かみ合い
梨菜「ふぁー…。」
背伸びをしながらこれでもかというほど
大きな口を開けてあくびをする。
ぽかぽかだった昨日に比べて
今日は少し寒い様子。
天気が良くないようで、
カーテンの隙間から漏れる光は
なんだかどっしりとしていて
随分重たげだった。
私、昨日は何していたんだっけ。
そう思いながら眼鏡を探す。
どこに置いたんだっけ。
がさがさと音を立てていると、
ドアの奥からからん、と耳に届く。
それから、美味しそうな匂い。
あ、これ。
°°°°°
梨菜「……。」
視線を右に、左に。
眼鏡どこだっけ。
カーテンの隙間から漏れ出た光が
すうっと布団の端くれと遊んでいる。
それを無視して蹴散らして
両手足を縦へ縦へと緩めてく。
°°°°°
4月が始まってすぐの日に似てる。
何が違うかといえば、
ううん…あの時は確か
星李はいなかったんじゃなかったっけ。
ご飯を買いに行ってるだかなんだかで。
それで、その後波流ちゃんと会って…。
梨菜「…嘘、ついたっけ。」
全然覚えていないし、
どんなことを言ったのかすら
全くもって記憶にない。
でも、それでいい。
それがいい。
梨菜「…学校かぁ。」
本当のところ、ずっと家にいたかった。
星李にも今日は休んじゃおうなんて言って
2人で海でも行って1日ぼんやりする。
帰る途中でプリンでも買って、
夜は映画を見て過ごす。
わあ、なんて素敵な日だろう。
そういえば、星李がいなくなった日も
金曜日じゃなかったっけ。
資源と体がこわばる。
もしかして。
…もしかして、今日ー。
梨菜「…そもそも、昨日のは夢かもしれないし。」
ならこの芳しい匂いはなんだと問われれば
なんとも言い難いけれど。
昨日は、本当に夢のようだった。
わんわんと泣き喚く私を
星李はずっと宥めてくれた。
泣き止んでからは食卓に座り、
星李がご飯を作っているのを見る。
そして、出てきたのはオムライス。
星李の作る料理の中で
好きなものランキング上位に並ぶものだった。
それをがつがつと頬張って、
幸せすぎてまた涙が溢れそうになる。
人の作るご飯って、
星李の作るご飯ってこんなに
暖かかったんだなって気付かされた。
ご飯を食べ終わって後片付けした後に、
少しだけ星李と話したんだっけ。
°°°°°
星李「じゃあ、いじめとかそういうのじゃないんだね?」
梨菜「うん、違うよ!」
星李「ならそれ以上は聞かないよ。」
梨菜「いいの?」
星李「お姉ちゃんのことだし、何かあったら話してくれるって信じてる。」
梨菜「…ありがとう。」
星李「いいえ、どういたしまして!」
梨菜「本当にありがとね。」
星李「あはは、何々、死ぬの?」
梨菜「そんなことしないよー。ただ言っておかなくちゃなって思って。」
星李「変なお姉ちゃん。」
°°°°°
のちにお風呂を済ませて、
いつも使っているはずの布団に潜ったはず。
そこからの記憶は全くない。
それくらいあっという間に
眠ってしまったらしい。
気がつけば清々しい朝。
梨菜「…天気は悪いけど。」
いい夢を見たような心地で
ベッドから這い出て準備をする。
今日は学校だから。
実際、あの星李はまた私が
頭の中で作り出してしまった
星李なんじゃないかなって思っていた。
でも、背を撫でてくれた感触も
あのころころとした可愛らしい話し方も
全部全部星李そのものだった。
そして今だって。
そっと自分の部屋の扉を開けると、
ふわっと何かを焼いている匂いがする。
夢を見ているのかな。
まだ、夢の中なのかもしれない。
星李「おはよー。」
梨菜「うん、おはよう!」
星李「どうしたの、こんなに早く起きちゃって。」
梨菜「え?いつもと同じくらいだよ。」
星李「嘘だあ。昨日なんて午後に起きたくせに。」
梨菜「だって昨日はお休みだったでしょー。」
星李「あ、そっか。でもでも、一昨日なんて7時半になっても起きてこなかったんだから!」
梨菜「あれ、そうだっけ?」
星李「そうだよー!しかも私が買ってきてたプリン食べちゃうし。」
梨菜「あ、あははー…ごめんって。」
星李「今日買ってきてくれたら許す。」
梨菜「あ、映画の日だっけ。」
星李「そう。映画見ながらプリン食べたい。」
梨菜「仕方ないなぁ。1番いいやつを買ってこようじゃないか!」
星李「いつものにしなきゃ、お金が…」
