別世界 case:β
かつん、とラケットを弾いてみる。
すると、部屋の絨毯へと埋もれるように
ぱたりと倒れていった。
波流「…。」
ただの休日、何もない日。
それなのにこんなにも心が沈んでいる。
梨菜がいなくなって早2日目。
昨日の夜はスマホにかじりつくように
ずっとその画面を眺めていた。
ツイートすることはなくとも、
ただただじっとな眺めていた。
嶺さんからLINEで
情報を共有してもらった。
ネットの人たちからの声で
梨菜は今並行世界たる場所に
いるらしいということ。
桜並木の下を通ったことで
その並行世界へ迷い込んでしまったこと。
私たちはその並行世界にあるらしい
梨菜のアカウントを
認知することはできないけど、
何故かネットの他の人なら
ツイートやアカウントを見ることも、
リプライを送ることもできるらしいこと。
波流「嘘っぽいよね。」
ラケットを立てて、また突く。
今度はふらつくだけで
何とか耐えていた。
嶺さんが共有してくれた情報のうち、
最後の1行がどうにも頭から離れない。
『私たちはTwitterを通して言葉を伝えることしかできないと思う。』
波流「手紙…的なことだよね。」
誰かに預けて、言葉を届けてもらう。
思いを届けてもらう。
私も一応ネットの人にお願いした。
時間を割いてわざわざツイートを
届けてもらうことに
少しばかり抵抗があった。
というのも、私自身本当に
梨菜に戻ってきてほしいかが
分からなかったからだと思う。
波流「…。」
私は梨菜に対して
何を思っているんだろう。
帰ってきてほしい?
そんなひと言で表せるほど
簡単な感情は持ち合わせていない。
あのトンネルの奥で見たもの、
聞いたことが、言ったこと全てを
覚えているわけではないけれど、
色濃く残っているのは事実だった。
それ以降、私から距離を置いたのか
梨菜から距離を置いたのかすら
あまり覚えていない。
それでも私たちは話さなくなった。
一緒にいなくなった。
私は部活の人といるようになって、
梨菜はクラスの、けれど共有の
友達ではないグループに
ひょいと入り込んでいた。
共有の友達は主に
私と一緒に過ごすようになってしまい、
梨菜だけが外されているように
見える構図になっていた。
休み時間にちらと梨菜を確認することが
幾度となくあったけれど、
大体は笑って過ごしていたので
少しは安心したっけ。
…それでも、罪悪感は拭えなかったんだろう。
°°°°°
波流「私は、梨菜だからこう言ってるの。」
梨菜「…傷つけたい?見下したい?」
波流「違う!昔から頑張ってるのは知ってた、だから少しでも居場所であり続けたかった。」
梨菜「居場所って」
波流「少しでも梨菜のことを守っていられるようにって思ってる!」
梨菜「……それは…友達じゃないよ。」
波流「…。」
梨菜「それは、対等じゃないよ。」
波流「…っ!」
梨菜「守りたい欲を私で晴らすために、出まかせを言って私を傷つけようとしてるんでしょ。」
波流「そんなことしたって意味がないでしょ。」
梨菜「…。」
°°°°°
梨菜から妹の存在も友達も
奪ってしまった私が、
今更戻ってこいなんて言うのは
都合が良すぎるのではないか。
それこそ、私は梨菜のことを
守る対象としてしか見ていなくて、
あの日から何も変われていないのなら。
私には呼び止める資格なんてない。
もし向こうの世界で
楽しく生きているのであれば、
梨菜にとってはそちらの方が
幸せなのかもしれない。
波流「…これも、守ろうって思ってるのかな。」
梨菜のことを守りたい。
こちらの世界にいても傷つくだけなら。
…それならいっそ。
うじうじと考える中で
どうしようもなくなって膝を抱えた。
今だけは好きな曲を聴いても
全然心が踊らない。
ルン、と体が軽くなったり
鼻歌を歌ったりしたくならない。
波流「何でずっと梨菜に振り回されてるんだろ。」
思い出すのは遅刻に宿題のし忘れ。
疎遠になってからだってそう。
そして今回の神隠し。
梨菜に振り回されてばっかりの10年間。
少しくらい休まる時はあっただろうか。
波流「…。」
もし梨菜がいなくなったら、
こんなふうに振り回されることは
なくなるのかな。
それとも、一生引きずる傷になるのかな。
