第26話 嘘による弊害

 三浦もとい金城が転校してきた日の昼休み。



 もう僕は無意識と無感情を心掛けて拡張現実の僕の少し後をついていく。



「三浦どうして休んでたんだよ?」



「いやぁ、遠方に住んでるおばあちゃんの体調がすぐれなくて見まいに行ってたんだよ」



 そう拡張現実だけでしか存在しない三浦は元から用意していたのか上手い嘘をつく。その後、いつも通りみんなと軽く話すと、



「あっ、そうだ。金城さん。友達いないだろうし誘ってあげない?」



 と思い出したように言う拡張現実上の三浦。



「奇遇だね。僕も思ってた」



 とすかさずに賛成したのは、拡張現実の僕だった。



 単色的な笑みを浮かべながら肯定する僕の姿は、もう見慣れ始めているとは言え、気分は悪くなる。



 落ち着け、落ち着け……。いつも通りの行動を……。出来るだけ全ての感覚神経を弁当箱に向ける。そのうちに拡張現実上の三浦は本物の三浦、金城敦を誘いに行った。



 金城が拡張現実上の三浦に誘われている姿を見ると、嫌でも拡張現実が現実をいいように扱っている構図に見える。複雑な気分になった。



 そして、拡張現実上の三浦は金城を連れてくる。その後はほとんどいつも通りだった。



 いつも通り単色的な笑みを浮かべ、拡張現実上の三浦はやかましく喋っていた。ぐいぐい会話を引っ張ろうとする話し方もいつも通り。その中を上手く返して盛り上げていく拡張現実の僕。



 端っこの方で全く会話に入ってこれない金城。拡張現実の三浦に振られて、中途半端に頷くくらいしか返答が出来ていない。その姿は昔の僕に似ていた。



 大体理由は分かる。上手く話せないからCAREのシステムを使って話してたんだろう。でも、自ら使ったくせに、一体どんな理由があれば、自殺をしようとするほど精神的に追い詰められてるのか。それに追い詰められているのにわざわざ普段通りに学校に登校させて、自殺する原因となったものと関わらせる理由がないと疑問を覚える。



 気にはならないが、本当に理解できない。一体何がしたいんだ。三浦のあの感情が一切抜けたような表情が脳裏に蘇った。あんな表情まで追いつめられていたのに……。



 そんなことを考えているうちに、場の空気は、拡張現実の僕と三浦で引っ張って、その中でいつの間にか今度、近くのショッピングセンターにあるパフェに食べに行こうという話になっていた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~


 あ~甘ったるい。僕は口に残ったこってりとした甘みを胃の奥に流し込もうと緑茶を一気に飲み干した。お茶特有のあっさりとした苦みがほんのりと口の中に広がり気分が落ち着く。



 僕はトイレ前のベンチでぼぉっと待っていた。隣には拡張現実だけの三浦がちょこんと座って拡張現実の僕と話している。



 そんな二人から少しでも離れたくて、拡張現実の僕から席一人分離れた所に座るという反抗をしていた。



 金城が学校に来るようになってから一週間程度経った日、学校帰りにパフェを食べ終わったあと、三浦、桃谷、金城以外の人は何かしら用事があったらしく別れ、僕ら四人はまだ遊び足りないということで近くにあった大型商業施設に来ていた。



 そこでトイレに行くことになり、金城と桃谷がトイレに行き、それを僕と拡張現実だけの三浦が待っているという状況だ。



 ……はぁ、もう茶番だよな。



 僕は隣で話す拡張現実だけの三浦と僕との会話を見ながら思った。ただ機械同士が話しているだけだ。誰も見ていなかったら、喋らなかったらいいのに。何の意味もないだろ。



 もう社会復帰システムを導入されてから二週間になろうとしている。



 初めはCAREが計算して話すなんて眉唾な話だった。だが、いざ様子を見ると、うまく会話にも参加して、自ら話を広げたりとコミュニケーション能力が高い。



 もうこのままでいいんじゃないか? 