梨菜「でも正直余ってはいるでしょ?星李が節約してくれてたし。」
星李「お姉ちゃんがよくお菓子を買ってくるから意外と減ってるの!」
梨菜「あはは、ごめんごめん。」
星李「まあ、私も食べてるからいいけど…。」
梨菜「なんならいつも星李の方が食べ」
星李「早く準備しないと遅れるよー。」
梨菜「うわ。はあい。」
星李は私にやんややんや言われるのが
嫌になったのだろう。
からんとフライパンを鳴らした。
魚をグリルで焼きつつ
今は卵焼きでも作っているらしい。
いい焼き加減の黄色が見えた。
昨日に引き続き今日も
星李のご飯が食べれるなんて、
私は世界中の誰よりも幸せだ。
***
いつもより早く起きたはいいものの、
この幸せをより長く感じていようと思い
だらだらと準備をしていた時だった。
ピーンポーン…と、
インターホンが鳴ったのだ。
時刻は、ほぼ7時半。
梨菜「え…?」
少し前まではこの時間に
波流ちゃんが家まで来てくれていた。
けれど、この半年間は
一緒に登校していなかったじゃないか。
どうして今更、と思うと同時に
ひとつ不思議に思っていることもあった。
それは、昨日私がツイートした時に
これまで何にもなかったかのように
普通にリプライを送ってくれたのだ。
喧嘩も何も全てを忘れたかのように、
私だけが全てを覚えているかのように。
だから今波流ちゃんが
私の家にくるのも不思議ではないけれど、
ある意味では不思議というか。
一昨日までの波流ちゃんならあり得ないが
昨日の波流ちゃんなら
ありえると言ったほうがいいだろうか。
星李「ほら、波流ちゃん来ちゃってるよー!」
梨菜「わかってるー!」
玄関先に置かれたお弁当を鞄の中に入れ、
ローファーを履いて
つま先を鳴らした時だった。
波流ちゃんは、間違いなく普通の人だ。
私みたいに狂ってるなんてことは
ないに決まってる。
…なら、星李のことは見えるんだろうか。
もし星李がいるって言うのなら、
私の妄想じゃないって証明になる。
…仮に波流ちゃんまでおかしくなっていたら
それはもう手のうちようがないけれど。
ひとまず、玄関の扉を少しだけ
開いて様子を見る。
すると、ひょこっと波流ちゃんの顔が
飛び出してきた。
波流「何してるの?」
梨菜「ひょえっ。」
波流「あっはは、何その声。」
梨菜「わ、笑わないでよー!」
波流「はははっ、あっはは、いやー、ついつい。」
波流ちゃんは、普通に笑った。
そう、それが私にとっては
おかしいと感じるひとつだった。
私たち、何もなかったみたい。
喧嘩をしたよね?
星李のことで、認識の違いがあって。
半年くらい前から
一緒に登校するのもやめて、
クラスでも一緒に過ごさなくなったよね?
そう聞きたかったのに、
聞くことができなかった。
波流ちゃんは何も気にしていないのか
最も簡単に扉を開けては
玄関まで押し入ってくる。
そして。
波流「あ、星李おはよう。」
星李「おはよう。今日もお姉ちゃんがごめんねー。」
波流「いいのいいの、いつものことだし。」
星李「何なら今日は早い方だったから、いけると思ったんだけど。」
波流「そうなの?あーあ、惜しかったねぇ。」
なんて話して
こちらをにんまりと見てくる次第。
梨菜「…波流ちゃん?」
波流「ん?」
梨菜「星李、元気そうだよね?」
波流「うん…?そうだと思うけど…時間ないし早く準備して?」
星李「ごめんねー波流ちゃん!お姉ちゃんったら昨日から変なのー。」
波流「そうなんだ、まぁいつものことじゃない?」
星李「いやぁ、それがね…って、お姉ちゃんは突っ立ってないではーやーく!」
梨菜「あ、うん…ってもう出れるから!」
波流「あははっ。」
その場の空気に流されそうだったけれど、
はっとしてその場に留まる。
波流ちゃんにも星李が見えているのは
確実のようだった。
波流「星李またねー。」
星李「うん!じゃあ、いってらっしゃいお姉ちゃん。」
梨菜「…行ってきます。」
波流ちゃんとも喧嘩していなくて、
星李もいるこの今の空間は
まだ慣れてこそいないけれど、
幸せだという他言いようがなかった。
そうそう。
私、こういう未来が欲しかった。
***
波流ちゃんと話すのは
私からしてみれば久しぶりで、
楽しくて仕方がなかった。
あれあったよね、え、それ知らない!
