいるはずだ。


 大人しそうな女性はエスランティの圧のある声に一瞬怯みつつも、言葉を漏らす。


「えっ、なにをですか?」


「メリッサ、ちゃんのことを知っている人だよ。メリッサちゃん今、行方が分からなくなっていてね、お母さんがメリッサちゃんがどこにいるか知りたがってるんだ。それでメリッサちゃんのお母さんから僕たちにメリッサちゃんの捜索を手伝って欲しいって頼まれてね。あ、もちろんセフティスにも捜索のお願いをしたって言ってたよ。だからお姉ちゃんがメリッサちゃんのことについて何か知っていたら、僕たちに教えて欲しいんだけど、どうかな?」


 エスランティがメリッサとシメナの関係、なにが起こっているかの説明をしてくれたおかげで私はただ彼の言葉に頭を縦に振って肯定するくらいしかできなかった。


「うんうん」


 多少楽が出来るから別にいいんだけど、ちょっとだけ自分の役目が無いことに劣等感が湧き起こる。

 そもそもそこまでメリッサの捜索に意欲的でなかったのに、私の体は一体なにを感じているのだろう。


 大人しめの女性は警戒心が解けたのか、微笑みを浮かべた。


「そうだったんですね。危ない追手か何かの可能性もあったので、どうしようか迷っていたのですけど、安心しました」


「余計な一言かもしれないけど、さっきの彼の説明だけでメリッサちゃんのお母さんから頼まれたことだって信じない方が良いよ。はっきりした証拠が無いからね。お姉ちゃんの考えの方が正しいよ」


「えっ!?」


 エスランティが慌ただしい様子を見せながら言う。


「いやいやシエラ君、たとえそうだとしてもそんなこと言ったら彼女がまた警戒しちゃうでしょ! せっかく見つけたお友達、いや唯一の情報を持っている人だったらどうするの!?」


「えっと、話しても大丈夫ですよね?」


 大人しめの女性が不安そうな顔をしながら一歩後ろに下がって私たちから遠ざかろうとする。

 失敗してしまっただろうか。

 彼女にちょっとした助言を言ってあげたかっただけだったのに。

 この先の人生のことも考えてのことだった。

 彼女は大切な情報を持っている子。

 ここで逃がしてしまったら道が途絶えるのは必至。

 そもそも私たちが危険な存在だという疑惑を持たれるのも嫌だ。

 なんとか説得してもう一度、警戒心を解いてもらわないと。


「違う違う、ごめんね惑わせちゃって。ただお姉ちゃんが他の人に騙されそうな気がしたから、ちょっとした忠告がしたかっただけで。あ、私たちは本当にメリッサちゃんのお母さんから頼まれてるから安心して。って、それも証明できることは出来ないんだけど……」


 不甲斐ない。

 証拠が無いとこれほどまでも無力なのか。

 私の言葉だけで彼女が納得してくれればいいのだけれど。


 私も彼女と同様不安を抱いていると、大人しそうな女性は左下を見つめながら話す。


「……なんとなくですけど、お二人からは悪意のようなものは感じないです。確かにお二人がメリッサちゃんに何かするような人だったら情報を話しちゃいけないと思いますけど、わたしの感覚が正しければ二人に話しても問題は無いかなって思います」


「うん、私たち――私を信じて」


 私はメリッサに何かをするつもりなんて微塵も無い。

 けどエスランティがどうするかはわからないので、私が断言することができない。


 大人しそうな女性はしばらく黙り込んだ後、エスランティに視線を向ける。

 しかしすぐに私の方に向きなおした。


「確証はないんだけど、たぶん、ノラちゃんのところにいるんじゃないかな? ノラちゃんが何か知ってると思う。あ、ノラちゃんってのは私たちの同級生です」


「そのノラちゃんってのは、どこにいるか分かりますか? どこに住んでるとか……」


「うーん……09635号室に住んでる子だよ。猫人間キャヒュマンットの子だから目立つと思うよノラちゃん」


 エスランティが目を見開きながら会話に割って入ってくる。


「ちょっと待った! 今、猫人間キャヒュマンットの子って言ったよね!?」


「え、あ、はい」


 猫人間キャヒュマンットの子という言葉を聞いて、私も彼と同じ結論に導かれた。

 そのノラという女性が高い確率で部屋に貼ってあった写真に写っていた動物のように愛くるしいあの女性だ。


「本当ですか!? お姉ちゃん、ありがとう。その情報今すっごく必要だったんだ。本当にありがとう」


「え、そうだったんですか? ならよかったです。私の情報がメリッサちゃんの問題解決になるなら嬉しいです」


 エスランティが嬉々としながら言う。


「問題解決どころか救世主だよ。お姉ちゃんが居なければ僕たちは間違いなく謎の海に溺れて死んでいたよ」


 大人しそうな女性は困惑した表情でエスランティを見つめる。


「え、謎の、海?」


「海をさまよっていた僕たちを陸に引き上げてくれてありがとう。これでまたメリッサちゃんの捜索を続けることが出来るよ。そういうわけだから早速僕たちはノラちゃんのところに向かうとするよ。ほらシエラ君、移動するよ!」


 私は彼女に笑みを向けながら手を振ってエスランティの後ろをついて行く。


「それじゃお姉ちゃん、ありがとうね。私たちもう行くから」


 大人しそうな女性もどこか安心した様子を見せながら挨拶に応えて手を振ってくれた。

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