その時だった。
またスマホが光る。
通知が届いたようで、
ぱっと手に取って確認する。
すると、嶺さんから
みんなのいるグループに向けて
連絡が入っていた。
『この後一旦集まって話がしたい。
もちろん嶋原のことで。
来れる人はー』
その下には日時と場所が記されていた。
あと1時間くらいしてから
準備し始めれば間に合うくらいだろう。
波流「…すごいな。」
嶺さんは梨菜を取り戻そうと
本気なんだろうな。
私はそこまでできないな。
…できないし、する資格だってない。
けれど、このままうじうじと
部屋の中で腐るのも嫌だったので、
行けるという旨を伝えた。
逃げちゃだめなような気がした。
向き合って、なんとかして
答えを出さなきゃいけないような
気がしていた。
…それは、ずっと前から。
波流「答え出すの、引き伸ばしすぎた…よね。」
スマホの電源ボタンを押して、
そっと真っ暗へと移りかわらせた。
***
指定された場所は
共学組の通う学校だった。
休日でも部活動はあるし
定時制があるため外部の人も
自由に出入りしやすいらしい。
大人数だし真剣な
話し合いになるだろうからと、
愛咲先輩の挙げていた
ファミレス等の案は却下されていたっけ。
電車に揺られながら外を眺めると、
そこにはぽつりぽつりと
ピンク色が視界に入る。
波流「…桜。」
まだ2月だというのに
桜はもう咲いているらしい。
…それもそうか。
梨菜がいなくなったきっかけは
紛れもなく桜だったのだから。
波流「…いけないいけない。」
また梨菜のことを考えていた。
この電車に乗る数十分くらいは
何も考えずにいたかった。
それこそ、好きなことでも、
歌や音楽のことを考えながら。
けれど、イヤホンを耳に
つける気は何故か起きなかった。
学校に着くと、校門では
既に何人かの影が見えた。
時間は集合時間より少し前。
真っ先に気づいた羽澄先輩が
こちらに向かって大きく手を振ってくれる。
それにつられて周りの何人かが
私のことを見ていたっけ。
走ってそちらまで行くと、
何人かは笑顔で迎え入れてくれた。
羽澄「こんにちは、久しぶりですね。」
波流「ですね。いつぶりだろう。」
愛咲「半年くらい空いたんじゃねーか?」
真帆路「そうなの?」
麗香「いいや、年末あたりに集まってる。」
美月「あぁ…あの時ね。」
こんなにも集まっているのは
本当に年末の花奏ちゃんの
退院パーティーの時以来だろう。
思えば、Twitterのアイコンでは
顔を見たことがあったけれど、
実際伊勢谷さんに会うのは
初めてだったことを思い出す。
伊勢谷さんに挨拶したり、
久しぶりに会う人たちと
それとなく話して時間になるのを待った。
残りきていないのは
花奏ちゃんと三門先輩だけ。
私たちってこんなに
大所帯だったっけなんて
頭の隅でぼんやり思う。
それからほんの少しして
花奏ちゃんも三門先輩も到着した。
急な連絡だったのに
みんなが集まるとは思ってもいなかった。
花奏「遅れてごめんな!」
麗香「別に、まだ時間にもなってない。」
歩「他が早すぎんの。」
羽澄「ほぼみんな10分前行動でしたね!」
真帆路「私たちは30分前に着いたけどね…。」
歩「はや。」
羽澄「そ、そわそわしてたんですよ。落ち着いていられなくて。」
麗香「…それもそうだよねぇ。」
嶺さんは訝しげに目を細めると、
じゃあ行こうかと言い
とある棟へと向かっていた。
私はこの学校の勝手は
全く分からないけれど、
共学組の人たちに関しては
慣れたように歩いていた。
伊勢谷さんにおいては
物珍しそうにあちらこちらへと
視線を移していた。
…それもそのはず。
聴いた話によると伊勢谷さんは
神隠しに遭う直前まで
この高校に通っていたのだから。
それから在校生は自分の上靴を、
私たち外部の人は
スリッパを借りてから
人気のない教室へと集合した。
今日は休日ということもあり
部活をしている生徒はいるものの
少なくともこの階層にはいないようだった。
遠くからしか知らない
人の声が聞こえてこない。
まるでここが外の世界から
区切られ見放されたみたいだった。
私たちが集まったのは至って普通の教室で
今も使われているのか
机はある程度並んでいた。