何気ない会話ですら
ひと言ひと言口にするたびに
心が跳ねるような思いがする。
学校まであっという間に着いたのは
はたしていつぶりなんだろう。
ぼんやりそんなことを思っていると、
教室に入る前に
見覚えのあるツインテールが目に入る。
梨菜「あ!美月ちゃーん!」
気分が良かったがあまり
思っている以上に大きな声が出てしまう。
周囲にいた何人かが
こちらを振り向いているのがわかった。
美月ちゃんはゆっくりこちらへと振り向き
声の原点を探しているように
きょろきょろとしていた。
思い切って手を大きく振ってみる。
波流「…?梨菜って美月ちゃんと仲良かったっけ?」
梨菜「え?それなりに?」
波流「へえ、なんか意外な組み合わせだね。」
梨菜「そう?」
波流ちゃんの言う意味が
あまりぴんときていなかった。
ふと波流ちゃんから視線を外すと、
美月ちゃんは思っている以上に
近づいてきてくれていた。
梨菜「あ、美月ちゃん!おはよう。」
美月「おはようございます。」
ぺこり、と頭を下げてくれる。
そこで不意に思ったことがあった。
…あれ、なんだか固くない?
けど、気づかないふりをして
そのまま話を続けた。
梨菜「昨日は声をかけてくれてありがとね!」
美月「はぁ…何のことですか?」
梨菜「え?ほら、仲直りできるといいねって言ってくれたこと!」
仲直りできたんだ!と言う直前、
美月ちゃんは首を傾げて
こちらを見ていることに気づいた。
気づいてしまったと言う方が
妥当かもしれない。
美月「すみません。何のことだかさっぱり。」
梨菜「ぁ…あ、そうだよね!ごめんね、いきなり引き止めちゃって!」
美月「いえ。それでは失礼します。」
ぺこり。
また頭を下げてから
何事もなかったかのように
また廊下を歩き始めていた。
隣で波流ちゃんも見ていたけれど、
これと言って美月ちゃんに何も言わない。
何かがおかしい。
そう思っていると、
ぽんぽんと波流ちゃんに肩を叩かれた。
波流「ナンパ失敗だね、残念。」
梨菜「ナンパ!?違うよー!」
波流「そうとしか見えなかったけどー。」
梨菜「いや、だって私たち何回も話したじゃん?」
波流「何回もってほどじゃ…梨菜はせいぜい1、2回じゃない?」
梨菜「え…?あ、でも波流ちゃん同じ部活でしょ?」
波流「そうだよ?」
梨菜「ペア組んでるんでしょ?」
波流「うーん…?確かに練習試合では組んだことあるけど、それ以外ではないと思う。」
梨菜「え、じゃあ誰と…?」
波流「隣のクラスの橋田佳織ちゃん。ほら、去年同じクラスだったしわかるでしょ?」
波流ちゃんはつらつらと
言葉を並べているけれど、
私には一切流れてこなかった。
まるで別の言語のようだった。
波流ちゃんは美月ちゃんと
ペアを組んでいなくて、
そもそもとして多分あまり仲が良くない。
それから、私と美月ちゃんの面識が
ほぼないことになっている。
おかしいことだらけになってきて、
そろそろ自分に都合がいいだけの
夢の世界ではないように思えてきた。
波流「もー、大丈夫?」
梨菜「うーん…考え中。」
波流「星李の言ってた通り、こりゃあ変だね。」
波流ちゃんは軽く笑い飛ばしながら
先に教室に入って行った。
私はその背中を
眺めることしかできなかった。
***
それから学校が終わるまで
悶々と考え続けていた。
全てが捻じ曲げらているとしか、
それこそ大掛かりのドッキリのように
思えたけれど、流石に違うだろう。
授業の内容を聞くこともままならず
ずっと頭の中で思考を練るばかり。
すると、より濁った何かが生まれて
手のつけようがなくなるだけだった。
家に帰る直前、家の近くにある公園へと
自然と足が向かっていた。
