第23話 抜け出せない拡張現実
「やはり、ログを見直してみたが、修一達はぎりぎり法律で罰則されるかされないかの微妙なラインにいるんだ。 誰かに明確に迷惑をかけているわけでない。それどころか人一人助けようとした。だから今、上層部も対応に困り果ててる」
捕まってから一週間後、ようやく僕たちの処遇が決まったようで警察署に呼ばれ、八木基樹から説明を受けていた。
僕は八木基樹の言ったことに対して意外だなとどこか他人事のように思った。現実世界を見た時点で何かしらの侵害などで罰せられると思っていた。あれだけまじまじ現実世界と拡張現実世界を行き来していたのにまだその程度で済んでいることに。
すると、八木基樹はそんな僕の心を表情から読み取ったようで、
「CAREが本格的に導入されたのはまだ五十年前やそこらだ。そこから急速に普及した。だから、法の整備がまだ万全じゃないんだ。いまだ拡張現実を抜け出すこと自体を規制する法律はできていない。だからいつもは、ほかのプライバシーの侵害とかに絡めてるんだ。意外か?」
意外といえばそうだが、永遠に現実世界に行けないことや、今の現状の方や沙織のことが大きすぎて……。
ほかのことは今の僕にはどこか他人事に聞こえる。ただ、沙織に対する罪が軽くなりそうだと思って少しホッとした。
ただ、いちいち答えることが面倒で視線をずらした。
すると八木基樹は何を思ったのか勝手に話を進め出す。
「国民の意識と国の法律ってのは必ずしも合致してるわけではないからな。まぁ、そういうことで上が話し合った結果、もう少し判断材料が欲しいとさ。ぶっちゃけると、ここでの決断がこれから同じことがあれば見本になる。だから上も臆病になってるんだよ」
そう言って八木基樹は何やら赤色や黄色や青色の色とりどりの配線がついた箱型の機器を取り出した。
「これはCAREに内蔵されたカメラに映ったデータを写すができる機械だ。今からお前のCAREのカメラに映った、森沙織との会話などをお前目線で見返すことになった。お前にとっては再体験って感じだな。その上でお前の考えをもう一度詳しく聞く。それをすべて吟味した上でお前と森沙織との処遇を決めることになった。ということで早速始めようぜ」
八木基樹は伝えないといけないことは全て言い切ったようでふぅっと息を大きく吐いた。
こうして僕は過去の沙織と過ごす日々をもう一度追体験することになったのだ。
これは余談だが、丁度長期休みに入っていたおかげで学校を休むことなく進めることができたが、長期休みの大半がそっちに費やされた。
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沙織との会話を全て見終え、聴取が終えてから一週間後。僕は再度警察署に呼び出され、取調室で八木さんと話していた。
「そういえば、明日から学校か。丁度良かったな。授業に遅れるってこともなさそうだ。……えっとな……あれだ。そうだ夏休みの宿題だ。宿題はちゃんとしたか?」
威圧感はあるものの、砕けた様子で話しかけてくる八木さん。流石に夏休み中、殆ど毎日ずっと現実世界で話していたこともあり、僕と八木さんは距離感は近くなっていた。
だから、こういう関係のないプライベートなことも話すようにはなっていた。
「しましたよ」
僕はぶっきらぼうに答える。
「そうか。それは良かった。今の高校生とかどんな問題やってんだ?」
しかし、いつもみたいに話す気分ではない。さっきから全く本題に入ろうとしない八木さんに僕はじれったくなった。
「……で、結局、罰則はどうなんですか」
そうだ。今日、僕に課せられる罰則を伝えるということで警察署に呼ばれていたのだ。それに、明日からは学校が始まる。
そんな中いつもみたいに話す気分になるわけがない。
「なんだ? 今日は特につれないな。お前が緊張してると思ったから違う話題で緊張をほぐしてやろうと思ってたのに」
「……変にためを作られたほうが余計に緊張しますよ」
僕は不機嫌を全面に押し出すように言うと、八木さんは諦めたように肩をすくめた。そして、僕の顔を覗き込んでくると、
「どうした? やけに元気ねぇじゃねぇか。ここんとこ最近そうだぞ」
