第28話 沙織との再会
八木さんと話していた。僕が話せば話すほど八木さんの顔が強張るのが分かる。八木さんからすれば僕がやばいことを言っているとでも思ってるんだろう。
この世界がおかしいということが気づいていないからそう考えてしまうんだろう。まだ常識に縛られている。そう自分の中で納得する。
そんな時だった。外が急に騒がしくなったなと思った。
次の瞬間、急にドアがバンと音を立て開いた。ドアから少し離れていた所にいる僕が風圧を感じるほど。
思わず振り返る。と同時に、胸がキュッと締め付けられた。二つの意味で……。
そこには、沙織が仁王立ちのようにして立っていた。
どう対応すればいいか分からなかった。僕は思わず視線を逸らして。
「沙織ちゃん。ダメだって」
後ろからスーツを着た女性が沙織の肩を控えめに引くが、沙織は動こうとしない。
「佐伯何やってるんだ?」
八木さんが驚いた声で尋ねた。
「すいません先輩。ちょっと修一君がいるって話しちゃったら話したいことがあるって聞いてくれなくて」
慌てて弁解する佐伯と呼ばれた女性。どうやら僕であれば八木さんのような、沙織の担当のようだ。
「すいません。少し修一に言いたいことがあって」
そう言う沙織の口調は力がこもっていて、目標を達成しないままここをどこうとしないという決意がうかがえる。しかしそう突然言われ戸惑うしかない八木さん。
「何も画策しようとしてません。逆にここにいて聞いてください。そうであれば問題ないですよね?」
そう毅然と言い放つ沙織。
「まぁ、そうだが……」
八木さんは半ば勢いに流されて頷いてしまった。
その後、沙織は八木さんが座っていた席に、八木さんと佐伯さんは入り口のドア辺りで立っている。
沙織と会えなくなって、ずっと会いたいとそう願っていた。でも、実際に沙織と対面して分かった。沙織に会えたのに嬉しさはあるものの、それよりも圧倒的に恐怖が強かった。
沙織に現実に行くことをもう辞めようと言われてたのに、言うことを聞かず、スイッチを盗んだ挙句、警察に捕まる羽目になった。
そのことで怒りをぶつけられるかもしれないと……。
嫌われて、縁を切られてもおかしくないことをしてしまった。面と向かって罵声を浴びせられる。もう嫌われたことを実際に認識してしまうかもしれないと……。それが何よりも怖くて…………。
「修一、元気にしてる?」
「え……う、うん」
「そう良かった」
そう言って沙織は安堵した顔を浮かべる。
最初からいきなり怒声を浴びせられるかもしれないと、そう覚悟していた僕は少し驚いてしまった。
それどころか、沙織の表情は、僕を揶揄するような空気はなく、どちらかと言うと申し訳なさそうにしていた。僕は余計戸惑う。
そんな僕に沙織は頭を下げ「ごめん」と言った。
「えっ……」
僕は思わず声が漏れた。
「私の言い方が悪かったよ。今まで何も言わなかったのにさ……。急に拡張現実が嫌いじゃないって言って……急に色んなものを一気に押し付けてごめん」
そう言って申し訳なさそうな視線を向ける沙織。
嫌われてなくほっとした気持ちもあった。でも、やはり沙織を根本から分かっていなかったという事実を押し付けられた気がして、胸が痛くなった……。
「そう……」
訳が分からなくなって、そっけなく返答してしまう僕。沙織の顔が少し強張った。
何やってるんだ僕は……。
誰が悪いと言えば間違いなく僕なのに……。例えどれほどショックだったとしても、人としてやってはいけないことをしてしまった。更にそのせいで捕まってしまったのだ。
責められて当然なのに……。何、こちらが責めるような態度をとってるんだ。
そう思い直した僕は謝ろうとした。
だが、それは沙織の言った次の一言で喉の奥に引っ込んでいった。
「まだあるんだよ……。本当にごめん。修一を軽い気持ちで現実世界見せちゃって……そうじゃないとさ今は……」
意を決した顔をして、また謝る沙織。自分が原因ですべて巻き起こしたから、すべて自分が悪い。僕は何も悪くないようなことを言っている。これだけ迷惑かけられてどれだけ優しいんだ。優しすぎるだろ。それに、それは僕を気遣ってじゃない。真剣に本気で思ってるのが分かる。
だからこそ、そんなことどうでもよかった。僕の耳には軽い気持ちっていうフレーズこびり付いた。軽い気持ち……?
今までの記憶が蘇った。
今までの積み上げてきたものが軽い気持ちの上で成り立っていた……? 僕は本気だった。本気で嬉しかった。現実世界に行けて。だから、辛いことも耐えて……。その中でも沙織はどこか軽い気持ちでいたのか……。
今までの全てが軽く見られているように感じた。馬鹿にするなよ……。すべて、本気で。生き甲斐で。なのに……。
「なんだよ……軽い気持ちって……」
謝らないといけないのは分かっていた。でも口が勝手に動いていた。胸の内に抑えきれなかった。
「修一……」
沙織が申し訳なさそうな目で僕を見てきて……。その瞳に僕の怒りの気が剃れて。
やめろ……そんな目で見ないでくれ……。どうして俺がこんな被害者みたいな目で見られてるんだよ……。
「……もういいよ、もういいからさ」
僕が謝らないといけないのに……どんどん謝れない雰囲気になって……。それを言えない僕が最低だと思って……。
もう場の雰囲気はいるだけで吐きそうになるほど重苦しかった。
ガタンッ
気付くと僕は立ち上がっていた。何をしてるんだ僕は……。
そんな考えとは裏腹に足は自然と入り口に向かっていた。
もう自分が何をしたいのか分からなかった。
「もう会えなくなる可能性もあるんだぞ」
入り口近くにいた八木さんにそう囁かれる。分かっていた……。それでもそこから逃げたくて……。ただ逃げたいという目の前の欲求に縋って僕はそのまま逃げだした。
廊下を突っ切っていく。もう滅茶苦茶に進んでいった。階段あれば下りたり上がったり、何がしたいかわからなかった。止まったら頭に考えが押し寄せてきそうで歩みを止めたくなかった。
「最低だ……最低だ……」
そんなことをずっとブツブツと言い続けていた。
そのまま足に疲れがたまり、ソファに無理な体勢で倒れこむまで僕は歩き続けていた。
すると、少し落ち着いた脳に絶望の色をまとった空虚感が蝕んでいく。
もう自分が嫌になる。そんな自分の目を通して見える全ての物まで嫌になった。自分自身に心底絶望した。どれだけ自分はクズなんだ。こんな僕はもう、自分じゃなくていい。全て嘘でいい。
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