湖中都市の騒がしい日常
!~よたみてい書
シエラ
「――知りませんか? どなたか目撃してい――」
今日は休日だ。
私は左側に張り巡らされている大きな長方形のガラスを見る。
この島大陸ワーミーで一番大きな湖、サフェートレイク。
といってもワーミーにはここフレシュランが建てられている湖一つしか存在していないのだけど。
そして私のことを見つめてくる人物が一人。
年齢は二十代半ばだろうか。
それよりもう少し若いかもしれない。
とにかく若い女性。
黒い髪を首回りまで伸ばし、穏やかな目に黒い瞳。
首にフォンダント――ペンダント型端末――をかけていて、他者との連絡手段は万全だ。
堅苦しくない衣装でほっそりとした全身を着飾っていて、胸部も盛り上がっている。
しかし他の魅力的な女性に比べるとやはり物足りなさを感じてしまう。
つまり通路の照明がガラスに反射し、私の姿を映し出していた。
薄水色をしたサフェートレイクの色が、私が歩いている廊下をほのかに同じ色に染めている。
青気味に染まった通路に包まれていると、なんだか気分が落ち着き、荒れた心が静まっていった。
そんな綺麗な水をしたサフェートレイクの中を腕の半分の長さも無い魚が横切っていく。
あれはニジマスだろうか、それともアユ、コイか。
なんであろうと、私たちの生活を支える現在、そして未来の糧。
もちろん鑑賞としても私たちの心を日々癒している。
彼らには感謝しなければいけない。
「どなたか私の娘を目撃していらっしゃいませんか? メリッサという娘です」
そんなことを思いながら歩いていると、先ほどから私の耳に入ってくる女性の必死な叫び声が大きくなっていく。
ずっと叫んでいるとすれば、この声は私だけでなくこの大玄関通路を通過する人々に影響があるし、これからもメリッサという女の子の名前が人々の脳裏に焼き付かれるだろう。
それはそれでおそらく行方が分からなくなった娘を見つけやすくなるという意味では良いことなのだけど。
私は知りませんし助けるつもりはありません、という雰囲気を漂わせるために、無表情のままメリッサの母親らしき女性の横を通り過ぎようとする。
しかしそれが許されなかった。
背後から成人はしているだろう男性の声が聞こえてくる。
「助けを求めている人の声を無視するのかい?」
まるで私の頭の中にある良心が問いかけてくるかのような言葉。
しかしその声は間違いなく私の耳に入ってきていて、幻聴や妄想でもなんでもない。
紛れもなく後ろにいる人から投げかけられている。
それを確認するために後ろを振り向く。
「え?」
私の口から発せられた短い言葉には、彼が聞いてきた言葉に対する返答という意味もある。
しかし他にも、お兄さんは一体どこの誰で、私に何の用でしょうか、も含まれている。
ブロンドの髪を耳の下まで伸ばしている男性、しかも顔が整っていて美しい造形。
年齢は私と同じくらいの二十代半ばに見えるけど、私よりは少し年上に見える。
身長は私より頭一個分ほど高め。
凛としていて少し力強さを感じるキリッとした目の中に、サフェートレイクを宿しているかのような青い瞳。
体は細いけれどそこそこ筋肉は付いているようで健康的で、その体に形式的な衣装、つまりコートを羽織っている。
そんな彼が私がまるで悪いかのように肩をすくめながら何か言ってくる。
「僕の声には反応するってことは、彼女の声は君に届いているはずだけど。それじゃあ、意図的に素通りしようとしていたんだね?」
「いえ、そういうつもりじゃなくて」
「それじゃあ、本当に聞こえていなかったと? 彼女の声だけ聞こえてなくて、僕の声に反応した。そこから導き出される答えは、つまりお姉さんは何か考え事でもしていたのかな。もしそうだったのなら僕の変な勘繰りで気分を害してしまいましたね。ごめんなさい。ところでもしよければ、その考え事についてなにか悩みはありませんか? 僕でよろしければお話を聞いてあげれますし、何かお手伝いができることがあるかもしれません」
このお兄さんはさっきからちょくちょく嫌味を感じる言葉を言ってきていてあまり気分がいいとは言えない。
正直この場を早く離れて何事も無かったかのようにいつもの日常に戻りたい。
「あの、さっきから何でしょうか?」
「いやなに、悩める女性の負担を取り除いてあげようと思いまして」
「べつに私は悩み事なんてないですよ。しいて言えば、今よくわからない男性に絡まれていて悩んでいます。この苦悩から解放してください」
「なんですって!? それは大変だ、どこのどいつですかその男性は!?」
すると絡んできた男性は私の前に勝手に立ちはだかり、周囲を見渡して警戒していく。
「さあ、僕の後ろに隠れて! 僕が守ってあげますから!」
「私の心の平和を守るために私のことを放っておいてください」
本当に気づいていないのか、おふざけでやっているのかはわからない。
ただ悪意は感じないので、強く怒る気にはなれなかった。
私と絡んできた男性とで問答をしていると、ついに恐れていた事態に発展してしまった。
