第41話 想定外の対応

 俺と桃谷は屋上へ向かい、屋上からの風景を描き始めた。



 その間はもう緊張と罪悪感が肩にのしかかって……。自然と背筋が曲がる。そんな気分でいつも通りに話さないといけないという二重苦があって……。



 桃谷がやけに口数が多くなっていたり、すぐに会話が切れたり、時折ぼんやりと同じ方向を見ていたり、絵を描く手が頻繁に止まったり、至る所にある兆候がチクリチクリと胸に刺さってくる。



 罪悪感が肥大化して……。緊張が強くなって……。天井が見えてこない。こんなので大丈夫なのか……。



 絵に集中したいから黙ってやりたいなど言えば、そうすれば桃谷に意識を割くことも少なくなるはずで。でも、それをするのは違う気がして……。



 自分を卑下する言葉で頭を一杯にしながら絵を描き進め、六割程度完成した頃だった。桃谷が意味ありげに喋らなくなった。



 雰囲気が一気に変わってもう来ると確信を得る。



 心臓がバクンバクンと突き上げるように脈を打って……口と喉がカラッカラで飲み込む唾液すらなくて、喉がングッと鳴るだけ。



「三浦……」



 五臓六腑全て喉元まで上がってくるような気がする。体が軽く震えているのが分かる。首が固まったように動かなくて……。



 時間をかけて桃谷の方を見る。



ドクンッ



 桃谷は真っすぐ俺の顔を見ていて……。その瞬間、今まで腹の奥に押さえつけていた逃げたいという欲求がそれまであった緊張、罪悪感を押し退けた……。



「あ……」



 気付くと喉から声が出ていた。何とか話を逸らそうとした。俺には断れない。目の前にして俺は確信した。



「好きです」



 しかし、それを言う隙すら無く桃谷は俯き、勢いよく言った。



「……………」



 いざ実際に言われた立場になって分かった。



 俺に振る勇気なんて元から無かったことに……。



 もう振らないといけないという言葉すら頭に浮かばなかった。



 断るのが怖かった。その時どうなるのかを考えた。これで断った時の桃谷がどれだけ傷つくのか。それで俺の評価が下がるかもしれないと思うと……。



「……うん」



 気づくと俺は頷いていた。その時の俺はもう何も考えてなかった。自分が肯定の言葉を投げかけてることにすら気付いてなかった。



 ただ、いつものように自分のために相手の機嫌を損なわない解答しただけで……。



 数十秒後、急に饒舌に話し始めた桃谷を脳で認識した時、自分が取り返しのつかないことをしたことに気付いた。



 …………俺、何をした……?



~~~~~~~~~~~~~~~~~


一体どうしてこんなことを……。



 今、僕は屋上に繋がる階段の段差に腰を下ろし、絵を描いている。



 もう何もしたくないのに……。



 でも桃谷が……。



 どう声をかけてもいいか分からないけど、どうしても放っておけなくてここまで来てしまった。自分だけ桃谷に力を貸してもらって、それで何もしなかった自分に引け目に感じているのだ。



 昨日の三浦の様子を見るに桃谷は不幸な目に会うだろうから……。



 でも、ふと我に返ると、自分のことは何も解決してないのにと馬鹿らしくなって。



 気付くとまた沙織のことを考えていた。今、学校の教室にいるはず……。すぐ近くにいる。



 でも、見つけることは決して出来ない。その見つけれそうで見つけられないそのもどかしさが一気に気分が滅入りさせる。



 そんな時だった。屋上のドアが開く音が聞こえて、降りてくる足音が聞こえる。



 心臓がトクンと跳ねた。振り返ると桃谷が階段を降りてきている。



 その時になってようやく桃谷の傷心を少しでも和らげる言葉を探し始める。



 やばい。自分の世界に入り込んでしまっていた。



 時間があってもどんな声を掛ければいいかなかなか思いつかないのに、こんな短時間でそんな便利な言葉なん思いつくわけもなく……。何も言えないままで……。



 桃谷はそんな僕を見つけると同時に駆け寄ってきて、僕はそれに違和感を覚えた。まるで跳ねるように近寄っていて、顔には笑顔が浮かんでいて……。



「上手くいった!」



 そう言ってその場をぴょんぴょんと跳ねた。



「はっえ?」



 全く用意しようとしていた方向とは全く逆のことを言われたので、思わず気の抜けた声が出た。



「だから、いけたって!」



 態度と話し方からもう喜びが溢れだしていて……。



「………………はっ」



 今までに感じたことのない怒りの湧きだし方だった。



 もう冷え切っていて、怒りが塊として競りあがってきている感じ……。



 嘘でもおめでとうと言えなかった。



 三浦は一体何をしてるんだ……。昨日お前……。



 気づくとギリっと奥歯を噛みしめていて……。



「……三浦は?」



「あぁ、私が照れちゃって先に来たんだよ。まだ上にいると思う」



「分かった」



 もう態度が変に思われるのも構わずに、桃谷をそのままにして階段を駆け上がった。



 もう壊す勢いで屋上の扉を開く。そこには三浦がいて、



「お前何やってんだよ」



 僕はそう声を低く、怒りを押し殺すように言った。

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