第27話 修一の決断
「それじゃあ、バイバイ」
拡張現実だけの三浦と三浦もとい金城が手を振りながら改札を通る。拡張現実の僕と桃谷はその背中に向かって手を振っていた。
大型商業施設で三時間ほど思う存分楽しんだであろう桃谷。近くに三浦の乗る路線があったのでそちらで解散し、桃谷と僕はいつも乗っている路線に向かって歩いていた。
僕は三浦のことではっきりと決心が固まった。
所詮、拡張現実で親密な関係は築けない、薄いもので、僕の神経をすり減らすだけだ。またさっきのような衝突だって起こる。
もう、何もしなくていい。社会復帰システムに従順になろう。もう一生、話さなくてもいい。CAREに話させとけばいい。
沙織は……どうだろう。話せるのか分からない。
沙織抜きで考えるとそれが最もいいじゃないか。平穏で。どうせ拡張現実なんて…………。
そんなことを僕が考えているとは露ほども思っていないだろう。桃谷は斜め後ろで拡張現実の僕と楽しそうに話している。
そして、会話に一区切りが付いたとき、思い出したように桃谷は訪ねてきた。
「そういえば、聞くの忘れてた! 沙織ちゃんとどうなったの⁉」
当たり前に桃谷には詳しい話はしてない。丁度CAREに連絡が来たタイミングが、捕まったばかりの時だったので、返せなかった。また今度話すといったきりになっていた。
「まぁ、今日の様子見た感じ上手くいったんでしょ。修一すごく明るくなったし」
桃谷はそう言って笑みを強くする。
拡張現実の僕は単色的な笑みを浮かべたまま、
「うん、それがね……。彼女、レベル高い大学行きたいらしくてさ、それでしばらく勉強に専念したいから、今は付き合えないってさ」
当然本当のことは言えず、CAREが自然な嘘をつく。
「うそっ! ごめん……」
驚いた顔をする桃谷。
「いや、仕方ないよ。彼女の人生もあるしね……………。それに『今は』だから」
「そ、そうだね! よく考えたら、興味ない人だったら『今は』なんて言わないよ!」
「うん! 頑張ってみるよ」
上手く気まずくならないように、完璧にフォローするとは、CAREの話術には驚かされてばかりだ。これならこれから一生任せても安心できそうだ。
桃谷は少し空を見て「そうか~、それなら駄目か」とぼやくように言い、眉根を寄せた。
「どうかしたの?」
何か心に抱えるものがあるのだろうとCAREが察したのか、尋ねると、桃谷は「う~ん」と唸って、
「いやぁ、これ頼んでいいのかなって思って……」
と、まじめな顔をして悩む素振りを見せる。
「別に僕にできることあるなら頑張るよ。前も協力してくれたしさ」
拡張現実の僕は当然とばかりに胸を叩いた。
ほとんど小耳に程度しか聞いていなかった僕だが、何か嫌な気がして意識を桃谷の方に向けた。
桃谷は少し迷った様子を見せたが、意を決したようにCAREを設定する。これで桃谷の声は僕にしか聞こえないようにした。
「誰にも言わないでね」
二人しか聞こえないのに声のボリュームを落として念押ししてくる。
僕は嫌な胸騒ぎが強くなる。何かとても面倒ごとを背負わされそうな……。
「うん! 当たり前だよ!」
それと打って変わって拡張現実の僕はそう言って強くうなずく。僕の嫌な予感は一層強くなった。
桃谷は小さく早い口調で……。
「……私……三浦のこと好きなんだ」
そう言って顔をうつ向かせた。
少しの間、僕は呆然としていて、少しして色んな感情が押し寄せてきてクラクラした。今考えうる限りで間違いなく一番の面倒ごとだ。
これによって、どうなるか分からない。でも碌なことにならないのははっきりと分かる。
「だからさ……手伝ってくれない?」
桃谷はそう言って上目遣いで僕を見る。
「もちろん」
拡張現実の僕は力強くうなずいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
修一が学校に行き始めてから一週間過ぎた日、俺は経過観察として修一と話し合っている。
俺はCAREのデータから書き出した、修一の近況をおおまかにまとめたものに目を通した。
文面だけ見ると上々の出来だと思える。友達と積極的に遊びにいってるし、グループの子とも会話する機会があるようだ。恐らく上層部はこれで修一は人間関係の構築の方法を学んでいると判断し、満足することだろう。
だが……。俺の胸に嫌な予感を覚える。
目の前にいる修一はこのニ週間で明らかに雰囲気が変わっていた。表情から感情が抜け落ちたような……瞳には何か諦観めいたものを感じる。
それに……。
「修一、お前は一度、三浦に掴みかかったって書いてあるが本当か……?」
文面に一文、小さく書かれてある。すぐに辞めたと書いてあるが……。
「はい……」
修一は依然、視線を少し下にやったままぼぅっとしている。なんの素振りも見せない。
俺の嫌な予感はどんどん強くなっていく。
「理由を聞いていいか?」
「……拡張現実の世界なんで仕方ないと思ってますよ。だから安心してください」
「……今は、どう納得したかは聞いてるんじゃない。理由を教えてくれ」
修一の表情に面倒だということが包み隠さず現れている。
「……はぁ、三浦が僕のことを何も知らずに勝手なことを言ったんですよ。諭すように。それがむかついて」
修一の瞳に怒りの炎が宿り、言い方も投げやりになる。
やっぱり……。まずい気がするな。俺は唇を舐めた。明らかにまずい方向に進んでいる。変に何も知らないまま深堀をしたら、ややこしいことになりそうだ。もう少し修一の様子や考え方を理解してから話さないと……。一旦この話題は避けよう。
「そ、そうか……。そうだ! もう、そろそろCAREの社会復帰システムを緩和していこうと上と話してるんだが……」
少しでも修一にとって明るい話題はないかと言ったものだった。しかし、修一の反応は思っているものと違った。
「あぁ、八木さん。それについてお願いがあるんですけど……」
突然、話を遮って口を開く。
「ん、なんだ?」
「社会復帰システムをそのままずっと残すってことできないですか?」
そう淡白な声で言った修一。俺は耳を疑う。
「えっ、はっ? お前……それは、どういう意味か分かってるのか⁉ ……一生CAREのシステムで話されて、お前がほとんど話せないままなんだぞ⁉」
「はい。だからですけど……。CAREが話してくれたら変に気を使わなくて楽なんですよ。どうせ拡張現実なんて嘘だらけだし、それくらいの嘘いいでしょ」
修一が当然とばかりに言う。少しの迷いもなく俺の目を真っすぐに見つめてくる。
…………この目は本気だ。まずい。思っていたより何倍も重症だ。
まさかここまで拡張現実に拒否反応を示すとは……。
俺は心の中でため息をつく。……いや、可能性があることは分かっていたか……。
…………昔の俺とそっくりだ。まるで過去の自分を見ているような感覚になる。いや、俺以上に嫌ってるんだろうな……。
だからこそ解決方法は分からない。俺はどの道を進まず、何も決断せずに、ただ周りの人に合わせてここまで来たから……。他人に勧めるべき道ではないし、変に言って修一の人生に影響を与えてしまったら……。もっと罪が重くなるだけで済むかもわからない。
それが怖い。似ているからこそ余計に踏み出せない。何か歯止めがかかってしまう。それで今までも突っ込めなかった。
俺のことを言ってそれで余計に間違えてしまうかもしれないと……。
そしたら、俺は……………。
そう消極的な考えになっていた時だった。
ドアの外でやけにどたどたと足音が聞こえた。
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