エスランティ

 私たちはシメナ家に向かうために、住宅棟の昇降機に乗り、1階から9階に上がっている最中だった。


 外の景色が見えない密室の中で、出会ったばかりの男性と二人きり。

 さらにその男性、エスランティと一緒に行方が分からなくなった女性を見つけるために協力することになった。

 私の意思を無視して。

 どうしてこんなことになってるんだろうと憂鬱な気分になりかけながら自分が宙に浮かんでいる感覚を味わい続ける。

 実際に宙に浮かんでいるわけでなく、昇降機の床で体が上昇させられているのでその感覚を体が感じていた。


 しかし憂鬱に浸っている余裕は与えてもらえなかった。

 エスランティが沈黙に包まれた空間を切り込んでいく。

 憂鬱に浸りたいわけじゃないから、それはそれでいい。


「何か手がかりが見つかるといいんだけどね」


 むしろ手がかりが見つからないで欲しいと思う。

 そうなれば捜索は打ち切りになり、私も必然的に解放される。

 メリッサやシメナのことが心配じゃないわけではないけど、セフティスでもなければただの一般人が足を踏み入れてはいけない。

 私みたいなのはみんなが食べる食物を育て、収穫して貢献するのがお似合いだ。

 どうしても捜索したいならエスランティのような勇敢な人物が行えばいい。


 無言のまま思案し続けていても気まずいので、何か反応した方がいいだろうか。


「そうですね」


 自分で言っておいてなんだけど、冷たすぎなかっただろうか。

 でも元々私は捜索にそこまで意欲が無いので、これは自然な反応だと思う。

 そう思いたい。

 そう信じこむ。

 

 そして昇降機の中で口を閉じ続けていると、昇降機が動作を止めて扉を開いていく。

 まるで捜査に行って来いと言わんばかりに背中を押すかのようだ。


 エスランティと共に昇降機から下りたら、彼は首を左右に往復させながら悩む。


「09375号室ってどっちだろう?」


「えーっと、あっちじゃないでしょうか」


 一番近くの扉の番号を二つ確認したら、顔の向きを固定させながら返事をする。

 09400号室と09399号室の数字を見れたので、番号が少ない方側の通路を歩いて行けばシメナ家に辿り着けるはずだ。


 エスランティは少しだけ驚いた表情をしながら言う。


「すごい、観察力と分析力が良いね。僕にはすぐ理解できなかったのに」


「いえ、ただ隣の家番号を確認しただけです」


 たとえ当たり前のことをしただけでも、褒められると嬉しい。

 体の中に元気になる何かが駆け巡っていくのが分かる。

 だとしても、それで捜索を意欲的にするわけではないけど。

 ただ少し活力が回復しただけ。

 エスランティに削られた分を補って貰った。

 張本人からだけど。


 ガラスで張り巡らされた通路を二人で歩いていく。

 外の景色は相変わらずサフェートレイクの青色が広がるばかり。

 そこで泳いでいる魚たちはエスランティに逆らえずただ従っている私を笑っているだろうか。

 

 よそ見をしながら歩いていると、エスランティが扉の前に足を止める。


「着いた、09375号室。シメナさんとメリッサちゃんの家」


 それからシメナから貸してもらったカード型の鍵を、扉付近に備わっている読み取り機に近づけていく。

 すると扉から小さな仕掛けが動く音が聞こえたきた。

 中に入れる合図だ。

 そして扉が横に滑るように移動していき、私たちを歓迎していく。


 歓迎されたエスランティは無言のまま玄関の中に入っていき、私に向かって小さく手招きをする。


「ほら、シエラ君も早く入ってきなよ」


「一応この家は知らない人の家、シメナさん達のお家なんですから。まるで自分の家みたいな言葉ですね」


 冷ややかな目をエスランティに向けながら私もシメナの家に足を踏み入れる。

 というか私のことを君付けで呼んでいたけど、なんだかいつの間にか上下関係が出来上がっているような気がする。

 たとえ私の気のせいだったとしても、“さん”とか“ちゃん”って呼ばれたほうが嬉しい。


「お邪魔します」


 たとえシメナ親子が居なくても、挨拶はした方がいい。

 そもそもこの家に住んでいるのがシメナとメリッサだけとは限らないし、他の人が今中にいないとは限らない。

 私たちはそれを確認せずに中に入ってしまったので、実は無礼なのではないか。


 玄関にはエスランティが脱いだばかりの靴以外は置かれていない。

 幸いにも私たちの無礼な情報収集はこの家の家族には知られずに済んだ。

 そして家に誰も居ないので楽な気持ちな状態で情報を集めることが出来る。

 決して人の目が無いからと言って、悪い事をするつもりはない。

 エスランティはどうするのかはわからないけど、もし罪を犯しそうになったら止めるつもりだ。


 エスランティは堂々と家の中を進んでいく。


「まずは行方不明になった本人の部屋から探すべきだよね」


「確かにそうですけど、もうちょっと遠慮ってものがあるでしょう」


「なんだい、シエラ君はメリッサちゃんのことが心配じゃないのかい? どうだっていうのかい?」


「そうじゃないですけど」


「なら他人の部屋だからって遠慮してちゃダメだよ。そんなことを考えていたら、メリッサちゃんの手掛かりが遠ざかっていっちゃうよ。真実を見つけるのに時間がかかってしまう」