 最近頻繁にそう思うようになっていた。



 僕が話さなくても勝手にCAREが話してくれる。



 今は確かに嫌悪感を拭えない。でも、それも慣れていけば、耳に入らないようにすれば、楽じゃないか……。



 変に相手の気を使って無理に興味のない話にも入らなくても済んで……。



 よくよく考えるともうこのまま続けることにメリットしかないように思えてくるのだ。



 もうこのままCAREが話してくれれば……。



 そんなことを考えている中、先に済ませた金城もとい三浦が先に戻ってくる。



 僕は顔をしかめる。三浦と二人きりか……気まず……。



 まだ三浦とはあの日以来、グループで同じの空間にいるも、面と向かって話したのは一度もない、二人きりにもなっていなかった。



 しかし、すぐに思い返した。よく考えたら僕が話さなくてもいいじゃないか。勝手にCAREが話しかけるだろ……。



 実際、その通りですぐに拡張現実の僕と三浦は親しげに金城に話しかけた。



 しかし、金城は一切それにリアクションを返さず、単色的な笑みを浮かべているだけだ。



 何だよコイツ……。そういえば、昔の体験型の探検ゲームの時もこんな感じだった。今回、僕は傍観者なので苛立てる余裕がある。



 しかし、拡張現実の僕は気にすることなく話しかける。その時だった。



 突然、三浦はそんな拡張現実の僕を一蹴するかのように言葉を発した。



「お前、機械に話させてるだろ?」



 そう真面目な顔で言う三浦。いきなり核心をつかれたことには驚いたものの、すぐに三浦であれば気付いて当然だと思い直す、



 捕まった後に急にここまで積極的に会話に入るようになれば違和感を覚えるだろう。



 にしても急になんだよ…………。



「自分で話したほうがいい。全部が嘘になるぞ」



 そう言って、三浦は少し間を開けて、



「戻れなくなるぞ」



 と、ぽつりとつぶやいた。



 一見、僕の身を案じていった言葉。



 でも、その時の僕にはその言葉に苛立ちを覚えた。何故苛立ったのか分からない。何かつかれたくないところを突かれた時の感覚がした。



「何が全て嘘になるだよ……」



 気づくと僕はそう低い声で言い返していた。しかし、僕の声は三浦に届かない。代わりに拡張現実の僕は「えっ、何のこと?」とすっとぼけている。



 そんなことを聞かずに三浦は続けた。



「現実行ってた癖に、嘘につかろうとすんなよ」



 三浦はそんな僕に止めと言わんばかりに言う。



 この瞬間、苛立ちが明確に怒りに変わった。



 ようやく一生、社会復帰システムに話してもらうという、自分の中で正しいとは言えない。でも、落ち着ける場所を見つけた。いろんなわけが分からないことばかりで、嫌なことばかりでようやくその中で辛いになりに落ち着ける場所を見つけたと思っていたのに……。勝手に何も聞いてないのに根幹から否定された。その答えに辿り着いた過程も知らずに、三浦の勝手な価値観で。



 それに、僕だって現実がよかった。こっちだってなりたくてなったわけじゃないんだよ。なんだよ。まるで、僕が悪いみたいに。お前なんて自ら嘘だらけの存在になっていたくせに……。お前がいなければ……お前が自殺なんてしようと思わなければ……、



 色んな溜め込んでいたものが噴き出しつつあった。



「なんだよ……」



 僕は語気を強めていったが、届くわけもなく、代わりに、



「えっ、なんのことかな?」



 拡張現実の僕はまだすっとぼけている。それが余計に怒りを強くする。



「まぁ、いいや。俺は言ったよ」



 真面目な顔でそう言った三浦。すぐに単色的な笑みを浮かべ始める。



 その言葉に更に怒りが強くなった。更にそこに単色的な笑みが油を注いだ。



 なんだよ。まるで、僕が悪いみたいに。



……僕のことを何も知らないくせに……勝手に見下すように……。



 向こうからしたら現実世界をのぞいていた犯罪者程度に思われてるんだろう。それが余計に怒りを呼び起こした。



 それも、お前みたいなやつがいるから現実じゃないと生きづらいんだろ……。



 怒りを抑えきれなくなった。



「誰のせいだと思ってんだよ!」



 僕はこの世の誰にも聞こえない怒鳴り声をあげ、三浦の胸元をつかんだ。



「ふぅふぅふぅ……」



 そのまま三浦を持ち上げようとする。すでに肩で荒く息をしていた。胸ぐらをつかんだだけなのに、もう体力が尽きかけている。



 その一方で三浦は胸ぐらをつかまれているのに無反応だった。相変わらず単色的な笑みを浮かべている。



 コイツのせいで…コイツのせいで……コイツのせいで………。



 なのに、お前が諭すように話しかけてくんなよ。



 心の奥底に隠していた怒りが一気に押し寄せてくる。自殺するほど何かつらいことがあったと思い、仕方なく心の奥底に隠していた怒りだった……。



 どんどん胸ぐらをつかむ手に力が入っていく。そんなときだった。僕の左腕に手が置かれる。いや、手を置かれたようにCAREが僕に見せた。



 その手の先には拡張現実の僕がいて、単色的な笑みを浮かべ立っている。



 熱くなっていた脳に冷たいものがはしった。



「ここで手を出せばそれ相応の対処がありますよ」



 拡張現実の僕は、まるで法廷で訴状を読み上げるように冷たい言葉で言った。



 その言葉が煮えたぎった脳を少し冷まし、おかげで、沙織の顔が浮かび上がるほどの余裕が生まれた。



 ここで手を出せば沙織にも罰が下るかもしれない……。



 その瞬間、引きはがすように胸ぐらから手を離す。



「いい判断です。湊修一さん」



 拡張現実の僕は単色的な笑みを強くする。それを見て体が震えるほどの怒りと吐き気がこみ上げてきた。



 ここにはいたくない。もう帰ろうと思った。



「お待たせ~」



 しかし、そのタイミングで桃谷が戻ってきた。



「いや、全然待ってないよ~」拡張現実の僕はすぐに答える。



「おしっ、じゃあ買い物行こうか」とそれに続いて拡張現実だけの三浦が言った。金城は何も言わなかった。



「おー!」桃谷はそう言って店に向かって歩いていく。そんな桃谷の後ろ姿を見るとなんだかさっきまでの自分が一気に馬鹿らしく感じた。何熱くなってたんだろう。心の中にとどめとけば良かったのに。



 すると、わざわざ帰ると宣言してまで帰るのが何だか面倒くさくなって。結局僕は帰らずに、何事もなかったように拡張現実上の三浦と三浦と桃谷と商業施設の様々な店を回った。

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