叫んでいた女性が私たちの方に近づいてきたのだ。
「あの、お二人はメリッサと言う女の子を知りませんか? 私の娘なのですが、行方が分からなくなってしまって」
メリッサの母親が悲しそうにつぶやく。
年齢は四十代行っているかいないか、三十代後半のような少し色気と大人しさがある雰囲気を
白髪で腰まで伸びている髪の毛、穏やかそうな黒目。
目立たない衣装で身を包んでいて、ふくよかな丘が胸部に出来上がっている。
私より大きいはず。
嫌な展開だ。
大丈夫だとは思うけど、メリッサを探さなければいけない可能性が僅かに上がってしまった。
しかし落ち着いて彼女のことについては一切知らないと正直に答えれば他の人と同様、いつもの日常に戻れるはずだ。
早く家に帰りたい。
「えっと、そうですね……。申し訳ないのですが、娘さんの情報は――」
メリッサの母親から逃れる流れに持っていこうとしてるところに、横にいる絡んできた男性が会話に割って入ってきた。
「そうなんですよ、実は彼女、メリッサちゃんの情報を持っているらしいんですよ」
思考が停止してしまった。
予想していない展開、意味の分からない会話をしている。
彼はさっき初めてメリッサの存在を知ったばかりだ。
彼女の情報を持っているわけない。
なのに彼は私を情報所有者あるいは情報提供者扱いしてくる。
どうしたらいいのか、なんて言葉を発したらいいのかあたふたとうろたえていると、メリッサの母親がまるで救世主を見つけたかのように活気を取り戻した雰囲気を漂わせていく。
この男性のでたらめな言葉に翻弄されないで欲しい。
しかし私の思いは届かず、彼女は嬉しそうに見つめてきた。
「本当ですか!? メリッサの事知っているのですか!? 彼女が今どこに居るのかわかりますか!?」
分かるわけがない。
絡んだきた男性が勝手に言っているだけだ。
何とかして否定して誤解を解かなければ。
「いえ、私は別にメリッサちゃんのこと――」
「はい、彼女は何か手がかりをつかんでいるそうです。なのでこれから僕たちはメリッサちゃんの捜索の手伝いを始めたいと思います。よろしいでしょうか?」
絡んできた男性がまた私の主張を遮ってくる。
だから私は知らない。
と言いたいけれど二人の圧に押されて言いよどんでしまう。
メリッサの母親は嬉々とした表情で何度もうなずく。
「はい、はいっ! よろしくお願いします! セフティス――フレシュランの秩序を守り、困窮者に手を貸す部署組織――にも助けを求めているのですが、なかなか見つけていただけなくて……」
「そうだったのですね。セフティスでさえ容易にメリッサちゃんを見つけ出すことが出来ないとなると、さぞ心配で不安だったでしょう。しかしご安心ください。僕と彼女がお母さんの悩みを解決させていただきます」
彼が言う彼女と言うのは私のことを指しているのだろうか。
首を振って抵抗を試みるけれど、私の小さな反抗は興奮気味のメリッサの母親には意味が通じなかった。
「本当に感謝しています。どうか娘を、メリッサを見つけてください。17歳で身長は私より少し低いくらいです。髪色は私と同じく白色をしていて、肩まで髪の毛を伸ばしています。けど先週――最後に見た姿なので、今も同じかどうかは断言できませんが、一応情報として受け取ってください。あと、私の名前はシメナと申します、09375号室に娘と一緒に住んでいます。それと、これ、私たちの家の鍵です。私はまだここで娘の情報を集めようと思います。お兄さんたちは娘の部屋で手がかりを探してみてください。そういえばお二人の名前をまだ聞いていませんでしたね」
絡んできた男性は、シメナからカード型の鍵を受け取る。
「そうでした。えっと、僕はエスランティといいます。こちらの彼女は……ハナコです」
「私の名前はそんなんじゃないです! ちゃんとシエラって名前があります!」
勝手に名前を付けられて思わず大きな声を出してしまった。
私の反論を気にも留めないまま、エスランティと名乗った絡んできた男性は自信満々に言い放つ。
「シメナさんも引き続き頑張ってください! 僕たちは言われた通りまずはシメナさんの家で情報を集めさせていただきます」
そうはさせない。
何とかこの流れを変えなければ。
「彼が頑張ってくれるので、シメナさん安心してくださいね。それじゃあ私はこれで。エスランティさん、がんばってくださいね、応援しています!」
作り笑顔を絡んできた男性に送り、その場を離れようとする。
早くここから脱出しなければ、また捕まってしまう。
私の右腕が何かに引っ張られる感覚を感じている。
その違和感を確かめるために視線を向けると、私の腕をエスランティが握っていた。
「さあ、情報を集めに出発しますよ」
「いえっ、私は探すなんて一言も言ってないですよ!」
必死の抵抗もむなしく、絡んできた男性に私は連行されてしまうのだった。
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