波流ちゃんは部活だし、
下校の時間になって
ようやく1人の時間か作れたのだ。
ブランコは何故か人気がないのか
誰も使っていなかったので
2つ並ぶうちの片方に腰掛ける。
そして、案の定Twitterを開いた。
梨菜「…?」
すると、いくつかのツイートやリプライでは
私が今、元の世界から消えただとか
別の世界線にいるだとか、
そう言った類の文字列が目に入った。
それは数人が口にしており、
暗に適当に言っているわけではなさそうで
思わず食らいつくように見入ってしまう。
その文字たちが言うにはこうだ。
私は元の世界から
別の世界線へと移動してしまった。
これについて思い当たる節はある。
梨菜「…桜の木の下を通ったから。」
あの刹那の異質で怯えるほど綺麗な
夜桜は鮮明に思い出すことができた。
きっかけがあれとしたら
それしか思い出せない。
その後、家に帰ると星李がいたのだから。
そして、この世界線では
宝探しをはじめとした
不可解なこと全てが起こらなかった
世界線だと言うのだ。
初めは何を言っているのか
本当によくわからなかった。
私にとって不可解な出来事は
もはや生活の一部となっていたから。
けれど、よくよく考えてみればそうだ。
4月から私たちの生活は激変した。
出会うはずのない人たちと
出会うことになり、
言葉を交わし、親しくなった。
それは歩ちゃんも、愛咲ちゃんも
羽澄ちゃんや麗香ちゃん、
花奏ちゃん、美月ちゃん、
真帆路ちゃんだってそうだ。
波流ちゃん意外の皆が
それに当てはまってしまうのだ。
この不可解な出来事が
なくなったこの世界線。
それは。
梨菜「…赤の他人…ってこと…?」
そもそもとして出会っていないということ。
美月ちゃんは波流ちゃんづてで、
麗香ちゃんは同じ中学校に
通っていたからもしかしたら
面識があるかもしれない。
けれど、その程度なのだ。
他校の人たちとはほぼ
会うきっかけがなかった。
けど、不可解がない世界線だからこそ、
真帆路ちゃんは普通に
大学に通っているらしいとのことも聞いた。
それもそうか、と納得がいく。
真帆路ちゃんは2年前突如として
姿を消したけれど、
先月、これまた唐突なことに姿を現した。
亡くなったことにされていたらしいけれど
真帆路ちゃん曰く死んでない、という。
それも神隠しのようなもので、
不可解な出来事の一環だった。
それがないとなれば、
大学に通っているのだって
なんら不思議なことではない。
梨菜「それは、いいことなのかもしれない。…でも。」
でも。
ネットの人から教えてもらった、
この世界線のみんなのアカウントを
眺める中でひとつ思うことがあった。
それは、花奏ちゃんの名前がないこと。
NO DATAというアカウントが
存在するというわけでもなく、
ただただ花奏ちゃんの名前がないのだ。
梨菜「何で…。」
不意に花奏ちゃんの顔が過る。
何度も繰り返す中で
歩ちゃんを助けようとしてた時のことが
やっぱり色濃く残っているようで、
その時の映像ばかりが浮かんでくる。
ネットの人に頼ることになる前に、
自分でも何か行動しなきゃ。
まずは、花奏ちゃんの
アカウントについてと、
本当にここが何もなかった
あるはずの世界線だったのかを
どうしても確認したい。
まだもやもやを抱えたまま、
いつも1人で向かっていたスーパーへと
足を運ぶのだった。
今日は映画の日。
プリンは絶対忘れないようにしなきゃ。
もやもやとはするものの、
何故か心地が悪いわけではないことに
気づきかけている自分がいた。
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