第22話 思い出すのはいつもあの人

「嘘をつく理由は分かるけどな……。CAREを着けてる時点で乗り切れんことは分かってただろ?」



 次の日の昼、取調室に連れていかれた僕は八木基樹に開口一番に言われた。



「にしても、どの道作ったの高校生って。今の高校生ってすごいんだな」



 そう感心したように言う八木基樹。僕はそれに反応を出来るだけしないように意識した。そんな僕の顔をちらりと見て、八木基樹は、はぁっと息を吐くと、



「かまをかけようとしてると思ってるのか? 作ったのは森沙織だろ?」



 その名前を聞いた時、色んなものが心の内に渦巻いた。



「彼女は?」



「ついさっき身柄確保したって連絡がきたよ」



 心の内に渦巻くものが余計に重みを増し、心臓がぎゅっと絞られた気がした。いろんな感情が一緒くたになって自分は今どんな感情を抱いてるか分からなくなって。



 座ることですら億劫で背筋を曲げ、うなだれるように頭を下げた。



 そんな僕の様子を見てか余計な話をせずに先に進んだ方がいいと判断したのだろう。



「会話のログをみせてもらった」



 八木基樹は、そう言って深い息を吐き、椅子に深く座り体重を背もたれに預けた。ギ~となる椅子。もう僕が答えるかどうかも確認しないまま話を進め始める。



「君から聞かせてもらった話と会話のログから拡張現実から抜け出していた動機は分かった。相当ややこしい動機でこちらも相当困った。なんせ今まで拡張現実から逃れようとする奴は数は少ないがいた。でも、大体は彼氏の本当の顔がみたいやら、推しのアイドルの姿がみたいやら、ただ、人のプライバシーを侵害しようとする奴ばかりだった。そういうやつは分かりやすくプライバシーの侵害で起訴できたんだが、修一は違う。嘘だらけの世界を嫌っている。そんな考えで拡張現実から逃れようとしたのは修一が初めてだよ」



 いつの間にか『君』から『修一』と呼称の仕方が変わっている。言っている本人は気付いてないようだ。



「ということでだな。中々どういった対応にするのかまだ決めかねているという状況だ。その決定がまだまだかかりそうだということでだな。一旦、家に帰ってもらうことに決定した。また連絡するからその時に来てもらうっていう形だな」



 そう言うとと八木基樹は立ち上がり、



「あっ、変に余計なことするなよ。お前のCAREはもう監視対象になってるから、すぐに飛んでいくことになるから」



 そう釘を差し、八木基樹は部屋を後にした。



 扉を閉じると同時に、僕はため息を吐いて椅子の背もたれに体をもたらせた。



 動こうとする気が全く起きない、何もしたくない。もう、一気に色んなものが降りかかってきて、とうの昔に僕の処理速度では足りなかった。



 何も考える気も起らずそのまま漫然とした不満に出来るだけ向き合わないようにしてそのまま机の背もたれに体重を預け。ニ十分程度か……。



 扉がガチャリと開いて、八木基樹が顔を表す。



「まだ帰ってないのか。早く帰りな。暗くなるぞ」



 そう、急かしてくる。



 僕は答える気も起きない。しかし、それでも急かし続ける八木基樹。仕方なく軽くふらつきながら椅子から立ち上がった。驚くほど体は重く、筋肉がまるで働こうとしない。足元がおぼつかないまま歩き、部屋の外に出たとき、目の前に色付く景色が少し変わった。



 振り返った時、八木基樹の目の下にはさっきまでくっきりとあった隈が無くなっていて、顔も少しだけ変わっていて……。何よりも単色的な笑みを浮かべていた。



 その時、不意に気付いた。



「……あれっ、さっきまで現実世界……」



 僕は掠れ切った声でつぶやいた。



「ん……? あぁ、そうなんだ。取調室では拡張現実を介さずに現実世界で話し合うんだ。相手の細かな表情すら見逃さないようにしないといけないからな」



 現実が肯定された気がして、鬱屈な気分がほんの少し楽になった。



 ほんの少しだけ……。



 勿論、絶望は全く拭えていないし、漫然とした不満は依然健在だ。だけど、少しだけ次回来るときはまだ気分が楽に来れるような気がした。



 そのまま警察署を後にして、どこか現実味を味わいきれないまま、地に足がついている感覚がないまま、家に向かって歩き始めた。



~~~~~~~~~~~~~~~~



 自分の家とは偉大なもので、家のドアを開けて入ることで気分が幾分か落ち着かせてくれる。しかし、この時の僕にはそれは逆効果だった。



 怒涛の展開が一気に続いたこと、昨日は警察署で一夜を過ごしたこともあって気を落ち着かせる場所がなく、ずっとどこか夢心地だった部分があった。



 だから今になって、もう永遠に現実世界に戻れないことと、警察に捕まってしまったことの現実感が落ち着いたことで強くなった。胃の奥からせり上がってくるような不満、ストレス。



 これならさっきまでの現実味がなかったほうがまだ良かった。



 もう息を吸うことですら煩わしくなってくる。すぐにベッドに倒れ込んだ。



「はぁぁぁぁ…………」



 指一本すら動かす気力はない。なのに、頭だけは鮮明に働いていて。



 沙織は今も警察署で話しているのだろうか、どんな質問を……、怖がっていないか……そんな心配が一気に突き上がってきて、色んなものと混ざり合って……。喉の奥に酸っぱいものを感じる。



 そんなものを抱えながら横になっていると、沙織の心配や申し訳なさを感じている自分が大部分を占めていることに気付く。



 捕まる時怖かっただろうな……。連れていかれているときどんな気持ちだっただろう。勝手にどんな表情をしているかを考えてしまって、ピリッとした痛みを胸に覚える。



 更に、もう沙織にも会えなくなるかもしれないと考えて、ズキっとした痛みが走って………。



…………………まだ沙織が好きなんだな……。



 そう気づいた途端、体全体にノイズが走ったようにざわめきが走って……。



 沙織のこと何も知らないくせに……。一体どうしてだよ……。



 自分でも精神状況が分からなかった。



 気づくと、自分の心配よりも、沙織のことばかり考えて……。その度に二重にも三重にもなって胸を痛める。



 もう一昨日から胸に色んな傷がついてボロボロで……。だから、もう何も考えたくないんだって………。そう自分に言い聞かせる。



 それでも沙織のことはずっと頭から離れなかった。結局、今日もほとんど眠れなかった。


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