第37話 遠くなった想い人
桃谷と話して二週間くらい経った日のこと、近日に迫った中間テストに向けて桃谷たちと勉強していたのだが、僕は早めに抜けて警察署にいた。八木さんに呼ばれたのだ。
八木さんは僕に関しての会議があるらしく、どうせすぐ終わるし、ついでにすぐ僕に会議の内容を話そうとこの時間に呼ばれた。しかし、やけに来るのが遅かった。
もう二時間くらい待っている。
暇なので周りをぼぉっと眺める。警察署に来るのも何十回目だろうな。
質素な構造で、広々としているのになぜか威圧感のある廊下。少し日にちを空けやってくると、どこか懐かしいような気分がしてくる。
もう、最近は家より滞在時間が長くなったな……。
学校の次くらいにいるな。そんなことを思っていた時だった。
遠くの方からカツンカツンと足音が聞こえる。どうやら終わったようだ。どんどん足音が近くなってきてガチャリとドアが開く。
その表情を見たとき、僕はただ事ではないことがすぐに分かった。
「……すまない修一……。もう永遠に沙織と会えなくかもしれない」
そう言った八木さんの声は掠れていて、悔しさが滲み出ていて……それを全て覆う悲しさがあった。
僕はしばらくの間、体を動かせなかった。
頭に鮮明に浮かんでくるのは最後に沙織と話した瞬間のことだった。沙織の言うことを耳に入らないようにして……悲しむ沙織の顔を見ないようにして……逃げたのに、なのに今その全てがはっきりと浮かぶ。
その次に浮かんだことは、このことを知った時、沙織がこれを聞いた時それをどんな表情で、どんな言葉を口から発するんだろうかと言うことかで……。
その次に何も考えられなくなるほどの落胆が押し寄せてきた。脳だけが一気に重みを増したような……。目の前の景色が見えるのに、認識できない。
「…………なかった……すまない、すまない」
少しして我を取り戻した僕の耳に届いた八木さんの謝罪の言葉。
自分でも意味が分からない。ついさっきまで我を忘れるほどだったのに、一周回ったのか、今は自分でも驚くほど冷静で……。
「…………詳しく話を聞かせてもらっていいですか?」
そう尋ねた。
「ぁ、あぁ……今さっき会議で…………」
八木さんの話によると、今までほとんど何も進めようとしなかった上司だが、今日になって急に厳しい措置を取ろうと提案してきたらしい。
「恐らく上層部の連中が圧力をかけてきたんだろう。元からあんまりよくは思われてなかったからな……」
悔し気に言う八木さん。拳を強く握りすぎて腕に太い血管が浮かび上がっていて……。
八木さん曰く、そこで最近僕に変化が現れて、しっかりと人と話そうとしていい状況になってきているという話をしたらしい。今するのは本人たちにとっても良くないと。ある程度は意見は通ったそうだが、上司も撤回はすることはなく最後は半ば無理やり決まったそうだ。
「くそっ、上のこと聞くだけで自分の保身ばかり考えやがって……」
ここまで八木さんが怒りをあらわにして他人を悪口を言う姿を初めて見た。それが余計に切なさを加速させる。
多分、八木さんは撤回するよう働きかけてくれるだろう。でも、八木さんの態度からそれは望みが薄いということが伝わってくる。
僕はぐっと目を瞑り、空を見上げた。
しばらくして落ち着くと、沙織と接触禁止にする具体的な方法について聞かされた。
話を聞くと接触禁止よりかは接触できなくなったが正しい。
僕と沙織はCAREによってお互いをお互いと認識できないようになったのだ。
例えば僕の場合、他の人は沙織だと分かるが、僕のCAREだけ沙織と表示されない。名前、声、顔、髪型、体系、服装、すべて違った人に見える。
ほかにも沙織の話題すら話せない。他人通じてお互いを知らないようにするためだ。
勿論向こうから沙織の話をされても僕には聞こえないようになっているらしい。
「俺はこれからも異議申し立てをするつもりだが……あの感じを見れば…………」
そう弱弱しく唇を噛みながら言う八木さん。
僕も分かっている。この罰則は傍から見ればまだ軽いものの部類に入るということを。
あの機械を使えば、プライバシーも根本的から覆る。この拡張現実に覆われた世界では相当に悪質なもので、ただ、法律が整備されていないだけだ。
傍から見れば、懲役にならないだけで、罰金もないだけで軽いものだろう。
それだけでは、反省しない。少しでも罰則を与えるため、そして、二人を関わらせるとまた何かやらかすかもしれないと思われることは当たり前だ。
分かってる。でも…………それでも…………。
日々に降りかかる鬱屈な気分。それがようやくましになってきたこの頃。心の内に明確な目的を立てたことで、生きる活力のようなものが生まれていた。今までと違って、日々の色づき方さえ変わって見えていた。だが、それが一気に奪い去られたのだ。
もうやる気とか以前の話で、何をすればいいのか、何をしていけばいいのか、それすらも分からなくなって…………。
そんな時だった。ドアの外でやけにどたどたと足音が聞こえた。ドアの前でその足音は止まり、同時にドアがバンと音を立て開いた。
ドアから少し離れていた所にいる僕が風圧を感じるほど。
胸がキュッと締め付けられた。過去の映像が蘇って………。
慌てて振り返った。
しかし、その期待によって締め付けられた胸はすぐに緩まり、落胆が押し寄せる。
「……三浦か」
そこに立っていたのは息を切らした三浦だった。
「桃谷のこと知ってるよな」
焦った様子で三浦は言った。
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