「うぅ」


 エスランティの言っていることは正しい。

 私たちが少しでも躊躇してメリッサの手掛かりを得そこなった場合は責められる箇所が出来上がってしまう。

 だけど気持ちだけでも意識はして欲しいと思った。


 エスランティの後に続いて廊下を歩いていき、メリッサのと思われる

部屋の前に到着する。


 エスランティは扉を勢いよく開けて中に足を踏み入れていく。

 ちょっと乱暴な気もするけど、今は中に人が居ないから気にしなくてもいいけど。

 万が一、人が居たととすればそれはまた別の問題だ。


 エスランティは部屋を見渡して言う。


「おっ、綺麗に片付いてるねー」


「その言い方だとまるで部屋が散らかってると予想してたかのようですね」


「おしゃれをして自分を綺麗に着飾っていても、意外と部屋の中が汚れている人が多いものなんだよ、シエラ君」


「それは偏見とか偏った先入観じゃないでしょうか」


「ふむ、そうかもしれないね。ちなみにシエラ君の部屋はどんな感じになっているのかな? 綺麗に整頓されている? それともやはり――」


「私の部屋は綺麗に片づけてますよ!」


 思わず声を荒げてしまった。

 やはり他人に自分に良くないイメージを持たれたくはないもの。

 もちろん部屋はしっかり片付いているので、嘘をついているわけではない。

 

 私も彼に続いてメリッサの部屋に入る。

 内装は白い壁で囲まれていて、あまり家具が置かれておらずとても清潔感を感じた。

 ベッドが一つ部屋の角に置かれていて、近くの棚には両手で抱えられるほどの大きさをした魚のぬいぐるみが置いてあり、そのぬいぐるみは可愛らしいとは言いにくく、間抜けな表情をしている。

 その受けが悪そうな外見はあんまり若い女性が好むようなものでは無いと思う。

 好みは人それぞれだからそれこそ私の考えも偏見になってしまうのだろうか。


 考えながら部屋の中を物色していると、エスランティが壁に貼られている数枚の写真に近づいていく。


「ふむ、写真がありますね。白髪の女性が映ってます。もちろんシメナさんじゃありません。似ていますけど、もっと若いですね。お母さんの若いころの写真をわざわざ自分の部屋に飾りますかね」


「絶対ないとは言い切れないと思いますけど」


 エスランティは顎に手を添えながら写真を凝視していく。

 その姿はセフティスが本気で仕事に取り組んでいるかのようだった。


「まぁそうですね。まぁ、確率として低いと仮定しましょう。そうするとここに映っている女性は必然的にメリッサちゃん本人になりますね」


「ただシメナさんは娘が一人だけとは言ってません。もしかしたらその写真もそうですけど、この部屋も別も娘さんのものかもしれません。妹さんかお姉さんかは分かりませんけど」


 私も確認するためにエスランティの横に立ち、写真を眺める。

 確かにシメナと似ている女性が映っていた。


 エスランティは頷きながら言う。


「シエラ君の推測も的確だね。たしかにそうだね、安易にこの女性がメリッサちゃんだと決めつけるのは危ない。でもそれだと調査が進まないから、この白髪の女性はメリッサちゃんとしよう」


「うーん、そうですね。考えすぎもダメですね。シメナさんが白髪って言っていたので信じましょう」


 エスランティは数ある写真のうちの一枚に顔を近づけていった。


「メリッサちゃんと一緒に映ってる子は誰なんだろうか? この動物の耳と尻尾、猫人間キャヒュマンットだよね」


「わぁ、可愛らしい女性ですね」


 思わず出た誉め言葉。

 事実メリッサちゃんと一緒に居る赤い髪をした彼女は私たちとほぼ変わらない容姿をしているけど、わずかな違いの部分の影響が強く、なにか愛くるしい見た目に見える。


 エスランティは苦笑しながら呟いた。


「流石に姉妹ではないだろうから、友達か何かでしょうかね」


「友達だとしたら、彼女が何かメリッサちゃんの情報を持っていないでしょうか」


「うん。むしろ彼女のすぐ近くにメリッサちゃんが居るって可能性もある。彼女の元に辿り着くと同時にメリッサちゃんを見つけることが出来るかもしれない」


 もしそうだとしたらなんて幸運なことだろうか。

 このよくわからないメリッサ捜索の連れ添いから早く解放される。

 メリッサのことはまだよく知らない状況、関係だけど、友達と一緒に居て欲しいと強く願った。


「その肝心の猫人間キャヒュマンットのお友達なんですけど……どこにいるか、住んでいるかが分からないのが厳しいですね」


 エスランティは腕を組みながら顔をしかめていく。


「困ったね。これは一旦シメナさんに情報を聞きに行った方が良さそうだね」


「そうですね。シメナさんがまださっきのところに居ればいいのですが」


「入れ違いにならないようにここで待ち続けるのも手だけど」


 それはつまりシメナが家に帰ってくるまでエスランティと一緒に待つってことだろうか。

 シメナが帰ってくるのがいつか分からない。

 今日知った人の、他人の家に、今日知り合ったばかりの人と一緒に長時間過ごす。

 耐えられるだろうか。

 そんなことになるくらいなら私たちが動いた方がいい。

 たとえ多少の危機があったとしても。


「いえ、ここで待つくらいなら私たちが今から会いに行きませんか? その方が時間が無駄にならずに済むので」


 私のイヤなことを回避する提案がまるで意欲的にメリッサの捜索をしたがっていることになっている。

 気持ちと矛盾していた。


 エスランティは一瞬驚いた様子を見せたけど、すぐに小さな笑みを浮かべる。


「なるほど。シエラ君も乗る気になってきたんだね」


「違います。そういうわけじゃなくて」


 エスランティは私に手招きをしながらきびすを返す。


「さあ、大玄関通路まで戻るよ。シメナさんがいつ家に帰ろうとするか分からない。急ぐよ」


 私たちはシメナの家から大玄関通路まで移動することになった。

 議論に出ていた通りシメナがまだメリッサの情報集めをしていればいいのだけど。

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