第40話 三浦の誕生日

 僕はベッドに倒れ込んでいたようだ。



 ベッドの感触を味わいながら自分はどうやって自分の家にまで帰ってきたんだろうと疑問に思った。



 でも、そんなことどうでもよくなって……。



 もう体を一切動かしたくない、指先ですらも……。



 涙は出なかった。ただ、今にも少しのきっかけがあれば涙がボロボロとこぼれそうで……。そんな狭間にはまっていた。



 ようやく明確な目標、自分の気持ちに気付いて……。ずっと人を見ようとしなかった。



 目を向けようとしたのに……。もう会えない……。一人になって落ち着いた頭にはその事実がはっきりと意識出来て……。



 布団をぎゅっと握りしめ続ける。



 沙織からの色んなチャンスをふいにして、それでようやく覚悟が出来たのに……。



 今沙織はどうしているのだろう。同じくショックを受けてくれているのだろうか……。その姿が思い浮かんで……また目の奥にこみ上がってくるものを感じる。



 なのに、涙は出ない。



 沙織との思い出があふれてくる……。思い出すたびにあらゆる感情を刺激して、その度に目頭が熱くなって……。瞳が潤う。



 ご飯もお風呂も何もする気が起きなかった。



「最悪だ……。この世界……」



 ようやく手に入れた本物ですら嘘で覆ってなかったことにしてくる。



 僕は明日からどう過ごしていくのだろう……。



 そう自分のことを考え出したのはもう夜中の二時頃で……。



 空腹と気だるさに苛まれながらずっと頭の中は疑問だらけで……。



~~~~~~~~~~~~~~~~


 焦りを糧に目を覚ます。



 いつの間にか寝ていたのか………。



 時計を確認するとまだ五時半ごろで外は薄暗い。



 これ以上なく最悪な気分だ。体中が重くて、頭も睡眠が足りてないのかガンガン痛い。



 でも……一度寝たせいで、現実逃避が出来ないほどに脳に落ち着きが戻っていた。より一層とズンと気分は沈んだ。



 もうCAREを取り外してやろうかな……。始めてそんな考えが過った。



 現実にいる時ですらその考えが掠めることはあった程度で、これほどまで強く思ったことはなかった。



 それほどまでにCAREは当たり前の存在だった。生まれてからずっとつけてきていたものだから。



 もう取り外して壊してしまおうか……。手でCAREの側面を撫で、握る。手に力を込める。



 でもそれ以上手が動くことはなかった。



 これを取り外した途端、もっと強い罰則を受けるという恐怖もあった。



 でもそれよりも取り外すということ自体に恐怖を覚えて手が止まってしまう……。いつでもつけていたことによる常識に縛られている。良く分からない恐怖だった。もう頭に長年かけて植え付けられたものは簡単に変えれなかった。



 そんな自分に腹が立って……。



 もう疲れ切っている脳にかまけて何も考えように意識して……。



 そうすると不思議なものだが学校に行こうと体が動き出す。いつも通りの生活を送ろうとした。なんだか弱ってる自分を見せたくない。もはやだれに対しての強がりと言う感じだが、とにかく気丈に振舞いたかった。



 早く起きたのも相まって僕は早く学校に向かった。



 学校についたのは、もう授業の始まる四十分前ほどで僕が一番だろうと教室に入ったが、もうすでに先客がいた。



「あっ、修一おはよう」



「あっ、桃谷……」



 もう反射的に返した言葉。ほとんど頭を動かしたくなかった。



「うん。緊張して早く目が覚めちゃって来ちゃった」



 それは全く予期してなかったこともあって余計に胸がぎゅっと痛かった。そうだ……。桃谷は今日、三浦に告白しようとしていた……。



「……そ、そうだね。頑張って……」



 何とかそう返して、



「ち、ちょっと日に当たりに行ってくるよ」



 頭も働かなったこともあって、意味の分からない理由を残して教室から離れた。



 屋上に行きながら昨日の三浦の表情が蘇って……。



 僕の言ったことは正しいのは間違いない……それなのにどうして桃谷を避けてしまったのか……。



 もう疲れ切っているのに自然と桃谷と三浦のことを考えてしまう。心配しているのか……。ただでさえ気だるいのにそれが余計に……。



 怠い怠い。もう面倒くさいはずなのに……。なのに考えてしまう……。



 屋上に僕は横になって目をつむった。



「もう何もしたくない、考えたくないのに……」



 ポツリと呟いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「三浦~。美術室行こうよ~」



 桃谷達が俺を待っている。



「あぁ……」



 虚無感にさいなまれている俺はそう答えるので精一杯だった。



 その理由は、ついさっき沢山の人から誕生日を祝ってもらったせいだ。



 誕生日を祝ってもらって嬉しかった。



 でも……今、それ以上に俺の中に罪悪感が占めている。祝われている最中は対応することで精いっぱいだったのだが、終えると急に皆を騙していることへの罪悪感がこみ上げてきて……。



 その罪悪感は未だ重く心にへばりついて取れない。



 自分は何もないのに、嘘に縋って、他人を騙すって最低だな……。同時に虚しさが覆いかぶさってくる。



 そんな俺を皆はまるで自分が祝われたように嬉しそうに祝ってくれる。温かいからこそ、自分の心の冷たさがより感じられて………。



 心が痛かった。



 なんだか自分が自分でない感覚が強くなっていく。誕生日を祝われているのは俺なのかって……。どこか他人事のように感じて……。



 心は軽く、中身が詰まっていない感覚……なのに、肺に入ってくる空気は鉛みたいに重い……。



 そんな自分に鞭を打つ。今からが大事なんだ。気合を入れろ。そう自分に言い聞かし、美術室に向かう。



 席に着くとすぐに授業は始まる。



「えーっ、今日は学校の景色について書いてもらいます。学校内の好きな場所のスケッチをしてください。勿論、設定で話しても他の授業の邪魔にはならないようにしていますが、それでも節度を持った態度で授業に取り組んでください。では、始めてください」



 美術の先生は説明を終えると、筆を紙に走らせだした。



 すぐに、みんな立ち上がり、誰か友達を見つけて美術室から出ていく。そんな中で桃谷が隣にきて。



「三浦、屋上に行かない? 誰も行ってないし穴場っぽいよ」



 胸にその言葉が刺さる。桃谷が頑張って勇気を振り絞って誘いに来たんだろうと分かってしまう。



 更にそれに対する俺の答えがどれだけ桃谷を傷つけてしまうかを考えると……。



「……うん。行こう」



 誘いを受けるには余りにも長すぎる間の後、俺は了承した。幾段も強くなっていく緊張感と罪悪感に苛まれる。



 もう心臓がバクンと跳ねる音が聞こえるほどで……。



 逃げ出したい。……駄目だ。ただでさえ俺は……。



 せめて責任を取らないと……。俺が解決しないと……。




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