第38話 知らない方が幸せ

「金城君。今からさ教室で皆と中間テストに向けて勉強するんだけどさ一緒に勉強しよ」



 拡張現実だけの俺の抜け殻、完璧で完全に嘘で固められた抜け殻、三浦が話しかけてきた。



 目の前で自分が作った顔が自分の声で笑顔を浮かべこちらを見ている姿はやはり違和感が強く慣れないどころか、気色悪さすら覚えてきて、途端に体の髄が少し冷えるような恐怖を覚えて。



 もう目の前には理想通りに完璧なものであった……。



 これにはなれないという自分の無力さから来る落胆、それだけでなく、その無力さがもう拡張現実だけの俺が遠くの方に行ってしまったような恐怖を強くする。同時に三浦と言うブランディングは守られているという意味のない安心感があって……。



 もう早く三浦に戻りたいというそんな思いすら芽生えてきている現状。でも、やはり未だ拒否するものもあって……もう生理的に受け付けなくなっている所もあって……。



 今、心の中はもう色んな矛盾で自分が分からなくなっていた。一旦、自分はどうなりたいのか……。



「…………ごめん」



 俺はしばらくたってからようやくその言葉を発する。



 最近よく誘われても断るようになっていた。もう全てから逃げたかった。どの道、中に入っても何も喋れずに終わる。話しても空気の読めない一言で場をしらけさせてしまうかもしれない。余計な一言を言ってしまうかもしれない。



 何よりも、しゃべろうとすると無意識に『しゃべるん』を使ったような話し方を探している自分がいて……。



 そのことを意識してしまうと、どんどん意識してしまって、そうするとどんどん話せなくなって、一人になっていくような気がする。



「じゃあ、また誘うね」



「ごめん、ありがとう」



 なぜか、目の前の三浦は人の心などなく、俺の言葉にも何も心を動かすことはないのは知っているのに、何故か丁寧に謝って断っていた。



 分からない。どうしてだろう……。



 同じ教室にいるのも居心地が悪くなった俺は図書室に向かうことにした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 今の時代、CAREで電子本を読める時代、わざわざ紙で読む人など少なく図書室なんて殆ど自習室のような意味合いで使われている。



 俺は家では勉強に集中できないタイプなので難しい教科は学校ですることにしているのだが、今さっきのことで集中できるわけがない。頭の中では三浦のことばかり考えている。俺が拡張現実上の三浦に取り残されているような気がして恐怖が強くなったり。拡張現実上の三浦が学校で勉強しているのは、俺がそうしていたからと気付いて、自分の色が少しでも残っていたことに少し安堵感を覚えたり。その色ですら飲み込まれそうになっている、そんな不安が押し寄せてきたり。



 そんなことを問題の合間などに考えてしまうせいで全く進まない。



 そこから一時間半くらいか、勉強に集中できることもなく、もう帰ろうと思った。



 家で勉強する教材を取りに教室の前のロッカーに行く。そして、目当ての教科書を取り出した時、ドアが開いて桃谷が出てくる。



「あっ、金城」



 ヨッと手を挙げる桃谷。



 途端に、頭の中が軽いパニック状態になる。



 頭の中で桃谷にかける言葉を慌てて探す。しかし、余りに色んな事が思いつきすぎてごっちゃになって、どれも吟味する前に消えていくそんな状況。



「……おす」



 結局、一番無難で言葉に出来るだけ意味がない言葉を選んだ。そこで少しの間の静寂。俺の頭の中は依然変わらず。快活すぎるほど動く脳に、全く機能しない喉。



「まだ残ってたんだ。勉強してたの?」



「あっ、うん」



 桃谷を会話を始めてくれてほっとした。



「一緒に勉強すればよかったのに」



「え……っとあの……一人じゃないと集中できなくて……」



 どうして会話を膨らます時の言葉は出てこないのに、こういう誤魔化す言葉はすぐに浮かんでくるのだろう。



 それに話し出すまでは時間がかかるのに、喋り出してからは早口で……。少し後にそれに気づいて勝手に一人で落胆する。



「へぇ……そうなんだ」



「うん……そうなんだ……」



 また訪れる静寂。気まずい。すぐにこの場から去りたくなった。ずっとここにいるのも変だし。だけど、三浦ならここで一緒に帰ろうと誘うというのは分かっていた。でも、金城としてはそこまで桃谷と仲いいのか? 一緒に帰るのか別々に帰ろうと言えば良いのか分からなくて……。



「今から帰るの?」



 また桃谷から話題を振ってもらえて。



「あっ、うん」



「じゃあ一緒に帰ろうよ」



 そう言われた時、緊張感が増したが、なんだかホッとして。



「う、うん」



 俺は慌てて手にしていた教科書をカバンに入れた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~


「そう言えば桃谷は何してたの? 教室で修一達と勉強してなかった?」



 帰り道、自らそう会話を切り出せた。まぁ、さっき聞かれたことをそのまま返しただけだが……。



「修一は用事があるらしくてすぐに帰ったよ」



 恐らく八木のところに行ってるんだろうな……。今のあいつにそれくらいしか用事はないだろう……。



「それでね。皆で勉強してたんだけど皆帰っちゃって一人で勉強してたんだ」



「へぇ」



 すると、桃谷は俺が聞いてもいないのに続きを話し出して、



「最後、三浦と二人で勉強してたんだけどね。二人で帰ろうって言われたんだけど、私緊張しちゃってさー。断っちゃった。だから一人で勉強してたんだ~」



 その時、俺は緊張と言うセリフにやけに耳を持っていかれた。



「どうして緊張したの?」



 そう聞き返した理由は三浦といると緊張するということを、その時の俺は負の意味で捉えたからだ。



 緊張をしないように話しかけるように設定してある。あの、完璧な三浦でも何か駄目な所があるのかと……。



 そのすぐ後に聞かなければ良かったと後悔することも知らずに……。

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