皆それぞれ好きな場所に座り出す。
ある人は窓側へ、ある人は後ろへ。
私は廊下側で前の方の席に座る。
すると、2つ斜め前あたりに
美月ちゃんが座るのが見えた。
人によっては真横に、
人によってはぽつりと座る中、
距離があるからこそ話しづらくなっていた。
すると、唐突に後ろから声がした。
愛咲「なあ、今嶋原は安全ではあるんだよな?」
麗香「…ネットの人の情報みてるに、そうらしい。」
愛咲「ふぅ…そりゃあひとつ安心だぜ。」
麗香「ただ、戻ってくる方法がどうにも…。」
真帆路「…。」
麗香「伊勢谷さん、帰る方法がどうとかってツイートしてましたよね。あれってどういうことだったんですか?」
何故だろう。
責めるつもりがないのは
もちろんわかっているつもりなのに、
びりっと緊張が背筋を伝った。
真帆路「あたしさ、2年間いなかったでしょ?その時に、別の場所にいたの。」
麗香「初耳。どうして言ってなかったの。」
羽澄「まあまあ、一旦聞きませんか?…続けて大丈夫ですよ。」
真帆路「別の場所のことはその…詳しく言えないけど、白いってことは言っていい…かな。」
愛咲「…。」
真帆路「そこから出るには多分どうしようもなくて待つしかできない…と思う…けど、今回梨菜ちゃんは違うっぽい。」
愛咲「並行世界って言ってたし、日本も街も学校もあるんじゃねーか?」
真帆路「だとしたら、待つ以外にも方法はあると思うの。」
麗香「助けられる、と。」
真帆路「多分でしかないから、なんとも言えない…。」
助ける。
それは、守ると同じだよね。
麗香「伊勢谷さんのその2年間の話でまだまだ聞きたいことはあるけど…今は置いといて…」
歩「こっちからメッセージは送れるんでしょ?」
麗香「他人を伝ってなら。」
歩「そうそう、お願いする形になるって話。」
花奏「どういうこと?」
麗香「今、嶋原がいるのは…」
歩「あ、いいよ。私説明しとく。」
後ろの窓側の方に座っていた2人は
そもそも現状について
整理し始めていた。
小さな声で話していても、
人がいないからか思っていたよりも
響いていたっけ。
嶺さんはありがたいことに
流れるように司会のような
役割を果たしていた。
意外だった。
嶺さんがこんな躍起になっているなんて。
それからしばらくの間
現状のすり合わせが続いた。
あれはああだった。
これはどうだった。
桜の咲いていた場所の住所には
私と美月ちゃんの2人で
向かったけれど何もなかったことや、
他にも梨菜の家には誰もおらず、
登校もしていなかったことを伝えた。
そうしている間にも後ろの2人は
話が終わっていたようで、
いつからかしんと静まり返る時間が
長くなっていた。
美月「…私たちにできることは、帰ってきてほしいって伝えてくださいとお願いして回ることだけね。」
愛咲「そうなるな。何としても梨菜を取り返すぞ!」
愛咲先輩が明るく声を上げる。
みんなにもやる気の色が
ふと見えたように感じた瞬間。
すう、と嶺さんが
息を吸う音が聞こえた。
麗香「今日集まってもらったのは、ひとつ話したいことがあったからでもある。」
愛咲「話したいこと?」
麗香「そう。」
ちら、と。
あ。
今、私のことを見た気がする。
次に何を言おうとしているのか
それとなく想像できてしまった。
麗香「嶋原さ、妹を亡くしてるみたいで。」
ぞっとした。
一瞬で教室内の空気が
凍るのではないかとすら思った。
それでも、嶺さんは話を続けていた。
花奏「それはいつの話なん?」
麗香「…さぁ、あんまり覚えてない。」
波流「去年の7月だよ。7月8日。」
美月「…そうだったのね。」
愛咲「最近のことじゃねえかよ。」
麗香「秋口に私と遊留と私の幼馴染、それから嶋原の4人で神奈川にあるトンネルの方に向かったことがあったんだけど。」
羽澄「ああ、あのツイートしてたやつですよね?」
麗香「そう。そこで色々あったんだけど大幅に省略すると、自分の中で妹は生きてるって思い込んで生活してたみたい。」
…。
ほんとにいるって思い込んでた。
けど、多分本人が1番
わかっていたんだと思う。
麗香「それくらい大事な妹なんだって。」
歩「その話、今いる?」
麗香「並行世界には妹が生きてるらしい。」
波流「…っ!」
星李が。
本当に?