僕はその視線から逃れるように顔を背けた。それでも全くめげる様子はなく覗いて来ようとする八木さん。僕は仕方なく口を開いた。
「明日から拡張現実の中で過ごさないといけないじゃないですか。あんな嘘に覆われた世界で……。そう考えると気分が滅入るんですよ」
僕は最低限の力だけで話した。
今までであれば一日の殆どが現実世界で八木さんと話すだけ、更にまだ拡張現実で過ごす日々まで時間があり、目を背けることもできた。
正直、事情聴取が生きがいというか、生きる上でウェイトが大きくなってきている所もあった。相手の本当の気持ちは分かっているからとは言えない。でも、単色的な笑みを浮かべてないだけで気分がましだ。
でももうできない。明日にまで拡張現実で過ごす日々が迫ってきている。それもここから一生。そう考えると元気なんか出てくるわけがない。
あぁ、全てから逃げ出したい……。でも、もう逃げ場がないことは知ってる。
あんな苦しみしかない場所。
「まぁ、拡張現実をよく見てみたら今までに見えなかったものが見えてくるかもしれねぇし。そんな悲観的になんなよ」
そう言って八木さんは僕の肩をポンと叩いて慰めようとしてくれる。でも、全く慰めになってはいない。しかし、無下にもできず気持ちだけもらっておいた。
「まぁ、一旦本題に入ろうぜ」
そんな空気感の中、八木さんは説明を始めた。
「前も話したが今回のケースは本当に厄介だ。拡張現実から逃れて特に何か犯罪を行おうとしたわけじゃないからな。普段だったらCAREによる強固な行動制限、罰金などが科されるがお前たちが未成年だということと、悪質な犯罪性が認められないということ、自殺を止めようとした事実もあったおかげで一定期間のCAREからの行動制限で済ませることに決定した。まぁ、結局今になっても怖くて決められないって言うのが本音だ。もうちょっと判断材料を手に入れようって魂胆だな。その期間でのお前たちの態度や行動、変化を鑑み、追加の処分か処分を取りやめるか決めるそうだ」
そう言い切ったときの八木さんの表情、内容からも、恐らく罰則としては相当軽いものなのだろうというのは分かった。でも、一生拡張現実で過ごすという時点でそれを超える罰則はない。特に何も思わなかった。
「行動制限について話すぞ。まぁ、ほとんど今までと変わらないだがな。まずはまだ森沙織と関わらないのがまず一つの条件だ。もう一つが、今日からお前にはこちらで用意したCAREを使ってもらう。お前はCAREの作る拡張現実に相当な嫌悪感を抱いているからな。少しずつ拡張現実に慣れてもらおうってことだ。このCAREはお前のことを考慮してある程度機能を抜いてる。これで徐々に慣れていってくれ」
そう言って、八木さんは僕の目の前にCAREを置く。こうなることは分かっていた。それでも、僕は思わず顔をしかめていたようだ。
「まぁ、そんな毛嫌いしないでくれ。これでも頑張ったんだぞ」
八木さんは、はぁっとため息をつくと、
「じゃあ、もう一つ、追加の処分についてだ。お前にとっては分からねぇが、今回の処分は相当優しいってことを忘れないでくれ。周りでは、すでに甘いんじゃないのかって声が出てるほどだ。だから、もしこれで何かあれば次はもっと重い処分が下されることになるぞ。前科がついて、永久に森沙織との接触禁止になるのは逃れられない。実際今回もその話は出てたしな」
八木さんは念押しするように言った。その後は細かい説明をされ、それに対して僕が「……分かりました」そう項垂れるように答えると、
「よしっ、これで終わりだ。何か質問はあるか?」
僕が首を横に振ると、
「また何かあったら教えてくれ。俺は上に報告してくる」
八木さんはそう言って、書類などをまとめると立ち上がり部屋を後にした。
「ふぅ」
僕は色んなものを心に抱えたまま、椅子の背に全体重を乗せた。
一気にかけたことで椅子が背の側から倒れる。床が柔らかい素材だったこともあり、呻くほどの痛みもなく、音も出なかった。
立ち上がる気も起きずに、僕はしばらくそのまま倒れていた。
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