咄嗟に出かかった声を呑む。
こくりと酸素が喉を通っていった。
麗香「それから、親友と喧嘩しなかったとかなんとかも書いてあった。多分遊留のことだよね。」
波流「…そうだね。」
麗香「あと、向こうは宝探しがなかった世界線とも言われてた。」
真帆路「宝探し…?」
愛咲「うちらが出会ったきっかけが闇の宝探しゲームだったんだよ。」
羽澄「闇って…確かに愛咲のことは大変でしたが…。」
真帆路「…そんなことが…また後で聞かせてね。」
羽澄「はい!」
歩「宝探しがないんなら私ら他人なんじゃない?」
花奏「えっ…。」
歩「だってそうでしょ。絶対嶺となんて話さなかっただろうし。」
麗香「うわ、悪意を感じる。」
歩「でも事実そうじゃん。」
美月「…私も歩と仲直りしていなかったと思うわ。他校のみんなとは特に何かがなければそもそも存在しなかった縁かもしれないわね。」
波流「元からある縁は別だよね?」
麗香「ん?まあ、宝探し以前から知ってたなら別じゃない?」
波流「私の場合なら梨菜や…ぎりぎり嶺さんとか。」
花奏「…私やったら真帆路先輩も歩も覚えてるんやろうな。」
麗香「愛咲先輩と羽澄先輩が仲が良かったことや、伊勢谷さんが居なくなる前に関わってた人たちの縁はそのままだと思う。」
歩「なるほどね。」
愛咲「じゃあさ、たに先輩はどーなるんだ?」
麗香「だから、花奏や愛咲先輩のことは」
愛咲「それじゃなくてよ、2年間の方。」
麗香「それは…」
愛咲「宝探しだけじゃなくて、そもそもこのおかしな出来事全てがない世界線なら、たに先輩はどうなるんだよ。」
歩「そりゃ普通に生きてんじゃない?」
真帆路「…普通に?」
歩「ん?だって死んだことにされなかった世界なら、普通に卒業して、就職か進学かしてるんじゃないかってことです。」
真帆路「…そう、だよね。」
麗香「まあ一旦そこまでにして。」
ぱちん。
嶺さんが手を叩いたのがわかった。
向こうの世界では、
今梨菜のいる世界では
ここよりも幸せなのかもしれない。
…なんて思ってしまった。
だって星李はいるし、
私だって近くにいるんだろう。
喧嘩をしていなかったら、
そもそも星李が死んでいなかったら
あんなことになっていない。
麗香「そんな場所から、どうやって嶋原を連れて帰るかってこと。」
愛咲「っぱ、帰ってこいよっていうしかないんじゃねーか?」
羽澄「みんな待ってますって伝えてもらいましょう!」
歩「…私らが言っても意味ないと思うけど。」
花奏「え、何でそう思うん?」
歩「だって、そんな大事な妹がいる世界なんでしょ?こっちにはいないんでしょ?」
美月「…戻ってくるメリットがないってこと?」
歩「じゃなきゃとっくに帰りたいって喚いてるでしょうよ。」
麗香「そこなんだよね。」
真帆路「…向こうの方がいい…って、思っちゃったのかな。」
愛咲「なあ、波流が言ってくれたら帰ってくるとか、そういう幼馴染パワーみてーなもんはないのか!?」
麗香「だって、遊留。」
波流「…え?」
麗香「遊留が言えば帰ってこないのか、って。」
波流「私が…。」
自然と俯いてしまい、
自分の指を握った。
人差し指には浅い傷の跡が
未だに残っていた。
梨菜がいなくなったのは、
いなくなって帰ってこなくても
いいやって思ったのは、
もちろん星李の問題は大きい。
けど、加えて私のこともあったと思う。
私が全てを奪ってしまったから。
だから。
波流「…あははー…無理じゃないかなぁ。」
何故だろう。
乾いた笑いが出た。
波流「だって、もう半年間も碌に口聞いてないんだよ?お互い、もう関わらないほうがよかったんだよ。」
あれ。
思ってる以上にすらすらと言葉が漏れる。
波流「私、梨菜から色々大切なものを奪っちゃったし。星李はいないよって梨菜に言ったのは」
その時だった。
だんっ、と大きな音が鳴り響いた。
皆が一斉にそちらの方へと向く。
それは、麗香が机を蹴った音だったらしい。
麗香「帰ってきてほしいと思わないの?」
波流「えっ。」
麗香「友達なら、ましてや何年も一緒に居続けた仲なら、何ですぐに助けに行こうと思わない?」
波流「こうなった以上、簡単に解決できることじゃないじゃん。」
麗香「遊留は嶋原が戻ってこなくてもいい?」
波流「別にそう言ってるわけじゃないよ。」
麗香「なら何。」
波流「…帰ってきてっていう資格がない。」
麗香「帰ってきてほしくないだけなんじゃな」
愛咲「おい、そこらでやめとけよ。うちら喧嘩しにきたんじゃないんだぜぃ?」
麗香「…資格があるとかないとか、考える前にできることすらしようともせずへらへらしてるのが気に入らない。」
愛咲「麗香。やめとけって。」
波流「私だって、こうなりたかったわけじゃない。」
ぼつり。
大粒の雨が降ったような気がした。
ああ、何だか寒いな。
寒い。
自分が想定しているよりも
掠れた声が出ていたことに気づいたのは
もう少ししてからだった。
波流「たった1人の家族を、妹を亡くして、それでも妹が生きてるみたいに毎日ツイートしたり話してたり。」
ぎゅっと手を握る。
爪が食い込んで変な音がした。
波流「だから、言ったんだよ。妹はいないって、死んだって。」
私の決意は、
一体何の意味を成したんだろう。
波流「それから梨菜、私から距離置いて、学校でもいつも一緒にいたようなグループから外れて。私は妹も居場所も全部奪った。」
麗香「だから資格がないってことになるの?」
波流「梨菜は私のこと必要にしてないし、梨菜には妹がいればそれで十分のはずだよ。」
麗香「逆でしょ。」
波流「…。」
麗香「遊留には嶋原が必要だから、戻ってこいって言うんでしょ。さっきから何を勘違いしてるの。」
波流「…理解できないんだけど。じゃあ愛咲先輩の時はどうだったの。」
麗香「私には愛咲先輩が必要だったから連れ戻した。あの場所にずっといたいって言っても、絶対引きずって連れ戻してた。」
嶺さんは私の元にまできながら
堂々と口にしていた。
どうして恥ずかしげもなく
そんなことが言えるんだろう。
…顔を上げることが
怖くて仕方なくなっていた。
私には梨菜が必要だから?
そんなの、考えたこともなかった。
麗香「他のみんなもそうなんじゃない?自分にはこの人が必要だからって思って、命の危険を犯した人だっているでしょ?」
羽澄「…その通りかもですね。」
愛咲「だな。わがまま上等ってやつだ。わがまま言って、そこでぶつかるんだったらとことんぶつかり合えばいいんだってばよぅ。」
命の危険を。
ふと思い当たったのは、
自分のことの中で言えば美月ちゃんだった。
ちらと彼女のいる方を見ると、
ばちっと目が合ってしまった。
すぐさま視線を落として
嶺さんと向かい合う。
今の自分の持つ感情が
一体何なのかわからなくて怖かった。
麗香「遊留にとって嶋原は必要な人間なんじゃないの?」
波流「…それは…。」
…考える。
考えるふりをしているだけな気がする。
波流「わからない…。」
麗香「…っ!何で」
歩「私は正直嶋原が戻ってこようが戻って来まいがどっちでもいい。」
花奏「え、ちょっ…」
歩「あんまりいい思い出ないし。てか悪い思い出が多いし。それに、そもそもそんな関わってないからどうだっていい。」
どうだっていい。
その言葉がやけにぐさりときた。
…私は、梨菜のことはどうでもいいと
思っているのだろうか。
それならこのもやもやは一体
何だというのだろう。
歩「今の言葉に嫌悪感やら何やら抱いたなら嶋原のことを気にしてる証拠でしょ。いい意味であれ悪い意味であれ、少なからず何かを思ってる。」
波流「…。」
歩「これ以上話してても埒があかないなら帰るけど。」
麗香「ほんと、自由で自分勝手。」
歩「そりゃどうも。」
嶺さんは多分、
少しだけ口角を上げてそう言ったのだろう。
自分勝手なんて揶揄しておきながら
楽しそうに聞こえてしまった。
これが2人なりの距離感らしかった。
なら、私と嶺さんは?
美月ちゃんは?
…。
…梨菜は?
波流「…。」
…梨菜は。
結局それからすぐに解散する運びになった。
嶺さんは、戻って来てほしいと思うなら
何回でもメッセージを送ってと、
送り続けてと言っていたっけ。
戻って来てほしいなら。
そう思うなら。
その言葉がずしんとのしかかってくる。
私は梨菜のこと、どう思っているのだろう。
こんなにも自分のことが
わからなくなったのは初めてだった。
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